ついに待ちわびたこの日がきた…

今思えばこれまで苦難の連続であった。

最初の苦難は一体何がキッカケであったかはもう覚えていないがその苦難も今この瞬間を持って終わりを迎える……



「さぁ、感動のエンディングが始まりましたよ!!」



そう高らかに宣言するのは自律型機械人形のポンコツメイドロボ改めHチだが

「あ〜はじまったね」

杯を片手にあっけなく応えるのは自称博麗神社祟り神な悪霊の魅魔。
その様はもうどうでもいいやと投げやり感が漂っているがHチはひるまず、ぐっと力を込める。
その瞬間ボッと激しく炎が燃え上がる。

「わかってる。わかってるから少し力み過ぎだ!!火力が強すぎて鍋が吹きこぼれる!!!」

「エネルギーがあり余っているのはわかるから少し抑えなさ〜い」

火力が上がって慌ててコンロの弁をひねって火力を調整する藍と、コンロの上に置かれた大鍋の上に次々と食材を入れては煮え具合を調べていた鍋奉行の小兎姫がHチを抑えにかかるがそんなことはお構いなしだ。

「ふっふっふ、今はサ○テンダーの魔石をエネルギーパックとして携帯していますから元気百倍ですよ〜」

「全く、理香子もとんだアイテムを手に入れてきてHチに組み込んだわね〜〜うふふ」

「むしろ、そんな最新ともいえるモノがなぜ幻想郷の阿求の店に流れてきていたかの方が疑問だけど」

過剰ともいえるエネルギー供給を受けて慌てふためく藍達を尻目に落ち付きはらって見学するのは旧作主人公組である魔梨沙とラクガキ巫女。
だが、あまり落ち着いていられないのも現状.。


「とにかく名前を早く戻してくださいです〜」


Hチもどうやら過剰なエネルギー供給でかなり強気になっているようだ。
藍と小兎姫の怒声どころか以前なら即座に畏縮していた魅魔の睨みを物ともせず、ずずいっと前に乗り出してきたが
















「うるせー!だからもう少し待てっていってるじゃねーか!!」













スコーン!!


















「ブギャァ!」









やはりどれだけ強気になっててもHチはHチ。
Hチの怒声に苛立ったちゆりの投げたスパナがHチの額に見事命中。
ロボットの癖に痛覚があるHチは、目に水をためながら額を押さて地面を悶絶し始める。


「全く、うるさいったらありゃしわいわぁぁぁ!!」


「ただでさえイライラしているっていうのに…」

ぶつくさと機嫌悪そうに文句を垂れているのはH教授こと夢美と科学者の理香子だ。二人は夢美の助手であるちゆりと共になんらかの装置をカチャカチャと弄っている。
これ以上何か言うと今度はスパナではなく殺傷能力の高い必殺技、幻想郷でいえば『スペルカード』が発動してくるだろうと判断したHチは何も言えず、額を押さえたまま蹲るだけだった。

「そうそう、今向こう準備中みたいだし」

「大人しく…えっと…果報は見て待て…ともいうからでよかったんでしたけっけ、藍様?」

「正しくは果報は寝て待てだぞ、橙」

そんなHチを励まそうとしてるのが蟲妖怪のリグルと藍の式神である橙。
二人とも酷い扱いであるHチ相手でもそれなりに優しいというか同情をしているようであったが

「ふむふむ、丁度良い火加減になったしそろそろ食べごろじゃないのか?鍋奉行」

「そうね〜もう食べごろだから皆いらっしゃ〜い」

鍋の様子を見守っていた魅魔に言われてお玉をかきまわす鍋奉行こと小兎姫は食べごろと判断したのだろう。
全員集合の号令が上がり、それによってリグルと橙はあっさりHチを身捨てて鍋に走り寄り、ほくほく顔で盛られた器を受け取っている。
ある意味無邪気で子供らしい残酷な行為だが、その程度の扱いHチにとって当り前だ。



「うぅぅ……本当にこれが感動のエンディングなんですか………ていうか最後までこんな扱いなんですか………」


今ここに集まっているメンバーは『東方サッカー オールスター RSN杯2nd』に出陣したチームメンバーであり、彼女等はすべての日程を終えて自分達の幻想郷の毎度おなじみな博麗神社へと帰ってきたのだ。
そうして今は何かを弄っている研究者組とHチ以外が鍋に集まって皆でワイワイと騒いでいる最中である。

そんな中でHチは今までのことを思い出し始めた。





Hチが最初、幻想郷に訪れた理由は『悪』をサッカーでもって成敗するようご主人様ことエーリッヒに言いつけられたのが発端であった。
その言いつけ通りHチは幻想郷を訪れ、その悪の元凶であると思われる団体を見つけた。
それが魔理沙達が率いていた『黒赤マジック』であり、Hチは現地で様々な仲間を集いながら『黒赤マジック』に戦いを挑んだ。

俗に言う『走破モード』である。

しかし『走破モード』はこれからはじまる『東方サッカー オールスター』の入門編みたいな軽い扱いだった。
当然難易度も『小学生まで』しか許されないイージーモードクラスであり、Hチは『黒赤マジック』にとってはただの通過点の名のない中ボスすら劣る雑魚程度にしか見えていない。






「あの時は結局最後まで、私はただの雑魚扱いでした…」


自分にとっては全力だった。
特に最後の試合では全ての能力値が全キャラ中トップ3に入っているチート能力を持つご主人様ことエーリッヒと同じくほとんどの能力がエーリッヒと同じ霖之助という2大褌変態反則チートキャラを投入させ、戦力的にも『黒赤マジック』を上回っていたが…黒赤マジックは戦略を駆使して二人の動きを見事に封じ切った。
もちろん、最高硬度を誇るSGGKもまともに相手させてもらえずにゴールを量産させられて、結局大敗を食らって『ポンコツ』という名称と共に走破から撤退するしかなかった。







そんな現状はHチにとって屈辱以外なんでもなく、リベンジである2度目の挑戦を試みた。
だが、そのリベンジは『走破2週目』ではなく『東方サッカーオールスター RSN杯2nd』への挑戦。

つまり、星の数ほどある幻想郷のサッカーチームが一つの元に集って行われる『東方サッカー大会モード』

走破をこなした幻想郷にしか出場権が与えられない(というか、走破をこなせる実力がなければ引き分けることさえもできない)この大会モードは、自分達の分身ともいえる選手が厳しいルール制限の元で編成されたチームで行われるのだ。
その厳しいルールの前には走破モードのような力押しや単純な作戦全く通用しない

何せ、試合中はミ○フスキー粒子みたいな電波妨害物資が大量に散布でもされてるのか監督の命令がほとんど選手に届かないのだ。
おまけにルールで定められたコストによって選手には数多くの力量制限が課せられてしまい、コストオーバーのチームにはオーバーの分だけハンデが付き、結果的に大幅に弱体化させられてしまう。

つまり、すべてのチームが同条件な強さの元、戦略や技量を駆使して以下にチームを勝利に導けるかという監督の手腕とサッカー愛そのものが試させられるというまさに真のスーパーシューティングプレイヤーを決めるルナティックモードである。

もちろん、ルナティックモードがそんな簡単にというか初見クリアーなぞできるわけなく、1面ですぐに残機がなくなってゲームオーバーが常識であったが…

『黒赤マジック』はその常識を覆していた。
最初の挑戦であった『偶然カップファイナル〜』は過去最高クラスの出場チームが集った激戦であるにも関わらず、予選リーグを全勝で勝ち抜き、決勝トーナメント一回戦も勝ち抜いてベスト8まで登りつめたのだ。

つまり『黒赤マジック』は最初からそれだけのポテンシャルが秘められており、そんなチームと正面切って戦っても当然返り撃ちが関の山だ。


だから今度は『黒赤マジック』の強さを利用して自分のチームに引き込んでから大会に出場し、優勝へと導くことによって自分の力を改めて思い知らせるとともに激戦で弱ったところを一気に潰すという完璧な(と思いこんでいる)作戦を実行させようと思ったが………


メンバーの大半が不在という最初の時点で予期せぬ大誤算があった。
それでもめげずになんとか控えや新しいメンバーを集って大会出場に持ち込もうとしたが、いつのまにかチームの主導権を魅魔に取られるどころか自分の名前が『ポンコツ』から『Hチ』へとランクダウンしてしまった。




「キャプテンがあんな扱いなんてひどいと思いませんか……」



なんだか動くというか行動を起こす度にどんどんと事態が悪化するという災厄の状況であったが……
それ以上にひどかったのが結果であった。

自分が選んだ大会の『RSN杯2nd』は参加チーム数が『偶然カップファイナル〜』を超えているどころか『黒赤マジック』が放り込まれた予選リーグ他大会でも名を残す有名幻想郷出身チームが集まる激戦区



「しかし本当に大会は大変だったわね〜」

「本当でしたわ〜」

鍋をつつきながらラクガキ巫女と魔梨沙がふいにぼやいた。

「全く、ハンデ効果による能力制限がある上にGKが魅魔のせいでいつ逆転を食らうかわからない緊張状態での試合」

「本気を出そうとしてもその力はスタジアムに張られた結界か何かで無理やり抑え込まれるのよね〜」

そのつぶやきに応えたのは油揚げを大量に抱えながら橙のために具を覚ましている藍と相変わらず鍋にせっせと具を放り込んでの鍋奉行となっている小兎姫。

「全く、魔理沙達はあんな激戦を勝ち抜いていたとはなぁ。だが、予選突破できずとも楽しかったことには違いないだろ」

「もちろんに決まってるじゃないですか〜」

杯片手に魅魔はぐるりと周囲を見渡すが真っ先に応えた魔梨沙以下全員こくりとうなづく。
というかここにいる皆は知っていた。
結果的には予選敗退となってしまったが、この大会を通してかけがえのないナニカを得たことに


「ふぅ、やっと修理が終わったぜ」

「材料が足りずに一部代用品を使ったのが不安材料だけど」


「これでようやっと完成よぉぉぉ!!」


研究者組もさっきから弄っていた何かが完成したのだろう。
その表情にはふぅっと何かを成し遂げた達成感に満ちている。

「おーお疲れさん。こっちで鍋が出来てるから一緒にどうだい?」

「今からイチゴ大福を入れてあげるから早くいらっしゃ〜い」

そう言って研究者組を手招きする魅魔とどこからともなくイチゴ大福を取り出す小兎姫。

「そうね〜。気付けばお腹も減ってるし」

「一先ず休憩を兼ねて食事タイムといこうぜ。ごしゅj…あれ?」

と、何かの修理に夢中で空腹に気付かなかった理香子とちゆりはぐぅっとなり始めたお腹を押さえながら夢美の方をむくとその場にはいなかった。
一体どこに消えたのかと辺りを探索しようとしたがその必要はなかったようだ。
なぜなら……



















「さぁ、早くいちご大福を入れるのよぉぉぉぉ!!!」

















夢美は気がついたら鍋近くで器と箸を手にイチゴ大福のスタンバイをしていたのだ。

「い、いつのまに……」

「は、早い……」

「まるでスキマ移動でもしたかのように…」

「もしくは空間転移?」

気がついたら鍋近くで座り込んでいる夢美の姿にはさすがに度肝を抜かれたのだろう。
鍋に居座っていた一同は一種の旋律を感じながら、その場で硬直したがまぁ元々幻想郷は非常識が集う場所だ。
多少予期せぬ常識外れなことが起きても気にしない方がいいということで夢美の瞬間移動の件はあっさり棚に上げられて硬直も3秒程で解けた。


「ご主人様はもうすでにスタンバイしているそうだし」

「私達も加わりましょうか」

と夢美に遅れてちゆりと理香子も鍋に加わろうとしたが、足に何か違和感を感じたと思ったら







「「へぶあっ!!」」





次の瞬間二人は豪快に顔面からずっこけた。





違和感の正体はHチが放ったロケットパンチであり、その飛ばした拳が双方の足をがっしりと掴んでいた。しかも拳に張られたワイヤーを引き戻して二人を自分の元へ引き寄せている。




「うふふふふふふふふふ………お二人さん、鍋を食べるならまず私の問題が解決してからにしてくれませんかぁ〜〜〜〜〜〜〜」



完全逝った目で睨みつけるHチは、サ○テンダーの魔石による影響か何かで不気味なオーラを纏っている。

















「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」」
















そんなHチに睨まれた二人は声にならない悲鳴を上げつつ逃げようとしたが、ワイヤーを巻き取る力の方が強いらしい。
二人は地面に爪あとを残しながら成すすべなくHチの元に引きずられる。
おまけに

「あちらさんも必死ね」

「魅魔様〜止めなくていいんですか〜?」

「助ける必要なんてあるのかい、魔梨沙」

「あ〜よく考えたらありませんわね〜」

ラクガキ巫女も魔梨沙も魅魔と言った面々は全く助けに入ろうとしていない。
ただ一部例外でリグルだけが助けに入ったというか…理香子がとっさにラジコン遠隔操作のファイヤフライフェノメノン無理やりHチに強襲を仕掛けさせたが、座標を大きく見誤ったらしい。






リグルは器と箸で掴んだちくわを持ったままおなじみの「ひぇぇ〜」という悲鳴とともにHチとは全く別の方向へかっとんで大木の幹に顔面から激突。

グシャリトマトがつぶれるような音を発した後、ずるずると幹から滑り落ちていった。
おまけに激突のショックでリグルにつけていた遠隔装置が壊れたか外れたかによってリグルモロともピクリとも反応を示さなくなっていた。














「お、おまえら!後で覚えてやがれだぜ!!」










そんなリグルをスルーするかのごとくずるずると引きずられているちゆりの弩声が、助けに入らない連中目がけて放たれたがその間にワイヤーの巻き取りが終わってHチの拳が元に戻ったようだ。
ガシャンという音とともに拳が収まり、Hチはそのままずずいっと二人にのしかかるように前のめりとなる。






「さぁ〜〜〜私の名前を早く元に戻してください!!」




「わ、わかった!!わかったからまずは手を放して」


「わかればよろしいのです」

必死の形相でわめく理香子の言葉はHチに届いたらしい。
パッと手を放したと同時にいつものHチへと戻り、理香子とちゆりはホッと安堵の声を漏らす。

「はぁ…助かったぜ」

「Hチがここまでパワーアップするなんて、機会があればそのサボテン○ーの魔石サボテンエネルギーメカニズムを調べてみたいわね」

「全くよね〜」

そうぶつくさ言いつつも今のHチを怒らすと怖いということで生のいちご大福を頬張りながら戻ってきた夢美も加わっていそいそと準備を行う。
その準備は『Hチの改名イベント』

そう、Hチは途中から『黒赤マジックという悪を倒す』から『Hチという名称から本名へと戻す』ことを目的として大会を戦っていたのだ。


もちろんその道のりは並大抵のことではなかった。
大会での試合は先ほど述べたようにルナティッククラスの難易度を誇っているので勝つどころか活躍すら難しいというあり様で、初戦はボロ負けという初っ端から予選突破の権利をほぼ失ってしまったが…


Hチというかチームは諦めなかった。
『黒赤チーム』の強さの秘訣ともいえる粘り勝つサッカー。
華麗さも何もあったものじゃない泥沼的な展開を繰り広げ残りの試合を全て勝利した。

おまけに、最後の最後でHチの活躍がどこにいるのかわからないオーナーをはじめとする、チームメイト全員から認められてめでたく『Hチ』という汚名を返上できたのだ。




「本当に長かったです…長かったけどついに私の悲願がここに……」


両目に水をこぼし、天を仰ぎながら祈りを捧げるHチ。
どうやらHチは「黒赤マジック」を倒すという当初の目的もう完全に消去してしまったようだ。

まぁそれもそのはずであろう。

なぜならこの名前の改名イベントは予選最終試合の舞台裏で行われるはずであったが…
その時はトラブルで改名ができなかったのだ。

ただ、トラブルが発生したとはいっても皆はうやむやにはせず、約束通りに原因を見つけて解消させてくれた。

もっともそのやり方には疑問があったが…





「Hチの改名のトラブルって確か2試合目の『フラマリこそオレのジャスティス』のフランがHチの名前を壊したことによるバックアップと強制プロテクト保護が働いていたことが原因で改名を受け付けなかったのよね」

「そうだ。だからそのプロテクトを解除するためにいろいろやったな」

ラクガキ巫女と藍はしみじみとそのことを思い出すが、Hチにとってはしみじみ思い浮かぶレベルではない。


何せ、夢美と理香子は機械や科学に強いとはいえHチの製作者ではないので表面的な改造や外部接続による増設はできてもブラックボックスともいえる根本的な内部強力なプロテクトがかかっているせいか手が出せないのだ。

なのでプロテクト解除方法が全くわからず、あれこれ話し合った結果


「こういう時はショック療法が一番さ」



魅魔のこの一言でHチはワールドユース編でガモウ監督が全日本の第1次合宿で行ったトラップ練習。
つまり、狭いサークル内で四方八方から撃たれるシュートを確実に裁くという集団リンチと名高いいぢめを超えた拷問が行われた。





おまけに、この騒ぎをどこからともなく聞きつけた黒赤と認識があったり交友があったりする別チームの面々もどんどん集って、結局Hチはほぼ全キャラのシュートや必殺タックルといったスペルカードのフルコースがプレゼントされた。



そうやってズタボロのH死状態になったHチだが肝心のプロテクトは一向に解除されず…結局プロテクトは原因となったフランが所属するチームの慧音がフランの行った所業を「なかったこと」にしてくれたおかげで解除された。





「うぅぅ…あの時は皆私に恨みあるのかと思いましたよ」

「いや、あるだろ」

「全くね〜」

「うふふ…走破の時にいきなり人を悪認定なんて〜」

「誰だって怒るわよね」

「だよね〜」

さすがにあの件は皆もちょっとやり過ぎたと反省はしているようだ。
Hチに考慮して聞こえないようにヒソヒソ声で突っ込みを入れる。

そうしてプロテクトが解除され、RSN杯2ndの決勝と表彰式の後に開かれた後夜祭にHチがH死状態から瀕死状態まで回復して多数のギャラリーが集う元で改名イベントが行われようとした…がまた問題が発生した。


「本当ならあの後夜祭の時に全て終わっていたはずでしたのに…」


そうつぶやくHチの言うとおり、後夜祭の時に改名は成功して一時期本名に戻っていたのが、現場は後夜祭の宴会真っ最中。

当然無事に終わるはずがなく、見学者の中に混じっていたと思われる呑みなれない酒で酔っ払った別チームのバカルテットや虹河3姉妹達が改名装置をめちゃくちゃに弄ってしまいHチの名前が『ドヘタレ』とか『メイドジャック』とか『駄メイド』とめまぐるしく変わってしまったのだ。
しかも別チームのVIVITまで黒赤のHチの巻き添えを食らって一時的に名前が変わってしまうというちょっとした騒動となった。

おまけに酔っ払い達が装置をめちゃくちゃにいじり過ぎたせいでオーバーロードを起こして機能停止。
その時はすでにHチの名前が「○§☆ΘΚ」完全にバグが発生したとしか思えない名前で固定されてしまった。


ついでに装置の修理がこなせる黒赤の理香子と夢美は完全酔っ払いとなってるわ、ちゆりは酔いつぶれて寝ているわというHチにとってはもう追い打ちと言わざるをえない状況となった。



「うぅぅぅ…あの時ほど宴会の席を恨んだことはありませんでしたよ」


そのHチの言葉は宴会や酒好きな幻想郷の面々にとってさすがに同意しかねる…が酒の席とはいえあの後夜祭でHチが受けた仕打ちは確かに同情してしまうだろう。

なので一同は問題発言をプラスマイナスゼロの相殺ということで特に問題ない発言と片付けた。


「そういえば夢美って酒飲んでたか?」

Hチのことを話題から外すため、藍は油揚げを食べながらふとした疑問を口にしたが

「いえ、飲んでませんよ。藍様」

「えぇ、夢美が飲んでたのはいちごジュースだけだったわよ〜」

充分冷めた魚の切り身を齧る橙と山菜らしきものを追加している小兎姫の発言で一同はシーンっと静まり返る。

「つまり…夢美はいちごジュースで酔っ払ったのか?」

「うふふ…もう器用なんてレベルじゃないわ〜


「で、でもスッ○ン共和国の某天才プロフェッサーのシ○ヴィー博士もジュースで酔っ払うという器用なことしてたし………」



「「「「「………………」」」」」



その時一同は、恐らくその某天才プロフェッサーの○ルヴィー博士のことを思い浮かべていたのだろう。
何せアレはHチのような完全自律機械人形有機物だけで作り上げるような腕前を持つという、完全に夢美教授をも上回った実力を持つが、それだけに夢美以上に何を考えているのかわからなければ行動パターンも読めない謎多き人物だ。
そんなできることならあまり関わりたくない博士夢美同じ共通点というか同じ特技を持っているというのは…もはや恐怖以外なんでもない。





「そういえば…『西方メイドVIVITさん』チームのポンコツの名前は元に戻ったのだろうか?」

「さぁ…私達はできる限りの手を尽くしたのだから後は向こう次第だろうな」


触れてはいけない話題に触れてしまった藍は再びHチの改名イベントについて語り、魅魔も動揺しつつも藍から振られた話題に応えた。
とにかく全員、夢美についてはこれ以上詮索するのは危険と判断し、考えることはやめることとなったようだ。



というわけで話を元に戻すが、その改名騒動で一番巻き添えを食らった『西方メイドVIVITさん』のVIVIT
彼女もオーバーロードで装置の機能が停止した時には黒赤のHチと同じく変な名前で固定されてしまったのだ。

一応、名前については『フラマリこそオレのジャスティス』所属の慧音の力で「なかったこと」にして黒赤のHチは強制的にHチへと変換されてしまうがなんとかHチの名前に戻り、『西方メイドVIVITさん』もVIVITに戻してもらえた。
だが、西冥土の方もその後何かのはずみ即座に改名されてしまう恐れもある。

なので、その後のことはこちらからは全くわからない。



全ては向こうに投げっぱなしで任せるしかないのだ。







「ム、ムガムガ…ンムー!!」

ふと気づくとどこからともなく潜ったうめき声が響いた。
一同は一瞬何の声かと思ったが思い当たる節はあるらしい。

「あ〜そういえばすっかり忘れていたわね」

「うふふ…そうね〜すっかり忘れていましたわ〜」

そう言いながらラクガキ巫女と魔梨沙はすっと立ち上がって声のする方向へスタスタ歩き、一本の大木の前でぴたりと止まった。


「ずいぶんと早いお目覚めね、霊夢。気分はどうかしら?」


「ムガー!!」


くすくすと笑うラクガキ巫女の問いに霊夢は全く声にならない声で返す。
というのも声にならなくて当然だろう。
何せ今の霊夢は猿轡をかまされているどころか、手足も縛られて大木にくくり付けられている状態だ。
ついでに霊夢の足元には文字通り虫の息なリグルが転がっているがそれについては虫だけに無視である。


「さ〜って、何が言いたいのか大体わかるけどどうしてやりましょうかしら」

「うふふ、考えるの面倒だしHチに処分を任せた方がいいと思うわ〜」

「というわけで、Hチ。霊夢が起きたからこっちいらっしゃいな」




「本当ですか!!」





ラクガキ巫女に呼ばれて即座にコンロと直結させていたホースを外しつつ、背中のブースターを噴火させて地面を滑空するかのごとく高速で疾走してくるHチ。




ボぉぉーっと砂煙をあげながら迫ってくるHチはあっという間に……霊夢のいる大木を通り越して藪に突っ込みながら爆走し、最後には大木に激突。


轟音と共に幹がへし折れる音が聞こえてくる。



「………」

「………」

「………」








「さぁって、私の邪魔をしてくれた紅白はどうしてくれようですか!!」




全身泥だらけで髪や服のアチらこちらに葉や枝が引っ掛かっているという情けない状態だがサ○テンダーのオーラを纏いながら憤怒の表情を浮かべるHチ。
その迫力は、さすがにあの殺意の波動に目覚めた楽園の素敵な巫女よりかは劣るが、それでも十分驚異的なのは変わらない。



「ン、ンム…」



さすがに霊夢も危機的な状況を感じ取ったのだろう。
さっきまでの威圧的で睨みつけてくるような強者の目とは対照的に今は助けを求めるかのような心細い弱者な目になっている。
しかもよく見なくても両目に涙みたいなものも浮かべている…がラクガキ巫女も魔梨沙も助けない。
というか、下手に助けようとすれば自分が巻き添えを食らうかもしれないのだ。


「自分がまいた種なんだし諦めなさい」

「そうよ〜これも修行と思って諦めなさい。うふふ」




「だそうなので、今から目どころか、色々当てられない状態にしてやるですー!!!



























「○×▼ーーー!!!」


























これ以上関わると本当に巻き添えを食らいかねない。
ラクガキ巫女と魔梨沙は霊夢の断末魔ともいえるような叫びを「聞いてない、見ていない、知らない」ナイナイ3拍子でもって無視しつつ元の席へと戻った。

「あ、あの…藍様、あれは少しやりすぎでは…」

「橙。聞けば霊夢は私達が『RSN杯2nd』に行っている間、幻想郷の人妖を手当たり次第退治して妖怪と人間とのバランスを壊しかけたというじゃないか」

「そうそう。ブン屋がばら撒いたと思われるこの号外記事を信用するわけではないが、たまには霊夢も懲らしめてやらないとな」

「魅魔の言うとおり、霊夢も下手な妖怪より強い上に博麗の巫女という立場のせいで紫様と匹敵するぐらい始末に負えない部分があるからな。
さすがに死の制裁を加えるようであったら止めるがあの程度なら大丈夫だろう。だから心配する必要はないぞ、橙」

「そうですか」

と呟く橙だが今なお断末魔の叫びをあげている霊夢を恐る恐る見ると…































「あはははははははは!!もっともっと苦しめ苦しめですよ〜〜〜!!!」
























「ム、ムガムガムガーーー!!!!!」




















確かに霊夢は涙目になりながら猿轡越しで耐えがたい苦痛の断末魔的な悲鳴が上がっているが、Hチが霊夢に加えている制裁は拍子ぬけもいいところな内容だ。

「わかりました、藍様。レイムはしばらく放っておきます」

確かにやられる方はたまったものじゃないかもしれないが、猫じゃらしで首筋や素足をくすぐられる程度ではどうあがいても死ぬわけがない。
本当に幻想郷は平和である。

なので、橙も含めてここにいる連中は全員止めようとは思わなかった。
ただ、コンロの燃料役が居なくなったということで今度はキーパーだったのでトワイライトを発射する機会がほとんどなく力が有り余っているという魅魔が代わりを引き受けたようだ。
魅魔から供給された力でついたコンロの火を調整しつつ小兎姫は鍋をかき回し始める。

「でも直接的ではないとはいえ、霊夢が暴れた原因は巫女が賽銭を持っていったからというじゃないの〜」

「そ、それは…確かにそうかも……」

戻ってきたラクガキ巫女へ放たれた小兎姫の鋭い突っ込みに一瞬言葉にどもって反論しようとおもったが 事実なのは変わりないのですぐに辞めた。

とにかく、最後の騒動というか霊夢の暴走を生み出す発端ラクガキ巫女が神社のお賽銭を持っていったことだ。

そのおかげで、後夜祭で全員が酔い潰れて目覚めたら幻想郷の博麗神社という『偶然カップファイナル〜』と同様の現象で戻ってきた彼女達が待っていたのは








博麗神社の巫女である霊夢からの夢想封印だった。









いきなり襲いかかってきた霊夢のスペルカードによってラクガキ巫女を中心としてふっとぶ面々。
ラクガキ巫女は驚きながらも理由を聞くと霊夢は怒り心頭な怒声で













“この賽銭泥棒が!!盗んだ賽銭を1万倍にして返しなさい!!!”


















という返事が返ってきた。

そうして霊夢に叩き起された全ての元凶とも言うべきラクガキ巫女は寝ぼけ眼なまま怒り狂った状態の霊夢と弾幕戦を行う羽目となったが…幸い霊夢はなぜか疲労しきっており普段の力を100とすれば襲いかかって来た時は5程度の力しか発揮されてなかったのだ。

なので、起きぬけであったが故に最初は押され気味だったラクガキ巫女だが目が覚めてくるに連れてどんどん押し返して行き、



  

最後にはラクガキ巫女の陰陽球をどてっぱらに受けた霊夢が吹っ飛んでピチューンしたことで勝負はついた。



だが、その弾幕戦の巻き添えで同じように戻されていた改名装置に無数のお札が突き刺さってバチバチ火花を散らしているという半壊状態となっていた。



だから起きぬけでわけもわからないままHチの名前を元に戻すべく壊された装置の修理をする羽目になった夢美やちゆり、理香子は不機嫌となったりほっとくと危ない霊夢は起きてこないうちに縛って大木にくくりつけることにしたのだ。

で、今は装置を壊した霊夢にHチ自ら制裁を与えている最中である。


「それで、巫女。霊夢は盗んだお賽銭を1万倍にして返せとか言ってたわけよね〜」

「えぇ、小兎姫。でも持ってった賽銭箱の中身なんて確かに小銭もいいとこだけど1万倍となるとかなりの額よ」

「いいわ〜だったら出かけ際に倒した雑魚から手に入れたアイテムや『シュミレーション人形』で私の分け前だった収入をお賽銭にしてあげるわよ〜」

「そうだな、私の分も出そう」





「何ィィィィィィィーー!!」




小兎姫と魅魔の発言に一同は驚くが

「大丈夫よ。私は某月のお姫様並の経済力を持つ『姫』よ〜
警察の仕事は趣味と実益をかねたただの娯楽で収入はなくても充分暮らしていけるわ〜」

「私も霊体という性質上、自分で用意する食べ物よりも神社のお賽銭を通してのお供え物による食べ物の方が何倍も旨いからな」

二人の言い分はある意味筋は通っている。というか小兎姫の言葉はその某月のお姫様に聞かせてやりたいぐらいだが…この場にいないのでこれ以上言っても仕方ないだろう。

「とにかく、私と小兎姫の二人の収入を合わせたら充分お釣りがくるだろう。
さっきの弾幕戦で神社にも被害が出たし修理費にでもあててもらいたいしな」

「……そうだな。霊夢は金が絡むとどんな犯罪行動を起こすかわからないから予防という点では二人の言うとおり、素直に言い値のお賽銭を渡した方がいいのかもしれん」

そうつぶやく藍は橙を見つめつつふとあること…時代劇の金貸しに扮した霊夢がマヨヒガに押しかけて借金の肩として橙を持っていこうとしたという妄想を思い出しかけたがさっと取り払った。

もちろんそんな事実はない完全な藍の妄想だが、100%そんなことが起きないという保証がないのも事実。


それだけ、霊夢からの金の恨みは恐ろしいのだ。











「Hチィィィィ!!装置の準備が整ったわよぉぉぉぉ!!!」








「本当ですかぁぁぁぁ!!!」









そうこうしているうちに科学者組が機械の調整を終わらせたらしい。


その声を聞くや否やHチはロケットエンジンを噴火させすっ飛んできたが……





当然のごとく勢い余ってお賽銭箱に激突して大破させた。
















「さぁ、私の名前を元に戻してください!!」










賽銭箱の瓦礫をガラガラと押しのけながら立ちあがるHチ。
それを見た一同は「あちゃ〜」っという表情をしたが幸い霊夢はくすぐり地獄という責め苦に耐えきれずがくりと事切れた状態だ。

お賽銭箱が壊れたところは見ていないので、さっきの弾幕戦で壊れたと誤魔化すことにした。

「あぁ、このボタンを押せばHチの名前が元に戻るぜ」

「えぇ、短いようで長かったけどこれで元の名前に戻るわよ」

「じゃぁ、押すわよ!!」

夢美の問いにこくりと静かに頷くHチ。
他の面子も鍋をつつく手を止め、グツグツと鍋が煮える音だけを聞きながら静かにその様子を見守る。


























「あ〜ぽちっとな」


























相変わらず緊張感も何もないがある意味定番ともいうべき掛声でスイッチを押した夢美。
スイッチを押したことによって装置がぱっと点滅したがそれ以上は何も起こらなかった。

見た目的には何の変化がない。
もしかしたらいつぞやの時みたくプロテクトが働いてしまったのかもしれない。


もし、そんなことになったら…

不意にVIVITの頭に悪い予感が走ったが即座に取り消された。




「……私の名前は…VIVIT……Hチじゃありません……VIVIT…です!!」


装置は正常に働いてくれていた。
その証拠に今までは強制的に『VIVIT』から『Hチ』に変換されるという変な力も完全にその効力を失っている。

「これで復帰だな、VIVIT

「ついに望みがかなったわね、VIVIT

「うふふ…今のVIVITは最高に輝いてるわよ〜」

「輝きはただたんにサボテン○ーの魔石のおかげかもしれないが、ともかくおめでとう。VIVIT

「おめでと〜VIVIT

「今の心境はどうかしら〜VIVITHチ

「はい、もうサイコーですよ!!これも皆のおk…え?…Hチ???

嬉しさというか皆が本名で連呼するのでうっかり聞き逃すところであったが最後の発言者である小兎姫はVIVITHチではなくHチと発言した。

「ちょ、ちょちょちょ…私の名前はHチではなくってVIVITHチ………Hチ…私の名前はHチ…」

「…………」

「………」

「……」

「…」














「どういうことなんですか!!
また無理やり変換されてるじゃないですか!!!」












ようやく事態を把握したHチがぐりんと首を直角に曲げながら夢美目がけて横滑りで疾走してきた…が横滑りは技術的に難しかったようだ。
夢美を通り過ぎてそのまま霊夢を縛りつけていた大木まで疾走して激突した。

轟音と共に霊夢の悲鳴らしき声もあがる。



「なぁ、どうなってんだ。ご主人」

「何か不都合でも起きたわけ?」

そんなHチを無視して夢美へと詰め寄るちゆりと理香子。
だが夢美にも原因はさっぱりわからない。

「おかしいわねぇ。これで改名が行われるはずなのに…出力不足か、もしくはまた壊れたのかしら?」

主むろにカチャカチャと装置を弄りまわすが、今まで散々修理や何やらで付き合わされていたちゆりはいろいろと我慢の限界だったようだ。


「あーじれったいぜ。こんなもん叩けば直るぜ!!



あぁ、ちょっと待ちなさい!!そんな乱暴に扱えば……




理香子が慌てて静止にかかるがちゆりは待たなかった。
もともと気が短くて喧嘩っ早いちゆりがこんなちまちました作業を続けることは性に合わないのだ。

理香子の静止を振り切るように装置へびしっとななめ45度チョップをかました………その瞬間







































































どっごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん…………
























































































装置を中心に髑髏型の爆炎が空に舞い上がった。



































「げほげほ…あーあ、壊れちまったぜ」

爆発にモロ巻き込まれて服の一部が焼き焦げて髪がコントよろしくのアフロとなったちゆりはげほげほと口から黒煙を吐き出しながらつぶやくがその脳天にはやはり同じように服の一部が焼き焦げたアフロの夢美鉄拳が繰り出された。







「このH!!あの装置は核モドキの融合炉を使ってるんだから下手に衝撃を加えたら爆発するでしょうがぁぁぁぁ!!!










「だってなぁ…今まで弾幕を受けても爆発してなかったからまさかあの程度で爆発するなんて思ってもいなかっ……」











ボカボカッ!!










「電池と呼ばれるエレキテルエネルギーが足りなかったからさっきの修理で代用品的に融合炉を組み込んだのよ!!
だから組み込む前の状態なんてアテになんかならないわよ!!!」










今度の鉄拳制裁は理香子も加わったようで二人同時でちゆりの脳天に拳が振り落とされた。
当然だが理香子も服の一部が焼けおちて髪がアフロになっている。



「まぁまぁ、喧嘩はその程度にしな」


ボロボロの状態で喧嘩というか失態を犯したちゆりを責める夢美と理香子を止めにかかる魅魔。
なお、爆発の影響を受けたのは装置の近くにいたちゆりと夢美と理香子のみでそれ以外には大した被害が起きなかったようだ。

被害といえば爆風によって鍋がひっくり返って中身が橙にぶちまけられそうになったところに、身を呈して割り込んだことで中身をモロにかぶってのたうちまわっている藍ぐらいだ。

なお、藍は人間でもないというか妖獣では最高峰の種族と言われる九尾の狐。
そんな藍が煮え湯程度で致命傷を負うわけがないということで橙以外は誰も気に留めずに無視された。

それよりも問題なのは…



「うぅぅ……結局私の名前はHチのままなんですか………」


「えっと、その……Hチ。今回の件だが…さすがに悪かった!!
私があさはかだったぜ!!!


もう完全に落ち込んでそばで転がっているリグルみたく立ちあがってこないHチをさすがに気の毒と思ったのか、ちゆりがガラにもなく全面的に謝罪した。
もちろんHチは奴当たり的にちゆり目がけてロケットパンチの一発でも飛んでくるだろうと思ったがHチからは意外な物が飛んできた。


「わかってます……ちゆりさん達は頑張ってくれていたのはわかりますからこの件については許してあげます」

なんとHチは失態を犯したちゆりを責めることなく許すという言葉を返してきたのだ。
そんな意外な言葉にちゆり以下全員が数秒硬直したがすぐ我に返った。

「な、なぁ…一体どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、もういいんです!!ぶっちゃけどうでもよくなってきたんですよ!!
………それに………これ以上この件で皆さんを振りまわすわけにはいきませんから」


Hチは生き物ではないので感情というか心が存在しないはずだが、このHチの声には明様に心が宿っている。
しかもHチが声に込めた感情は怒りや憎しみではなく悲しみや諦め…そして……優しさであった。

「そ、そんなことは…」

まさかこんな答えが返ってくるなんて意外過ぎた。
なのでちゆりは即座に反論しようと思ったが…ある意味Hチの言うとおりだ。

1回目はフランの能力で強制プロテクトが働き、2回目は酔っ払いお子様軍団の悪戯でバグが起こり、3回目となる今回は霊夢に装置を壊された揚句に修理が不完全であったどころか大爆発。

とにかく、この改名イベントを起こそうとすればなぜかHチを中心様々な災難が降りかかってくるのだ。
もうここまでくれば呪いともいうべき不可思議な力が働いているとしか思えないぐらいだ。


「そんなことは…」

そんなことはないっと力強く言ってやりたいが、Hチの言うことがわかるだけに最後まで言い切れない。
本当にここまできたら神に匹敵する大きな流れみたいな力が働いているに等しく、この先の発言は強大な力の流れに逆らうに等しい行為だ。
だからちゆりにはこの続きを述べることができなかった…がその肩を夢美がポンと叩く。


「ちゆり、言い切りなさい」

「えぇ、理論や方程式はともかく世間の常識なんてものは発明者にとってくそくらえなのよ!!」

「ご主人…理香子」

振り返れば魅魔もラクガキ巫女も魔梨沙も…治癒した藍と橙もぐっと親指を立てたり「ごー」のサインを出したりしている。

そう、なんだかんだいってもチーム全員の答えは同じである。
そうなると一瞬でも迷ってしまったちゆりは馬鹿らしく思い、ぐっと後ろに親指を立てながらきっとHチへと振り向き





「失敗が何だ!!例え100万回失敗しようが、最後の最後には絶対Hチの名前を元に戻してやるぜ!!!」




皆の後押しを受けながらちゆりは力強く宣言した。
しかも100万回〜の下りは依然Hチが大会で対戦したレミリアに向けて発した下りだ。
それを今度は逆に聞かされて…Hチはつぅーっと水がこぼれおちた。

人間でいえば俗に言う涙である。だが、今回の水は今まで流した涙という水と質が違う…
冷たい水なはずなのにどこか暖かいと感じる水。



思えば『黒赤マジック』はただご主人様に言われたから何の疑いもなく悪認定しており、事実初代の『黒赤マジック』の面々は自分を散々Hにしてきたあげくポンコツ呼ばわりするような扱いをしてきた。
もちろん、今回『RSN杯2nd』での黒赤メンバーもポンコツからHチに改名させた上にやはり散々な扱いをしてきた…がそれはあくまで表面上だけだ。


その証拠に試合中では今までの扱いとは打って変わってHチをしっかりチームメイトとして見てくれていた。
パスも送ってきてくれたし、失敗のフォローもしてくれるだけでなく頑張りやしっかりとした結果を残せばそのことを褒めてくれる。
Hチが活躍できた試合はすべて勝ち試合であったが、彼女等は例え負け試合であってもHチ個人の活躍能力認めてくれるだろう。


それに、予選最終日や後夜祭や今さっきも…実力を認めてくれた皆は名前が戻ったことに対して心からの祝福をしてくれた。







“ご主人様…………『黒赤マジック』は本当に悪なんでしょうか”






試合中に何度も出てきた疑問…本当は走破の時にも浮かんでいた考えだがご主人の言いつけを守るためにあえて考えようとしなかった疑問だ。

だが、心のどこかではすでに答えがでていたのかもしれない。
『黒赤マジック』は悪ではないどころか…走破よりも厳しい激戦が待ちうける戦いを皆一丸となって突き進む『黒赤マジック』は悪と思うどころか、『黒赤マジック』というチームを羨ましく思うようになっていた。


自分もあの中に加わりたい…あの中に加わって、皆と一緒に笑って皆で助け合いながら勝利を目指す……勝ち負けによる悔しさや復讐なんか関係なしで、例え踏み台的な扱いとなってでもそんな『黒赤マジック』の一員として勝利に貢献したい。
というのが自分でも気づいていなかった…今回大会参戦を企てた本音とも言うべき本当の目的だったのかもしれない。


そうして……今まさにその目的は達成された。


Hチは『黒赤マジック』の一員となった。
例え、どんなに酷い扱いを受けようが……名前が強制的にHチへと変換されてしまおうが『黒赤マジック』の一員という事実だけは変換されない。


皆の想いはその偉大な力の流れに屈することなんてない。


Hチはまぎれもない『黒赤マジック』の一員なのだ。




「余計なお世話ですね……とにかく私はもう帰りますから!!」

Hチはあえてつんとした態度でお腹からするりと箒を取り出してさっと跨った。

「お、おい…ちょっと待て!!」

ちゆりが静止しようと手を伸ばしたがHチはその手を振り切るようにしてさっと浮かび上がったが、少し上昇しただけでくるりと振り返る。


「今回はもう帰りますが…皆さん、覚えておいてください!!
この幻想郷の『黒赤マジック』が大会へ挑戦し続ける限り、私は参戦するために何度でもこの幻想郷へ戻ってきます!!!
その時は、誰であろうとHチなんて言わせないぐらいの活躍をして見せます!!!!
そして…次こそは優勝をしましょう!!!!







「あ、あぁ、そうだぜ…次は優勝しようぜ」

「そうだな…今度はいつになるかわからないが、次こそは優勝を狙うか」

この展開にちゆりは少し戸惑っていたがすぐ我に返り、魅魔とともにリベンジを約束し


「そうね。私達も霊夢や魔理沙達に負けてられないわ」

「うふふ……そうよね〜次があったらまたHチをこき使ってあげるわよ〜〜」

ラクガキ巫女に魔梨沙も同じように約束してくれた。




「えぇ、だから私の本名はあえて皆さんに預けます!!
なので私が次にやってくるまで、しっかり保存をお願いしますですよ!!




「わかったわぁぁ!!しっかりプロテクトをかけて保存してあげるわよぉぉぉ!!」



「ついでにバックアップやコピーも取ってあげるわ」


「Hチの名前は貴女に貸してあげただけなのだから返しに来なければ横領罪で逮捕しに来るわよ〜〜〜!!!」

夢美に理香子もHチの名前をしっかり保存し、小兎姫も警察という立場を利用した言葉で見送ってくれる。


「Hチ、今から鳥居に結界の割れ目を作る。だからそこを通れば即座に帰れるぞ」

「Hチ。また会おうにゃ!!」

リグルはまだ目が覚めてないために見送りができないが最後に式神コンビが博麗神社の鳥居周辺で何かを弄り始めた。


やがて、藍の言うとおり鳥居から空間の割れ目みたいなのが発生した。
そこを通れば自分が住む世界へと帰れるだろう。





「では…皆さん……………」

言葉の途中だったがふいにHチの言葉が途切れた。
というか見送ってくれる皆を直視しながらこれ以上言葉を発したらただでさえ壊れかけている涙腺ともいうべき機能が完全崩壊して眼から水が絶え間なく流れおちてしまう。

名残惜しいが早くここから立ち去らないと……自分が壊れてしまいかねない。






「………また会いましょう」



一言だった。
本来はもっといろいろと言いたいがこれが限界であった。

だが、皆はこの一言で充分理解してくれたと思う。

Hチは皆からの返事を待たず、そのまま何かを振り切るように背中のブースターを点火させて急発進のロケットスタートを切った。





「…逝ったぜ」

「…逝ったわね」

「うふふ…あの音からして逝ったわね」


Hチを見送っていたちゆりもラクガキ巫女も魔梨沙も一部違う言葉を発しているがその言葉は間違いではない。
結界の割れ目から凄まじい破砕音が響いていたのだ。恐らくHチが結界向こうで何かと正面衝突でも起こしたのだろう。
おまけに破砕音の後に銃撃のような音と共にHチの助けを求める悲鳴まで聞こえてくる…が結界向こうのHチの世界へ押し掛けるわけにもいかない。


やがて、じわじわと閉じていく空間の割れ目が塞がると同時にHチの悲鳴が聞こえなくなった。




「さてっと、Hチは帰るべき場所へと帰ったが私達も帰るべき場所へ帰るとするか」

見送り終わった魅魔はぐーっと伸びをしながら皆を見渡すが、

「そうね…といってもやるべきことをこなしてからになるけど」

「そうねぇぇ〜〜まずは天狗のブン屋への報告よねぇぇ〜〜!!」

「あぁ〜天狗からは今までの大会データももらわないといけないわね。
それに、皆のデータも取りきれてないし…各地を回ってみるのも」

「言っとくが、ご主人に理香子。Hチの改名装置の修理というか製作もあるんだぜ」

「あぁ〜そうだったわね。でもまぁ同時作業で進めることにするわよぉぉぉ〜!!」

「今度は爆発しても大丈夫なよう頑丈な作りにしないとね」

「いやいやいや、どうせなら爆発なんかしないように作れ…だぜ!!」


微妙にずれたというか物騒な会話をする理香子と夢美とちゆりはこれからブン屋への報告や各種データ採取、さらに今回爆破された改名装置の製作のためにまだまだ幻想郷に居座るつもりだ。

「それに冥界や畑の一件がどうなったかも知りたいわね〜」

「神社やお賽銭箱の修復もあるわね…さすがにこれは私にも非があるわけだし無視はできないわ」

小兎姫とラクガキ巫女も出かけ際や帰ってきた直後の騒動の事後処理もこなすつもりだ。

「私も長い間幻想郷を離れていたことだし、一度幻想郷を一回りして結界の様子をざっと調べないといけないな」

「藍様。私もお供します」


「そうか、まぁたまにはいいか。箸休め杯に向けての話をしながら見回るとしよう」

「はい!!」

「うふふ…魅魔様、皆は大会が終わってもやることはてんこもりのようね〜」

一人だけ帰る宣言をした魅魔に対して魔梨沙はうふふと笑いう。
その含みは魅魔だけ何もせず帰るのはどうかっという嫌み的な意味が込められてるような気がしないでもないが、確かにこのまま帰るのはなんとなく後味が悪いかもしれない

「そうだな。勝つためには努力も必要というわけだし…私達は魔理沙にでも会いに行って大会時の話でもするとするか」

「いいわね〜師弟同士で話に花を咲かせるのも」

どうやら魅魔と魔梨沙も目的ができたようだ。
リグルは相変わらずのびたまま、霊夢も縛られたままで放置だがそっちは関係ないことだ。




「それじゃ、『黒赤マジック(R)』は今をもって解散とする!!
皆、次の大会でまた会おう!!!」













こうしていろいろと波乱が起きた『RSN杯2nd』に出陣した『黒赤マジック(R)』の挑戦は魅魔の解散宣言でもって終わりを告げた。

彼女達が残した功績…『黒赤マジック(R)』の活躍は以後に続く『黒赤マジック』の大きなターニングポイントとなっていた。


なお、それがどういう意味でターニングポイントとなっていたのかは…誰も知る由もないが、今の段階ではっきりわかることは一つある。






それは…『黒赤マジック(R)』を率いていたキャプテンHチは『黒赤マジック』を率いていた歴代キャプテンの中で、最も酷い扱いを受けたキャプテンであることだろう。








そんなHチの苦難というか……本名に戻る日がやってくるのは…………





断言しよう









永遠に来ない、と
































「いい話なのに最後で無理やりオチをつけないでくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」














Hチの苦悩は永遠に続きそうである。




















おまけ








「えっ、箸休め杯ってRSN杯2ndが終わって10日後じゃなかった?」

「違いますよ、RSN杯2ndが終わった10日後に募集が行われて開催はさらに10日後なんですよ。
だから今メンバー登録は受け付けていません」

「あぁ〜そうだったのか。どうりで橙やリグルどころか他の参加者も見当たらないわけで…ははは………皆…何怖い顔を………」






























「「「この来生野郎がぁぁぁぁ!!!
大会日程をちゃんっと調べとけぇぇぇぇ!!!!!!!」」」

































「にぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



























「全く、とんだ無駄足食ったわ!!」

「そうね〜でもまぁせっかく遠出したわけだし、しばらく各所をめぐってみるのも面白いわよ〜」

「他がどうなっているかは噂程度しか知らないしそれは興味あるかも」

「そうだな〜面白そうだし他の幻想郷というのも見て回ってみるか」

「そうね、もしかしたら活躍のヒントが聞けるかもしれないし」

「賛成なのかー」

「賛成ですぞ」



「では行くぞー!!まず手始めにゼフとかいうところだーー!!」











「「「「「「「おーー!!」」」」」」」












その後、ある一団が立ち去った『RSN杯2nd』の本部前にはボコボコにされた鬼の氷像がしばらくの間安置されていたとかいう話だが……真実は誰も知る由もない?












終わり






■ 黒赤マジック(R) 戦歴

予選
vs紅の巫女(紅巫女) 1-3
vsフラマリこそオレのジャスティス(フ×魔) 2-1
vsお姉様、アレを使うわ!(アレ) 2-1



総得点5 総失点5


成績:2勝1敗(予選敗退)
得点:藍(3点)・夢美(2点)






あとがき


RSN杯2nd 開催跡地



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