「あ、永久。 どこに行ってたのよ、行きなりいなくなって」 会場は広い、とはいえぎゅうぎゅう詰めでなければ途方もなく広いわけでもない。 それほど探すこともなく、永久を見つけたアリスが声をかけてきた。 「ごめん、ちょっと他の人と話をしていて」 「ま、こうやってまた会えたのならいいけれど」 ふう、と息をつくアリス。 「まあ、ちょうどよかった。そろそろあっちのホールの方でダンス大会でね」 「主催側の1人として、参加してもらうよ?」 「え、僕、そういうのは…」 有無を言わさぬ迫力で迫るすきまとたけみかづち。 あとさじりしながら答える永久。 「覚悟を決めた方がいいよ、永久君」 「…はい」 はくどうにもそう言われ、結局参加することになる永久なのであった。 「それで、どういった形でやるんですか?」 「特に決まった型はない!」 胸を張って答えるたけみかづちにずっこけそうになる永久。 他の魔界勢は慣れているのか平然としたままであった 「とりあえず、音楽流すから適当に踊ろう、と」 「は、はあ…」 「ま、型といわれてそれに対応できる人がどれだけいるか」 「そうしないと、踊れない人が多そうですからね」 「あ、なるほど」 すきまの説明を聞いて納得したらしい永久。 貴族社会でもないところできちんとした社交ダンスを踊れるのはいったいどれくらいいるのだろうか。 「パートナーは好きに選べばいいわ。ずっと同じでなくても構わない」 夢子と神綺が補足説明をする、ようするにいろんな人と踊ってみて、ということか 「…まあ、パートナーが決まってる人も多そうなのだけど、ね」 始まる前の雑然とした雰囲気の中で 幾らかの組が、始まるのを待っている雰囲気があった。 ホールの中に人が集まり、音楽が鳴り始めると、少しずつ、皆が踊り始める。 ただし、今回踊るものが決まっていないため、端から見ていると雑然とした印象がある。 だが、それも幻想郷流。思い思い、それぞれ楽しんでいるようだ。 会場の中でもまず目に留まるのが華麗に踊っている2人。 紅魔館の主、レミリアとその従者の1人、なたまにあであった。 レミリア自身、高い身体能力と貴族としての矜持からこういったものは得意であったのだが、 よく見るとなたまにあはそのレミリアすらリードしている。 レミリアの方もまんざらではないらしく、主導権を握りつつも目配せなどを送るなたのフォローを受け、流れるような踊りになっていた。 事実、2人の踊るそばには人がいない。それほどうまく踊れていた。 咲夜は2人のそばに控えていた。ときおりパートナーとして声をかけられていたが、すべて断っているようである。 では、紅魔館でもう1人目立つ従者、岡はどうしていたのだろうか。 実はさっきまで咲夜の横にいたのだが、ふと目を向けた先にいたのは地霊殿の主、さとり。 その性質上からか、誰も誘おうとせず、誘われることもない彼女を見て 「一人でいるの、かわいそうだなあ」 と、その手を引っ張って踊りにいってしまっていた。 2人ともそれなりには踊れるようで、特に浮くこともなく踊っている。 さとりの方もまっすぐにこられると避けることもできないらしい。 そんな2人組が誕生している中、同じく異彩を放っているのが幽々子・さぼまん組。 2人とも非常に美しい舞、なのだが…内容は日本舞踊。 曲とはあっていないことがはなはだしい。 それにもかかわらず、場違いな印象を与えず、 それどころか場を支配するだけの力を持つのは、本人たちの技量、なのだろう。 「わ、っとと」 「わわわ」 その従者、冬月と妖夢はあまり慣れていないようである。 1つ1つの動作が速いのはさすがなのだが、つながりが悪くどこかギクシャクとした動きになっている。 転ばないのはさすが、であろう。 「よっと、大丈夫、鈴仙?」 「は、はい…」 同じようにどこかギクシャクしているのがナイトメアと鈴仙。 もっともこちらは慣れ以前に2人ともあまりにも緊張している、ということが見受けられる。 周りでは暖かい視線と嫉妬の視線とニヤニヤした視線が交錯している。 ある意味、すさまじく居心地が悪い。 そんなどこか不幸な2人であった。 「うわわわわ!」 「やみなべさん、こうだってば〜」 翻って視点を移すとなかなか堂に入ったステップを踏むカナとそれについていけないやみなべがいた。 とはいってもまともに実体を持ってからも日が浅いやみなべにそれはなかなかに難しいことである。 よたよたと動くやみなべを振り回すカナ、といういつもと同じような、逆なような光景が広がっていた。 さて、視点を変えて魔界の人たちを見てみよう。 一応主催ということで全員一気に出てホールを埋めるわけにもいかず、1組ずつ出て行くことになった。 それを他の組がそれをを見る、という状況になっていた。 「きゃあっ!」 「うわっ!」 「神綺様もたけみかづち様もうまいのですが…」 「何でたまに転ぶんだろう…しかも常に巻き込んで…」 たけみかづちと神綺の神コンビ。 こういったパーティを開くこともある2人のダンスはきちんとしたもので、かなりうまい方だろう。 しかし、なぜか簡単なところで神綺が転ぶ。 そして必ずたけみかづちが巻き込まれていた。 「ほら、ちゃんと踊れって!」 「ご、ごめーんたけち〜」 起き上がって神綺を引っ張りあげるたけみかづち。 何で神綺が転倒するのかは神のみぞ…彼らも神であった。 誰にもわからないことなのだろう。 「お、ユキ なかなかうまいじゃないか」 「はくどう兄ちゃんこそ、こんなこともできるんだね」 「…」 魔界兄妹トリオ。 今はくどうと一緒に踊っているのはユキのようだ。 こういった争奪、とっさのこととなると積極的なユキに軍配があがる。 マイはというと特に何も言ってはいないものの、見るものが見ればどことなく寂しそうなのがわかるだろう。 「マイちゃん、またあとではくどうちゃんが相手してくれるから」 「…うん」 マイの頭を撫でながら神綺が慰める。 特につまることもなく、普通に踊っている2人。はくどうはもう1度踊ることになりそうだ。 「…なんか緊張するなあ…」 「堂々としてればいいのよ、ちゃんと踊れてるじゃない」 「…あれ、永久って踊れたのか その辺不器用そうに見えたが」 「意外だな、折角アリスに引っ張られるのを見ようと思ったのに、残念だ」 「ひどいなあ、2人とも」 永久とアリスの幻想郷組。 アリスは過去、神綺に連れられてこういった場に出ることも多かったため、こういったことにも慣れている。 意外なのは永久。若干アリスにリードされているが、十分についていっている。 実は劇作家という立場上、人数の集められない幻想郷では現場の演出まで担当することが多い。 そのために、戯曲などが題材のとき、ある程度自分でも動けるようになっているのである。 …たまーにアリスと踊っているとか言う噂も… 別に永久が踊ったからといって天変地異は起こらないが。 そんな2人を見てちょっとつまらなそうにするすきまとたけみかづちにはくどうは苦笑しながら突っ込みを入れるのであった。 「自分のペースで、ゆっくりと、ね」 「ううん、まかせる…」 「マイが安心して相手にリードさせるの、結構珍しいなあ」 「それにしてもはくどうさん、どこで習ったんでしょう?」 「謎、ね」 はくどう2回目、今度のパートナーはマイだ。 ユキに比べるとゆっくりとしたペース。 はくどうを振り回すかのように動いていたユキのときとは逆に、はくどうの方がゆっくりとマイをリードしている。 見たところ、はくどうはどちらでもまったく問題なく対処している。 ユキのときも実際のところははくどうがユキに合わせていた形になる。 魔導技師というあまり縁のなさそうな彼の過去になにがあったのだろうか。 「うわっ、ととと」 「す、すきま、そっちじゃ…キャッ!」 「夢子姉ちゃんもすきま兄ちゃんも駄目って意外だな〜」 「2人とも、運動神経抜群なのに…」 「うーん、2人ともいつもは従者として控えてたからかしら…おわったら教えてあげなきゃ!」 魔界従者コンビ。夢子とすきまの2人。 運動神経も抜群の2人の結果は大穴、まるで踊れない、であった。 今までは従者として控えていた2人。実はまともに踊ったのは初めてだったりする。 それを差し引いてもいつもの身のこなしがでないのは緊張からか、それとも絶望的に向いてないのか… 「はあ、はあ…し、失態をお見せしました…」 「…人で遊んでる場合じゃなかったなこりゃ…もっと出来ると思ってたんだけど」 「2人とも、お疲れ様です」 「ほら、少しあっちで休んできた方がいいよ」 従者2人が踊り終わった頃には大体ダンスの時間も終盤、というところになっていた。 慣れない踊りに疲弊した2人を見学していた人たちが迎える。 「ふ〜む…」 それをみて何かを思案していたかけみかづち。 何か悪戯をを思いついた顔になると神綺にそっと耳打ちをした。 それを聞いた神綺もアホ毛がぴょこんと立ち、悪戯っぽい笑顔が浮かぶ。 普段なら気がつく従者2人だが、あいにく今はきちんと注意をしていなかった。 「永久ちゃん、アリスちゃん…」 ちょいちょい、と2人を手招きする神綺とたけみかづち。 何事か、と近づく2人に同じく耳打ちをする。 はじめは少し困惑をしていた2人だったが、そのうち納得した表情が浮かぶ。 「じゃあ、宜しくね〜」 そういって会場へと戻って行く神綺とたけみかづち。 永久とアリスは逆に控えの方へと戻っていくのだった。 「ふう…なんであれだけで疲れるのかしら…」 「なれないことはするものじゃないな…」 大分落ち着いてきた夢子とすきま。 「しかし、夢子が踊れないとはなあ、リードしてもらえるかな、と思ってたんだが」 「すきまも、ここに来る前に何をしてたか大体なんでもこなすのに、駄目なのは珍しいわね」 そんな軽口を言う余裕もできてくる。 そこに忍び寄る影1つ… 「夢子ちゃん、すきまちゃん もう大丈夫かしら?」 「すみません、神綺様」 「醜態をさらしてしまいまして…」 「なので2人には罰ゲームよ〜、これから2人で決闘してもらうわ」 「「え!?」」 振って沸いた話に、さすがに慌ててしまう2人なのであった。 「決闘って…見せ試合か。本当に決闘させられるのかと思ったぞ…」 「幻想郷でもスペルカード制ですからね。それにあの人が傷つくような試合をさせると思いますか? 特に夢子さんに」 「…させないだろうな」 男性の衣装室で着付けをしている永久とされているすきま。 渡された武器は刃の落としてある競技用の護拳のついたサーベル。 さすがに血を見るような決闘をさせる気はなかったようだ。 「で、何でこんな格好…」 「きざに決めさせて、とのことなので 胸ポケットにこれ刺してくださいね」 今のすきまはきちっと黒のタキシードで決めた姿であった。 さらに、永久が渡したのは真っ赤な薔薇。 どこまでもキザに決めろ、ということらしい。 「なんなら、このシルクハットと仮面もつけますか?」 「勘弁してくれ…」 さらに渡そうとする永久に嫌がるすきま。 今でもはずかしいのに、さらに…はいやらしい。 「夢子さんはアリスが着付けてます。私よりもきちんとコーディネートしてるはずですよ」 「夢子…」 さらに着付けられていると聞いて少し夢子に同情するすきまであった。 「じゃあ、がんばってくださいね」 ホールの袖で永久がすきまに言う。 どうやら、もう直ぐ始まることになっているようだ。 外には観客がいろいろ詰め掛けている。 魔界でも名高い2人の戦いを見ようとした一般魔界人から 幻想郷の中でも武闘派の面々まで。 「なあ、ほんとにやらないと駄目?」 「もう皆さん集まってますしね。魔界の代表としてがんばってください」 往生際悪く言うすきまだが、永久ににべもなく否定されてしまう。 そんなことを言っているうちに、いつの間にか司会をしていたたけみかづちがすきまと夢子の名前を読んだ。 「じゃ、がんばってください」 「くっ、あとで覚えてろよ〜!」 そんなことを言いながら、すきまは袖から姿を現した。 聞こえる黄色い声援に野次。 否が応でも自分の立場を自覚させられる。 ふたたび、大きな歓声が上がる。 反対の袖から夢子が姿を現したのだ。 白を基調としたドレス。 それは簡素であるながらもどことなくウェデイングドレスを髣髴とさせるものであった。 「では、これよりすきま、夢子各員の結婚式を執り行う!」 「「ええっ!?」」 会場からわーわーと歓声が上がる。 口笛を吹いたりしている人までいた。 「そ、そんなことは聞いて…」 「嫌なのか?」 「嫌では…ってそういうことじゃないでしょう!」 余りにも慌てて見られている場だということも忘れて声を上げるすきまと夢子。 冷静さは微塵も残っていない。 「冗談だ。行き成り結婚式とか執り行うわけないだろう、本人に許可も取らずに」 にやり、としながら言うたけみかづち。 会場からも笑い声が漏れる。 「(は、はめられた…)」 自分たちが控え室にいる間に準備はすべて整っていたようだ。 夢子もすきまも真っ赤に赤面したのを見て満足したのか、たけみかづちは続ける。 「では、魔界でも有数の戦士である2人による剣闘試合を始めます」 「折角のパーティだし血なまぐさいのはなし。有効打を与えた方の勝ちよ〜」 審判ははくどうがするようだ。旗を持って会場にたっている。 観客席から兄ちゃんがんばって〜と声が聞こえた気がする。 「では2人とも構えて〜…はじめっ!」 その1言で直ぐに雰囲気が変わるのはさすがといったところだろう。 まだ少し頬が赤いのはご愛嬌、といったところか。 2人とも直ぐには攻撃せず、様子を伺っていたが… どちらともなく、すばやく攻撃に移った。 1度交錯したと思うと直ぐにフェイントを絡めた攻撃が飛んでくる。 それを見切り、いなし。 互いに手の内を知っている仲。直ぐには有効打は出ない。 「若干、技術では夢子さん有利でしょうか」 「だが、力ではすきまが勝るな。攻撃速度では分があるだろう」 美鈴と熊猫のように冷静に見ているもの 「こういった、いつもと違う武器の戦いも参考になりますね」 「俺たちも、負けていられないな」 妖夢と冬月のように決意を固めるもの。 「今フェイントかけて…右から攻撃して…あーん、やみなべさん、わかる?」 「ぼめん、僕にもすごいことくらいしかわからないや」 ヤムチャな人たち。 それぞれが感想を漏らす中も戦いは続いている。 手数で押していくすきまにそれを綺麗に逸らし、かわして必殺の一撃を狙ってくる夢子。 2人の勝負はまるで踊るかのように続けられた。 「なーんで、あれだけできるのに踊りは駄目だったかなあ」 「ふしぎね〜」 神綺とたけみかづちが呟いたように、1つの舞の様に続けられた戦い。 しかし、今は共に普通の服装ではない。 僅かに服が引きつり、夢子に僅かに隙が出来た。 すきまがそれを見逃さず、サーベルで降りかかる。 とっさに夢子はそれを受けたが、それで思い通り。 力に勝るすきまがそのまま武器を押し切ると武器横にを弾かれて夢子に大きな隙が出来る。 そこにすきまの残撃が迫る! が、なんと夢子がそれを護拳を使って受け流した。 攻撃を逸らされて立場は逆転した。その勢いのまま突きが… 「ぐ、ふっ」 「あっ…」 見事に鳩尾に決まり…すきまは倒れた。 「そこまで、勝者、夢子!」 会場に勝者を、そして良く戦った敗者も祝福するように拍手がなる。 しかし、とうの夢子は気絶してしまったすきまを慌てて舞台の袖の方に連れて行ったのであった…