「見えてきたわね」 アリスが言うとおり、湖を越えて真紅の館、紅魔館が見えてきた。 途中から永久も目を覚まし、自力で飛行してきたのだが、 空を飛ぶ猫はなかなかシュールな光景である。 それも幻想郷珍しいものではないのかもしれないが。 ちなみにくるくる回ったりはしていない。 「あれ? どうしたんでしょうか…」 妖夢が声を上げる。 見ると、門のあたりに人が集まって何か作業をしているようだ。 「ひとまず、突破するわけにも行きませんし、門番のほうに話を通しましょうよ」 「えー、力づくでもいいじゃない」 「ダメですッ!」 きちんと手順をえて通ろうとする左京に、強引に入ろうとする天子。 さすが天人か、あのあとすばやく復帰して何事もないかのようについてきた。 「えー、そのほうが簡単じゃないのー?」 「実はそうでもないですよ?」 実のところこの門、本気で害するつもりで突破しようとすると非常に堅牢である。 弾幕ではいまいちといわれることもある美鈴も本気の勝負では強く、さらに門番隊もどちらかといえば実戦を重視して鍛えられている。 弾幕ごっこで住む相手ではなく幻想郷のルールを破って本気で進入する相手、それが真の相手であり、敵なのである ……昨今は平和で、あまり出番もないために軽く見られがちなのであるが。 「…どうしたんですか、これは?」 「あら、冬月さん」 このまま夫婦漫才を見ていても埒があかないと見て、冬月が陣頭指揮を執っていた美鈴に話しかける 知らない仲ではなく、特に普段館に押し入ろうとしていない相手に身構える事もない。 美鈴はいつもの快活さで答えた。 「いやね、なんか異変起こってるじゃない? こんな感じの」 ちょいちょい、と頭を指差すとそこには龍の角のようなものがある 「それ、本物ですか?」 「たぶんねー、形は違えどあなたたちにもついてるじゃないの、いっしょよ、いっしょ」 左京の問いに美鈴はそうはいうが、普通の動物と違って龍である。 これはイメージでたまたまついたのかそれとも… たまたまならば本人も原因は知らないだろうし、何かあるならけして口を割ってくれないだろう。 とはいえ、どちらであっても彼女が変わるわけでもない。 どちらでもいいか、と左京は結論付けた。 「それで…なんか門がすごい事になっているように見えますが…」 気を取り直して、妖夢が質問を投げる。 何か強大な力で破壊されたような、そんな痕と破壊された瓦礫が飛散していた 「これでも近くの瓦礫は片付けたのよ?」 美鈴のその言葉どおり、門の近くの瓦礫はなくなっている…が 横に撤去されたボロボロになった壁と遠くへ飛び散った細かい瓦礫はそのままであった。 「いやねー、今変な異変起こってるじゃない?  大体は耳が生えたり尻尾が生えたり、程度なんだけどねー、たまーに、精神のほうにも影響受けてるのがいるらしくて。  まんま猫みたいになった魔理沙がハイになってぶっ放していったのよねえ、マスタースパークを」 あっけらかん、と明るく言う美鈴。 ただ、付き合いの長い者であればほんのちょっとだけこめかみがひくついている事に気がついたかもしれない… ここにいる人は、誰も気がつかなかったようだが。 「魔理沙は森にいる芸術家がイーゼルで殴ってから引っ張っていったわ。  いいたいことはあるけど、今は無理でしょ、あの状態じゃあ。  とどめてもあまり意味なさそうだし、素直に引っ張っていかせたわ。  魔理沙のほうは彼に任せておけば大体は大丈夫でしょ」 どうやら、魔理沙の追及などは正気に戻った後にする事にするつもりのようである。 「それで、これから修理なのね」 もともと壁のあった場所を覗きなら天子が言う 「そうよ、そろそろ資材が届くはずだけど」 「ちょうどだ、もってきたぞ」 そこに男の声がかかる 「あ、熊猫さん」 ガラガラと台車をひいてきたのは美鈴と同じく門番の熊猫。 外界から来たものらしいが出自は一切不明、本人も覚えていない。 ちなみに彼の頭についているのは名前の通りというか、パンダの耳。 体格と相まって、結構似合っていたりする。 普通の熊ならもっと似合うかもしれない。 「相変わらずの力ですね…」 引っ張ってきた台車には大量の煉瓦と砂、セメント剤が乗っかっていた。 山のように詰まれたそれは確かに破損部分を補修するのに十分である。 しかしこの量、どう考えても並の人間が1人で運べる量ではない。 並の人間の3倍は力を持つ、とも言われる彼。 鬼ともやりあうその力は伊達ではないようだ。 「これくらい、鍛えておかんとな」 ぐ、と力瘤を作るパンダ 「はいはい、パンダ、今はまず壁を直しましょう」 「よしきた、任せておけ」 美鈴にそういわれるとパンダは持っていた手ぬぐいを鉢巻のように締め 突如、上半身を脱ぎ捨てた 「…」 「…」 「…」 「…」 時が止まった 「…その癖、何とかならないの?」 「何を言う、肉体を人に見せる事で己をもっと高めよう、という気持ちが沸くのではないか」 「いや、一応ここ、外だから」 固まらなかった美鈴が呆れたようにパンダに問うが、パンダはパンダで何か信念があるらしい 体格自体は本人も気を使って鍛えているらしく、締りのある筋肉のついた良い体である。 だが、ここは美鈴も言うとおり外。 いきなり上半身を脱ぐのは普通、とはいえないだろう。 下半身を脱がないだけましという話もあるかもしれないが。 「い、いきなり脱ぐなんて…」 「あら、妖夢ちゃんは固まらなかったのね」 その格好のまま門柱の修繕を始めるパンダをよそに、 赤くなりながらも固まっていなかった妖夢に美鈴が気がつく 「お爺様が訓練のときに上を抜いていたところを見た事がありますので…」 「なるほど、多少は耐性あるんだ、まさか、おじいさんも外で…」 「しませんっ!」 妖夢の話した理由に納得する美鈴。 悪戯心が働いたのか、からかってみるが… 生来真面目な妖夢である。 乗ったりする事もなく強い口調で否定されてしまった。 「ま、まさかいつもこんな事を…」 次に再起動したのは冬月、再起動してすぐ、疑問が口をついて出た 「そうねえ、割と。知らない人がいるときとか里の中とかではやらないわよ?」 「な、なんと言うか…」 さらりとすごい事を言う美鈴。 その言葉に左京は立ち直ってすぐに絶句した。 ふと周りを見渡して見ると、いくらか手伝っていた妖精メイドがさまざま反応している。 目を逸らしているもの、不機嫌そうにしているもの、特にいつもどおりのもの、食い入るように見つめているもの …どうやら結構好きな者もいるようだ。 「そ、それにしても…ずいぶん作業が早いですね」 話を逸らすかの用に妖夢が指摘した。 内容は確かなことで、門柱を地面から作り始めていたにもかかわらず、 既に何段もの煉瓦が綺麗に重なっていた。 反対の妖精メイド達が作っているほうはまだその3分の1行くかどうかである。 妖精メイドの事、遊んでいるようなのもいるのではあるが、 それでも人数の差も考えると非常に早い。 「ここに来る前の記憶なのかしらね、大工仕事とか、すごくうまいのよね」 美鈴が語りだす 「最近門番の詰め所の建物建て直したときもあっという間に作ってたしね〜  しかも作りもしっかりしてるし、この手の男手は足りなかったし、結構ありがたいわ」 「自分でも覚えていないんだが…はじめると体が動く」 記憶を失っていても身に染み付いた技術は消えないということだろう。 そして、どちらかといえば、というか猛烈に女所帯な紅魔館である。 女性に割と縁が遠い事が多い仕事ができる人材はかなりありがたいものなのだ。 ちなみにパンダのこの能力が判明するまではそのあたりの仕事はすべて岡が担当していたのだが… 分業で仕事が楽になったか、というと他の雑用の担当が増えた部分もあるのであまり変わらなかったとかなんとか。 「と、ところであなたは仕事しないの?」 一番遅れて復帰した天子が美鈴に疑問を投げかける 確かに、さっきから美鈴は話しているだけである 「ん、一応門番の仕事に応対もあるしね、通していいものかの判別と、場合によっては排除のために。  あなた達は殴り込みって感じはしないけどね。  それで、あなた達は何の用?」 「あ、実はこの異変の事を調べていまして…手がかりがないのでとりあえずアリスさんについてきてここに…  って、あれ? アリスさんは?」 確かに一緒に来たはずのアリスであったが、周りに姿が見えない。 確か、熊猫が脱いだときに時が止まった1人だったはずなのだが。 「アリスならさっきまで固まっていたけど、私が応対したわよ」 「あ、咲夜さん」 いつの間にきていたのか、その疑問に答えたのは咲夜だった。 ちなみに犬耳と尻尾がついているがこの辺まで来ると驚く事でもない。 何故か妙に似合っているのは悪魔の犬などとも呼ばれるせいか それとも淀みない忠誠心のためだろうか。 「で、何でここからなのかしら、まさかうちを疑っているの?」 ほんの少しだけ剣呑さを含んだ声色で咲夜が問う 「いえ、そんな事は…「多少ありましたねー」おおおおおおい、左京ーーーー!」 言葉を濁す冬月にあっさりと疑ってた事を言う左京 「でも、この分だとここじゃないみたいですねえ、やっと見つかるかもと思ったのに」 「あら、何がかしら」 その事実にも、気分を害したふうでもなく、咲夜は左京の最後の言葉を聞きとめる。 「あ、実は私のほうの目的はですね…「わーわー!」もごもご」 素直に言ってしまおうとする左京の口を天子が慌てて後ろから飛びついて塞ぐ。 「あら、気になるわね」 「べ、別になんでもないから!」 微笑む咲夜さんにわたわたと思いきり動揺している天子。 これでは誰にかかわる事が目的か、それがいい事がどうか、ばればれである。 「まあ、いいわ。 それよりも、仲のいい事ね」 「へ?」 天子のとった行動、それ自体は左京を黙らせるための事であったのだが… 事情を知らない人が端から見ると、どう見ても 「突然抱きついた」 ようにしか見えない。 事実、妖精メイドの中には目を輝かせてそれを見ていたり いいなあ、と寂しそうに呟いていたり。 あとで私も…と頬を少し赤らめている者がいる。 「え、き、キャアッ!」 「うわっ!」 状況に気がついたのか耳がピンと立ち、尻尾がボンと膨らんだあと 顔を真っ赤にしながら天子が左京を全力でおもいっきり突き飛ばす。 突然の行動に左京は体制を整える事も出来ず、全力の突き飛ばしに前に吹っ飛んで… ゴロゴロガシャーン! 「あーあ…」 まだ片付けていない瓦礫の山に突っ込んで、頭から埋まる事になってしまった。 「いたたた…いきなり何するんだよ天子…」 「左京が変なこと言おうとするのが悪いんだから!」 「元はといえば天子がうっかりしているのが悪いんだろ!」 そのまま放置するわけにも行かない、と近くで建設をしていたパンダが気合1発、 瓦礫の山から片手でかるがると左京を引き抜いて救出した。 持ち前の頑丈差か、ほとんど怪我らしい怪我もない左京は、 事の原因となった張本人と喧々囂々と言い合いをはじめていた。 この分だと瓦礫に突っ込んで頭を打った、などということもなさそうである。 喧嘩自体にはどう見ても痴話げんかだと周りは思ったのだろうか。 誰も2人の喧嘩を止める物はいない。 勝手にやっとれ、ということである。 「それにしても…少し疑っていた事に怒らないのですね こっちとしてはありがたいですけど」 「ああ、それね」 冬月が話を戻し、疑問を咲夜にぶつける。 すると、咲夜はこともなげに答えた。 「アリスのほうから大体事情は聞いてたからね、本気で疑って来ていないだろう事は既に知っていたわ、念のために聞いてみただけで」 「知ってたんですか…」 「疑っているレベルも『これだけの異変を起こせる者もそう多くないから』と、言うこところかしら。  よほど大きな力の道具でもかりない限りはお嬢様のような力がないとこれだけの異変は確かに起こせないし」 「突破して問い正してやるって気配も特に感じませんでしたしね」 美鈴が話に加わる。 事そういった事に関しては美鈴は非常に鋭い。 「気を操る程度の能力」を持っているだけの事はある 「だからといって、寝ていては仕方ないでしょう」 「寝ててもちゃんと気は張ってますよ!」 「そもそも仕事中に寝ないの」 コツン、と軽く美鈴の頭を小突いて咲夜が釘を刺す。 「それで、実際なにがあったのかしら、あの天人は」 「どうにも、あの剣を落としたらしくて…」 「何をやっているのかしらね、それは」 「この事件に関係してそうですねえ、それ」 「はた迷惑だな…」 いまだに後ろの2人が喧嘩をしている事をいい事に 咲夜、美鈴、熊猫に冬月が事情をばらした。 ちなみに熊猫は既にある程度門柱を立て終え、次の作業のためにちょうど乾燥を行っているところで、休憩中である。 「それで、どうするのかしら、お嬢様が原因でないとわかった以上は?」 「うーん、そういえばアリスさんは?」 「先に応対して、図書館のほうに行ったわ、少し急いでいる風だったわね、なんでかしら」 「あ、それは…実はあの猫が…」 既にアリスは先に行ったらしい。 普段なら何のかんので他の人に付き合うのがだが、 もしかして多少焦っているのかも知れない 「猫? 新しい使い魔でも見せに行った…とは思えないわね」 「あれ、永久さんらしいです…」 「…」 一瞬訪れる静寂。 「…どうりでなんとなく感じた事があると思いましたよ」 「…あそこまで変わるとは」 「よく変わる人ね」 三者三様の感想がでるが、思ったほどには驚いていない。 永久が変化するのは今まででもあった事なので、延長線だと思っているのかもしれない。 あるいは幻想郷だから、なのかもしれない。 「パチュリー様に相談しにいったんでしょうね、それは」 「パチュリーさんならこの異変の事とかも何か知っているでしょうか? ちょっと私たちも相談してみませんか?」 冷静に分析する咲夜。 そこに戻ってきた左京が1つ提案を上げる 「お、左京、痴話げんかはおわったのか?」 「痴話げんかじゃない!」「痴話げんかじゃないわ!」 「見事にハモりましたね」 からかう冬月の言葉を否定する2人。 だが、完全にハモってしまっては微妙に説得力が薄い。 どう見ても仲のいい人たちだ。 「それで、相談してみるのかしら? あなたたちなら別に止めないけども」 「手がかりもないですし、相談してみましょうか?」 「そうだな、少しでも手がかりは欲しいし、いってみよう」 「わかったわ、館の中ではおとなしくお願いね 案内はそこのメイド妖精にさせるから」 咲夜の問いに少しでも手がかりがあれば…と冬月と妖夢がひとまず行く事を決断すると 咲夜は流れるような仕草で門への道を開ける。 紹介された妖精はぺこり、とお辞儀をして導くために門の超えたところに立った。 「大丈夫ですか?」 「その子は優秀だから。さすがに悪戯ばっかりするような子は選ばないわよ」 「なら大丈夫ね、じゃ、なんか面白い事にもなりそうだし、行きましょうか!」 妖精の悪戯好きを知っている妖夢が不安そうに尋ねるが 咲夜のちょっと苦笑しながらの太鼓判に安心したようである。 咲夜の言葉に少しもじもじとしているメイド妖精のほうを見てから なんか本来の目的を忘れていそうな天子についていく事にした。 「では、ようこそ、紅魔館へ」 咲夜の完璧で瀟洒な礼に送られて左京たちは館の中に歩を進めた。 「あ、そういえば」 館にはいるころに美鈴が声を上げる 「やみなべさんたちも来ていましたっけ、ネタにされないといいんですが」 「まあ…何とかなるでしょ。さ、仕事に戻りなさい、美鈴」 「わっかりましたー」