とまぁ小町達が今まさに大暴れせざるを得ない状況となったころのヤング達はというと……… 「平和だなぁ……」 「平和ですねぇ……」 今二人は人里の中央から少し離れた屋根付きの休憩所にいた。 屋根付きとはいっても、屋根があるところには妖夢と諒を寝かしているので 二人は屋根の外に設置されているベンチに腰掛けゆったりと空を見上げている。 人の往来もほとんどなく、済み切るように広がる青空が殺伐とした空気…… 主にどこからともなく風に乗って聞こえる弾幕と悲鳴を忘れさせてくれる。 「はい、ココア入ったよ。熱いから気を付けてな」 「ありがとうぜっとんさん、気が気くねー」 「いやいや、ほとんどついでに作ったようなものだから気にするな」 確かに休憩所近くには携帯の鍋に火をかけてぐつぐつとココアを煮込んでいるミノミンの姿があり その中身をミノミンの助手であるアルトとマナミがカップに注いで他の休憩者達にも配っている。 その姿をみたとどとヤングは下手な遠慮せず、カカオの香りが立ち上るココアを火傷しないよう一口すする。 「それで、二人ともあんなになるなんて今日は何やらかしたんだ?」 アルトから自分のカップを受け取ったぜっとんは世間話でもするかのように二人のとなりへと座った。 その視線の先には額に濡れタオルが置かれて寝かされている諒と妖夢がある。 「あーそれ私も興味あるわー」 「わちきもわちきも聞きたい―」 うんうんと未だうなされている二人の半霊が如何にしてああなったか… それにはぜっとんだけが興味あるわけでないらしい。 休憩所で二人を看病していたレティと小傘も身を乗り出していた。 なお、小傘が持っているのはアツアツのココアだったが、 レティが持っているのはアツアツではなくさめきったココアであるのは余談だが…… それを見てとどはどうしようかと思った。 その理由としてぜっとんとミノミンがいるからレティもいるのはわかる。 では小傘がいるなら……ということで、とどはちらりと屋根付きの休憩所に座っているやみなべをみる。 本人自身はそれほど興味ないのか、それとも体調が悪いのかこちらに近寄っては来ないが、 やみなべといえばこういった類の話を聞けばブン屋以上に話を誇張して皆へと触れまわるという 性質の悪い悪癖がある。おまけにそれは本人の意思とは関係なくやらかすので、本当に性質が悪い。 なので話すのはどうかと思ったが、迷うのは一瞬であった。 「いや、お恥ずかしい話なんですけどねー」 あれだけ大勢の前でやらかした失態だ。 どうせ遅かれ早かれバレるならっと判断し、とどは漸とはくどうの店前での諒と妖夢の様子を語った。 「ぶふっ、なんじゃそりゃー!!」 「ま、まさかあの二人がそんなに漸さんとはくどうさんの料理をトラウマにしてるなんて……」 「ふ、腹筋がねじ切れそう」 話を聞き終わった後、周囲は当然大笑い。 興味深く聞いていたぜっとんにレティ小傘だけでなくたまたま耳に入ったであろうミノミンやアルトにマナミ さらにやみなべでさえも笑い始めている。 ただ、やみなべは笑っているだけでも辛そうであり、すぐに力なくうなだれた。 「それでぜっとんさんやレティにミノミンもそうだけどやみなべもどうしたんだ?  アレはスキマ妖怪並に寝てる時間が多いとはいえ、外で寝るような事はしないんだろ」 「俺達はレティが広場の熱気にやられちゃってね。  人ごみを避けて休憩するためここまで来たわけでやみなべの方は……」 「なんか最近ちょっとダルそうだな―とは思ってたけど、今日になって突然ああなってわちきもさっぱり」 つまり、小傘にもよくわからないようだ。 ちなみに今カナがここにいないのはプリズムリバー姉妹に付き合って白玉楼の方を手伝いに行っており カナが帰ってきたら今度は小傘が命蓮寺の手伝いに行くという交代制でやみなべの様子をみていると付けくわえた。 さらに余談であれば、やみなべが万全の状態であれば二人の休憩時間をぴったし合わせてのダブルデートを する予定だったらしいが…… 「それって思いっきり両手に花といいますか……」 「三角関係の修羅場だな、こりゃ」 まだまだ具合悪そうにしているやみなべをみて、体調が悪いのは二人の板挟みにされているのが原因ではっと とどとヤングは思い始めた。 しかし、やみなべがカナと小傘との間にはさまれて苦悩しているのは広く知られているとはいえ、 カナと小傘自体仲が決定的に悪くない。 悪ければこの程度で済んでいない修羅場へと発展する事は明らかだ。 なのでいがみ合いつつもそれなりに仲好くやっている…が結局板挟みは板挟み。 どうしてそうなったかはわからないが、二人はやみなべに軽い同情を覚えた もちろんやみなべに向けられるのは同情だけでなく……… 「何よ何よ何よ!両手に花なんてうらやましい状況を不幸だなんて…ぱるぱるぱるぱる」 茂みの木陰に潜んでいるパルスィから痛いほどの嫉妬も向けられていた。 「それに今日は一体何なのよ!  どいつもこいつもチョコチョコチョコっとバレンタインを何だと思ってるのよ!!」 いや、バレンタインだからこそチョコがでてくるのだろう。 それに、ただでさえ幻想郷のバレンタインは狂っているのに、 チョコすら否定したらもはやバレンタインではなくなってしまう。 「ところで、あの橋姫ですけどどうしましょう?」 ちなみにパルスィは上手く隠れていると思ってても、 あふれ出る嫉妬心のオーラのせいで位置はバレバレなようだ。 しかし、本人が隠れていると思っているので下手に声をかけるのもアレなわけであり とどが扱いに困った表情を浮かべつつ問いかけてみる。 「パルスィかぁ…まぁあれは毎年の事だし、今のところ実害はなさそうだから別に放っておいてもいいんじゃね」 「そうそう、あれが日課な上にそろそろ迎えが来る頃合いだし放置するのが一番ってもの」 「そうですか。なんとなく嫌な予感がするんですけど、お二人がそういうなら特に何もしませんよ」 とども嫉妬のオーラが気にはなるものの、 ヤングやぜっとんの言葉の意味がわかったらしく、これ以上の追及はやめる事にした。 その迎えと思われる波風がチルノと共にこちらへやってくるのが見えたからだ 「やっほーれてぃー、調子はどうだ〜」 「チルノに波風もいらっしゃい。気分はだいぶ楽になったわ」 「そうかー大ちゃんからいきなり倒れたって聞かされてびっくりしたからな。  それよりこれ差し入れ」 「あら〜美味しそうなチョコのアイスね。美味しくいただくわ。  もちろんぜっとんやミノミンと一緒にね」 「「はい?!」」 今は冬真っ盛りなのにアイス…… レティからさらりととんでもない言葉が飛び出し、それによって驚く二人。 とはいえ、二人ともレティに好意を持っている者同士。 そんな二人がレティからの申し込みというか 「どうしたの?二人共チルノのアイスじゃない。  波風はすでにチルノからもらったチョコのガリガリ君を食べてるようだし皆で一緒にいただきましょうよ」 なんて事言われると断れるわけがない。 さらにいえばミノミンはぜっとんに対して強いライバル心を持っている。 「もちろん頂きますよ!!」 ぜっとんを押しのけるようにしてアイスへと飛びつくミノミン。 「ミノミンも波風やぜっとんと負けずと劣らずアイス好きだなー」 「ははは、当然ですよ。波風はともかくぜっとんには負けたくアリマセンカラ……」 「無茶するな、辛いなら辛いといえ」 「ソノセリフ、ソックリソノママカエシマスヨ……」 寒そうにしつつも比較的平気な顔でアイスを食べる波風やぜっとんに対し がくがく震えながらも根性で耐えながらアイスをむしゃぶるミノミン。 顔色も青白いしどちらが無理してるかなんて一目瞭然だ。 「…まぁあの二人の事はおいといて、波風さん何かご用っというか用があるから来たんだよな」 「あぁ、死神見習いなヤングさんととどさんが一緒にいるなんて非常に珍しい気もするが、  とりあえずパルスィを捜しに来た」 「パルスィさんですか。彼女なら一応あそこの木陰にいますけど…ね」 とどはそう言いつつパルスィが隠れていた場所を指差す。 そこには先ほどまでの嫉妬オーラがいつの間にか消えており、パルスィの気配が消えている。 波風とパルスィは仲が良いという話なので、大方気まずくなって奥に隠れたのだろう。 そして現実はというとやはりその通りである。 「な、なんで波風がここに……」 パルスィは心臓をバクバクとさせながら木陰のさらに奥の茂みの中へと引っ込んでいた。 あまりの出来事で今のパルスィは嫉妬よりもどこか喜びに似た感情が生まれてきた。 というか、本来ならこうやって自分を迎えに来たのだから喜びの感情が生まれていいのだが… パルスィは橋姫だ。嫉妬に狂った妖怪なので、嫉妬以外の感情は持ちえるわけない。 ないのだが、身体は正直なのか… 何かに期待しつつ、そっと顔をのぞかせる。 そこでみたものは ヤングやとどと世間話をしている波風と…… その波風にぴたりとくっついているチルノであった。 ぷちっ それを見た瞬間、パルスィの中で一度は沈静化した嫉妬の炎が再び燃え上がった。 「そうか〜全くいつものこととはいえ、相変わらずシャイなんだな」 「そういうもんじゃないぞチルノ。  パルスィはシャイだからこそこうやって迎えに来ないと皆の輪に加われないんだから」 「めんどいやつだなーあんな奴無視した方がいいのに」 ぶちぶち…… 波風の背に取り付きながらパルスィについて文句垂れるチルノ。 その言葉の一つ一つはまるでパルスィを挑発… いや、波風はチルノの物だと言わんばかりの態度だ。 当然そんな態度はパルスィの嫉妬の炎に油を注ぐ行為であり、嫉妬心が一気に活性化した。 「ちょ、ヤングさん…」 「とども気付いたか」 ヤングととどはパルスィの変化に気付いたようだ。 しかも、お互い手には得物を持ち直して目つきも鋭くなる。 ただ、そんな空気になっても能天気な妖精であるチルノと一応一般人である波風は気付かない。 それどころか、チルノはとんでもない事を言い放った。 「そうだ、波風。キスしようキス」 …… ……… ………… H符「エターナルフォースブリザード」が炸裂。 面と向かって言われた波風どころか傍から見ていた連中全ての時間を凍らせた。 「な、なななななななにを言い出すんだ!!一体」 まさかチルノからそんな言葉が出るとは思わなかった。 凍結から解けたものの、完全に不意打ちを受けた波風は顔を真っ赤にしつつ慌てる。 一体何を考えてるのか…… いや、そもそもチルノの事だからきっと大した事考えてないだろう。 きっとそうに違いないっと波風は確信していたが、その結果は…… 「あたいが波風とキスすればパルスィもかくれんぼをやめてでてくるって霜月教授は言ってた。  だからキスをするんだ」 …… ……… ………… “きょーーーじゅーーー!!!あんたはチルノになんて事を吹き込んでいるんだーーーーー!!!!!!” 波風は思わず心の中で突っ込みを入れた。 確かにチルノがキスすればパルスィはたまらず出てくるかもしれないが…… その後の事は全く何も考えてない。 むしろ、事態がさらに悪化する事間違いなしだ。 もはや教授は面白半分でチルノにこれを仕込んだに違いない。 この時ばかりは霜月教授に本気の殺意が湧いた。 しかし、この時もっとも殺意が湧き出たのは波風ではなかったようだ。 ぷっつん 「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 天にも昇るかのような勢いで嫉妬の炎を燃やし尽くすパルスィが放つ咆哮。 その威力はまさに鬼の咆哮とも言うべき威力で辺りをなぎ倒さんばかりだ。 波風やチルノは衝撃に耐え切れず吹っ飛んで地面をゴロゴロ転がる。 「ヤングさん、これは例の……」 「わかってる、とど。非常にまずいぞこれは」 波風の近くにいたものの、ヤングととどの二人は戦闘能力持ちの人外だ。 一般人な波風や軽いチルノとは違って衝撃を受けても足を踏ん張って耐えた。 さらに武器を構えて臨戦態勢をとる。 「一体何が…」 事前に衝撃的な言葉を聞いた波風は続けざまに起きた咆哮にわけがわからないっと言った顔だ。 ただ、倒れた時にうっかりチルノを下敷きにしてしまったついでに…… なんだか倒れた瞬間くちびるのところにひんやりとした柔らかい何かが押しつけられた気もしたが 今はそれが何かなんて考えない。 例え唇に触れた正体がチルノの唇であっても今は関係ない。 それどころではないから関係ないっと無理やり思いこみ、 とにかく事態を把握しようと衝撃が来たところを振り返ると… 「パ、パルスィ…?!」 嫉妬の炎をまとったパルスィがいた。 だが、今のパルスィはいつもと違う。 嫉妬の炎以外にもいつもとは違って…… 額に『嫉妬』と書かれたおかしなマスクを付けていた。 「パルスィ、落ち着け。まずは落ち着いてゆっくり話をしよう…」 とにかくまずはパルスィを落ち着かせようと声をかけるがパルスィは全く聞く耳もってない 「嫉嫉嫉嫉嫉嫉!!!オンナノシットハ『超テンコー』ヨリコワイ!!!」 実は正気ないようにみえて実際はあるのでは…と疑いたいような事をぬかしつつ波風へ襲いかかるパルスィ。 しかし襲いかかるといっても夜這いを仕掛けるとはそういう類ではなく、 肉食動物が獲物を仕留めるため、完全に対象の息の根を止める類の襲いかかりだ。 それを一般人なカテゴリーに入る波風目掛けてだなんて常軌を脱している。 あまりの事に波風は状況が理解できなかった。 とはいえ、波風はこうみえても哲学者だ。 こういうわからない謎を解き明かすのは得意な方なので急いで頭の中を哲学モードに切り替える。 でも、切り替えてもパルスィの動きは止まらないし、当然パルスィも待ってくれない。 ぶっちゃけ、何の解決にもなっておらず 「シネッ!!」 距離を詰めてきたパルスィの炎をまとった拳は思考中に入っている波風目掛けて容赦なく振り落とされた。 そして………… スガーーーン!! 一つの閃光とともに、辺りに凄まじい爆音が響いた。 続く