営業帰りに立ち寄った香霖堂で「恐らく外から流れてきたであろう茶葉があるんだ」 と言われホイホイその茶葉を買ってしまった挙句、 「君にはいつも世話になってるからね、オマケで今回はこれをつけておこう」 と包装紙に包まれた物を貰ってしまいつつ、とりあえず本社へ戻る。 --------------------------------------------------------------------------------------- ふう、と用意された椅子に座り一息つく。 ふと気付くのは人気が明らかに少ないこと。昼も過ぎてみんな出払ってるのだろうか。 ・・・・オマケで貰ったこの包み、開けるなら今のうちだろうか。 そう思い、一旦机に置いたその包みに手を伸ばそうとした瞬間、 「あら、いつの間にか戻ってたのね。今日もご苦労様、たはなこ」 唐突に背後から女性の声。 間違いない。 「しゃ、社長!いるならいるって言ってくださいよォ!」 恐らくスキマで空間移動をしたであろう八雲 紫本人である。 そして彼女を社長と呼ぶからにはここはボーダー商事。 ・・・社長に対してこんなんで良いのか、と聞かれたことがあるが 堅苦しく喋らなくても良いわよ、といわれているので多分大丈夫だとは思う。 それなりの礼節は弁えてるが・・・ 「うふふ、ごめんなさいね。性分なもので」 「勘弁してくださいよ・・・されるたびに心臓が止まりそうになるんですよ」 この人には毎度困らされる。新入社員だからだろうか。 嫌な気はしてない・・・と言うかむしろおいしい立ち位置じゃないかと最近感じ始めているが。 「ああそうだ、お茶入れてきますよ。さっき香霖堂で新しくお茶っ葉買ってきたんですけど、それといつものとどっちにします?」 「そうねえ、折角だから買ってきたのにして頂戴な」 「分かりました、では早速」 そう言って袋の中から密封された茶葉を出し、給湯室へと向かう。 ---------------------------------------------------------------------------------------- 焦ったかのように給湯室へ向かう彼を見て、良い拾い物をしたな、と思う。 仕事熱心で彼の業績は上々、我が社のイメージも良くなっている。 そうでなくとも、彼の淹れるお茶が他の人妖より遥かに美味しく、 そして弄り甲斐がある。他の社員より、秘書より、式より。 若い人間であるためか、初々しさがある。かわいいものだ。 お茶が出来るまで待っている間に、机の上に見慣れない包みが置いてあるのを見つける。 恐らく彼のものだろう。大事に包まれている。 普通の人間ならこれは何なのか、と気にする程度で終わらせてしまうだろうけれど、そこで止まらないのが我々妖怪。 彼のいないうちにこっそり開けてしまおう。 ――――――これは・・・―――――― ---------------------------------------------------------------------------------------- お茶を淹れてみて分かる。 これまでのお茶とは格が違う。 良い買い物をした、と上機嫌になる。 だからこそ丁寧に、時間をかけてお茶を淹れる。 増してや社長に出すものだ。手を抜いてはいけない。 そうして淹れ終わったお茶をお盆に載せ、零さぬよう慎重に運ぶ。 そして給湯室を出て―――――― 「あらたはなこ。やっぱりお茶のことになると熱心になるわねえ。良き哉良き哉」 ――――――僕は天国を見た。 さっきまでそこにいた社長が、大陸風の導師のような服を着ていた社長が、 半袖の白いTシャツのような上着に紫色のぴっちりとした、太股にすら至らない程度の短さの下履き・・・でいいのか? 上着もゆとりがあまり無いのか、以前の服装でも割と目立っていた胸がさらに目立っている。目に毒だ。 よく見たら胸の辺りに黒く「やくもゆかり」と書かれている。 そして足先からふくらはぎの辺りまで白いソックスが伸びている。 健康的であるというか、出ているところは出ていて、締まっているところはきっちり締まっているというか、 ふとももがむっちりしているというか、 色々並べたが、要は先述の通り、僕は天国を見ていた。 「・・・どうしたの?ボーっとして。早くいらっしゃいな」 行けません、行けませんよ社長。 今そっちに行ったら僕は間違いなく逝ってしまうでしょう。いろんな意味で。 今気付いたが社長が妖しい笑みを浮かべている。わかっててやってるなこの人。人じゃないけど。 しかし。 嗚呼、見ているだけで幸せとはこのことか――――――――― 「ちょ、ちょっと!?何いきなり鼻血出して倒れてるのよ!?しかも何なのその量!?」 それはあなたが原因ですよ。と言うかわかっててやってたんじゃないんですか。 駆け寄ってくれるのはありがたいですが、今近づかれると余計危ないと思うんです・・・ 「・・・きなさい・・・おき・・・・・・って・・・・」 嗚呼、声が遠のいていく・・・ 「・・・・・っ・・・・・」 そんな僕に止めを刺したのは、その格好で横に座った社長の姿だった。 ---------------------------------------------------------------------------------------- 「・・・いったい何があったの?鼻血だけで貧血になるのはまだ分かるけど、それでもあそこまでにはならないわよ?」 「私にだって分からないわよ。いきなり何かのお話みたいに鼻血が吹き出るんだもの。見せてやりたかったわ」 ところ変わってここは永遠亭。 スキマでの救急搬送により一命を取り留めたが、まだ当人は意識を失っている状態である。 ・・・のだが。 「しかし、倒れたにもかかわらず何であんな幸せそうな顔をしてるのかしらね」 「さあ・・・それも私には分からないわ」 当の本人はいつも以上ににこやかな表情で眠っている。 後に当人に聞いた話ではひと月以上はこの日のことを夢に見ていたと言う。 ---------------------------------------------------------------------------------------- あとがき 何か病院オチ多いな!