幽香が雑貨屋『ブラックガーディアン』を訪れる少し前…… さぼまんの『ヤミナベキノコジル』を食べながらバレンタインの談話を聞いていた白リリーは焦り始めていた。 一応チョコはりるるが例年にないものを用意するとはいっても、 他のライバル達のチョコについての話を聞くにつれて本当に大丈夫なのか心配になったのだ。 とくにりるるが帰宅して来ないから心配はさらに加速。 居ても立っても居られず、自分でも何か力になれないかっと思って店を黒リリーに任せて飛び出したのだ。 無責任とは思うが、元々白リリーは店員として正式に契約しているわけでもないから黒リリーも特に気にせず 二つ返事で送り出したのだ。 「さて、外へ飛び出したはいいのですが〜どこへ向かいましょうか」 ふよふよと上空をあてもなく飛ぶ白リリー。 ほとんど勢いで飛び出したので特に目的地を決めていなかったようだ。 ひとまずりるるのところへ行こうと思ったが、 彼がどこにいるかわからないので一直線に向かう事はできない。 さしあたって誰かに尋ねようとして辺りを見渡しても見かけるのはカラスや毛玉程度。 話が聞けそうなのは見当たらない。 「仕方ないですね〜ここは一つコユ樹の知恵を借りることといたしましょ〜う」 コユ樹というのは霜月教授のことだ。 一応教授の肩書きを持つ者は他にもいるのだが、白リリーが言う教授は彼だけである。 特に霜月教授と白リリーはどういうわけか仲がよく、 何か困った事があれば彼に相談するというのが定石となるほどに信頼がある。 「コユ樹ならきっと力になってくれるはずですよね〜」 確かに、霜月教授は白リリーに何度も助けている実績はあるから頼る気持ちはわかる。 だが、教授はナイトと鈴仙をくっつけようと企む一派を束ねる首謀者であることからわかるとおり 色恋沙汰へとつながりそうな話には決まって何らかの裏を用意する事でも有名。 現に白リリーは教授の知恵を借りた結果、りるるが鼻血を吹きだして卒倒する事態を何度も引き起こしていた。 なのでこの場合教授の知恵を借りるということはまず間違いなく事態の悪化を招く危険性があるのだが、 今回はそうならなかったようだ。 「ごめんね〜霜月教授はさっきフラン様との弾幕ゴッコで消し炭にされちゃったところで不在なのよ」 「あらら〜そうなんですか〜」 紅魔館の門番である美鈴はフランと教授の弾幕ごっこの余波で壊されたであろう瓦礫を処理しつつ、 すまなさそうに教授の不在を伝えた。 いや、厳密にいうと教授は紅魔館内にはいるのだが、身体そのものを消し飛ばされたのでは不在も同然だろう。 「それで、コユ樹はいつぐらいに復活できそうですか〜」 「う〜ん、今回は派手にドッカーンされたし、三日はかかるんじゃないのかなー」 「三日ですかーそれは困りましたね〜」 教授をアテにして遥々紅魔館へ出向いたというのに思いっきり空振りとなった。 とはいっても、教授に会うのは並大抵ではない。 なにせ、教授は不死身に近い身体を持っているので死ぬ事がないのをいいことに しょっちゅうフランと弾幕ゴッコを行っては消し飛ばされているのだ。 しかも、教授は不死身とはいえ何度でも一瞬でリザレクションできるわけではない。 一度や二度の蘇生は一瞬で復活するが、フランの力が強すぎるせいか あまりにも強烈な一撃を何度も食らうと蘇生が遅れてしまうようだ。 それがどのくらいか…と言われると厳密にはわからないが まぁとりあえず現世にいるよりフランに消し飛ばされて 一回休みにされている時間の方が長いのは確実であろう。 「とりあえず、教授に何か用?よかったら伝言を受け取ってあげるけど」 「えぇ〜実は、バレンタインについてですが〜……」 っと、白リリーはブラックガーディアンの現状やりるるが新しいチョコを用意する事等 一通りの事情を話し始めた。 それを作業の手を止め、黙って聞いている美鈴。 「なるほど。それで教授の知恵を借りたかったと」 「えぇ〜ですが不在なのでどうしようかな〜っと」 「だったらパチュリー様をアテにしてはどうかな?  あそこにはバレンタインやチョコに関する資料もあるだろうし、収穫あると思うわよ」 「そうですね〜ではお邪魔させてもらいます〜ありがとうございました〜」 「いえいえ、どういたしまして」 うきうき顔で紅魔館の図書館へと向かう白リリーを笑顔で見送る美鈴。 その背が見えなくなる頃合いにさて仕事の続きをしようと瓦礫後に振り返ったその目の前には…… 「美鈴、瓦礫の処理をほったらかしにして何妖精と世間話なんかしてたのよ」 「げぇ、咲夜さん?!いや、あれはお客様でしたから門番として対処をしてただけですよ」 「なるほど。それならそれでいいけど…一つ伝えておくわ。パチュリー様は今外出中よ。  貴方が門番している時間帯に門を潜っていったはずなのだけど、知らなかったの?」 「ギクッ、そ、それは………」 いつの間にか瓦礫前に立っていた咲夜さんからの問いに焦る美鈴。 冬だというのに身体中から冷や汗が流れ、なんとかこの場を切り抜けなければっと 必死で考えをめぐらすが、この場合無駄な努力であろう。 先ほどの白リリーとの会話の中で自分が寝ていた事を暴露していたようなもので どう足掻いても訪れる結果に変わりはしない。 それでも美鈴は最後の望みをかけて叫ぶ 「きっとパチュリー様は目にもみえない速度で移動したのです!」 自分で言っといてあれだが、ブン屋ではあるまいしそんな事できるわけない。 むしろ、パチュリーがそんな速さで移動する利点がない。 下手すれば呼吸困難に陥って目的地へたどり着く前に倒れてしまう。 そんな美鈴の言葉を聞いた咲夜はにっこりほほ笑むと同時に………… 美鈴の目の前を埋め尽くすかのようなナイフの壁が出現した。 「え〜オアチュリーさんもいないのですか〜」 「えぇ、パチュリー様はバレンタインの件でこぁーと共に人里へ行っておられます」 外で美鈴の断末魔な叫びが響く中、 大図書館に到着した白リリーは本を整理中であった小悪魔(髪の長い)から不在を伝えられた。 「う〜ん、これは本格的に困りましたですよ〜」 「パチュリー様に何か御用でしたら代わりに私が承りますよ。  内容次第では即刻館外へ叩きだしますが」 礼儀正しいのか正しくないのか、判断の困る対応だが、言うだけ言って駄目ならまた後で考えようっと 深く考えず美鈴に話した内容とほぼ同じ事を説明し始めた。 「なるほど、だからバレンタインチョコの資料がほしいというわけですね」 「そうなのです〜何かいいのありませんか〜」 「それでしたら確か外の世界での『バレンタインチョコ厳選特集』なんて本がありましたよ。  よければ貸出しいたしましょう」 「あるのでしたそれでお願いします〜」 「では持ってきますので少しお待ちください」 そう言って図書館の奥へと引っ込む小悪魔。 しかし……… 「やけに遅いですね〜〜」 本が見当たらないのか、それとも迷子になったのか 待てども待てども小悪魔は帰ってこなかった。 いくら緊急ではないとはいえ、 こうも長い間帰って来ないとさすがに白リリーもじっとしているのは苦痛となる。 というか、妖精は基本的に好奇心旺盛だ。 白リリーも春告精で冬場は活動力がにぶるとはいえ、 妖精のカテゴリーに入れられるのは間違いない事実。 「よし、探しにいくついでに見学しましょうか〜」 好奇心の赴くまま、気ままに図書館をうろつく事を決めた白リリー。 そうして、しばらく本当に自由気ままに図書館をうろついた白リリーは 「……ここはどこでしょうか〜〜?」 思いっきり迷子になっていた。 しかも、周囲は真っ暗で辺りもカビだらけの埃だらけ。 辛うじて人が訪れた形跡はあるものの、完全廃墟と言っても差支えないような場所にいた。 一体どこをどううろつけばこんなところに来れるのか、不思議である。 「でも、これぐらい奥だときっと超絶レアなバレンタイン本がみつかるに決まりますね〜」 そんなわけない! 少なくともこんな怪しげな雰囲気を漂わせている場所にバレンタイン本が置いてる等通常ありえない。 もし置いてればまず間違いなしにやばいブツだろう。 だが、逆にこういう場所にこそ常識に囚われずバレンタイン本が置かれてのがお約束というもの。 白リリーもそれがわかってるのか、自信満々にさらなる奥へと進む。 そうしてみつけたものは………… 「おや、白リリーじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だなー?」 「はにさんこそ〜こんなところで何やってるんですか〜?」 「みてわからん?本読んでるだけー」 どうやら最奥にいたのは目当てのバレンタイン本ではなく図書館へ勝手に住み着いている妖精のハニーであったようだ。 彼はどこからともなく持ちだしてきたランプの明かりを頼りにそこらの本…… なんらだかやばげな紋様が刻まれた魔法陣の上に置かれた本や 鎖でがんじがらめになっていた本を読み散らかしていた。 「まぁそれよりーここにバレンタインに関する本ありませんかー?」 「バレンタイン?何のためにー」 「はいー実はーかくかくしかじか」 「まるまるうまうま…っと、そういうわけか。こんなところまで御苦労なこったー」 めんどくさくなったから手抜きになったとはいえ、とりあえず意図は伝わったらしい。 「なのでーこういうところにこそびっくりな本があるかなーっと思いまして…」 いや、何度も言うがこんなところにバレンタイン本なんてあるわけないし あったとしてもそれは到底世に出してはいけない類の本だ。 その証拠としてさりげなく隅で転がっている本が『ネームレスカr(げふげふ)』であったりと とにかく危険物がゴロゴロと転がっている。 通常であればここはないと言い切る場面であり、それにならってハニーはきっぱり言い放つ。 「確かこの本の一角にバレンタインのチョコがどうこう…な記事が載ってたが、どうかなー」 お約束ともいうべき幻想郷の掟通り、そこらに転がっていた本の中の一つを拾い上げるハニー。 もちろんその本も例のごとく怪しげな鎖でぎっちぎちに撒かれた上、 ご丁寧にお札まで貼られているから危ない本であることは確実だ。 しかし、ハニーは妖精。そんな危険性なんて知ったこっちゃなければ、通常の神経すら持ち合わせていない。 それどころか、後の事なんて考えてすらいない。っということはないようだ。 一応読んだ後に鎖を巻いてお札を張り付ける等、元通りにしたところをみると それなりに危険性は認識しているのかもしれないが、 危険性を認識していればそもそも手を付けることすらしないだろう。 「ではそれをもらいますー、ついでによければ出口まで送ってもらいませんかー」 「別にかまわん」 ハニーから秘蔵?の本を受け取り出口まで送ってもらう事になった白リリー。 ハニーも図書館を根城としているだけあってとくに迷うことなく出口へとたどり着いた。 「おや、白リリーさんにハニー、今までどこにいらしてたのですか?」 「ん〜ちょっと奥の方まで」 そうして出口付近にたどり着いた時、 『バレンタインチョコ厳選特集』を携えた小悪魔が出迎えてくれた。 様子からみて、白リリーが周囲を散策中に目当てのものをみつけて帰ってきていたようだ。 なので小悪魔は本を白リリーに渡そうとするが、 白リリーは手を振っていらないというジェスチャーをした。 「捜してもらったのにぼめんねー。もっといい本が見つかりましたからこれを借ります〜」 「あ〜そうですか」 小悪魔はせっかく苦労して探し出してきたというのに無駄と言われて徒労に襲われた。 とはいえ、こういうことは図書館内ではよくあることだし 白リリーも申し訳なさそうに謝っているので深く追求する事なく特に気にしないこととした。 ただ、小悪魔は白リリーが代わりに見つけたという本の方が気になった。 「…あの本、なんとなくやばげな雰囲気を漂わせてましたけど」 ハニーに連れられて外へと出ていく白リリーが持っていた本。 そこから漏れる怨念にも似た魔力を感じ取ったのか、凄く気になった。 もしかしたらかなりやばいものを持ち出してきたのではっと思ったが 「まぁ何かあってもその時はその時。しらばっくれれば問題なし」 小悪魔も小悪魔で並の神経はしていなかったらしく今見た物を記憶から削除していた。 一方、その頃 「白リリーただいま〜…ってあるぇ?」 「りるるお帰り。白リリーはお出かけ中よ」 ブラックガーディアンに帰ってきたりるるを玄関前の血の海をモップで掃除しつつ迎える姫子。 もちろんその血の海はシロとリュードが生成したもので辺りには血生臭い匂いが漂っている。 でも、りるるにとっては白リリーが不在ということが気になってたようだ。 なので、目の前の血の海といった戦闘の痕跡どころか、店の前でヤムチャとなっている幽香や ゴミ捨て場に無造作と捨てられている褌一丁な氷像を見かけても全く何も不思議に思わなかった。 「それでりるる。チョコの方だけど」 「ばっちり。夢美コユ樹や銀城ににとりんのおかげで完成の目途ついたよ。  後は当日に合わせて大量に用意すればいい段階だからこれで勝ったも同然だね(`・ω・´)」 「そ、そう……」 ふと外をみるとボロクズと化した幽香を見て驚愕しながら慌てて回収しているライスとエリーの姿があったりもしたが 姫子は特に気にせずむしろりるるの死亡フラグ的な発言に関して気になった。 ならばと当日どんなチョコを作るか聞きだそうと試みるも、りるるは当日のお楽しみの一点張り。 おかげで不安は解消どころかさらに倍となったものの、ここまで来たら考えても無駄というもの。 もうどうとでもなれっと開き直りつつ、バレンタイン当日を迎える事とした。 続く