死亡フラグの成立…… それを避けるべく、オルフはゆっくりとその背後へと振り向こうとする、 そんなオルフの行動より早く動く影があった。 「うぉぉぉーー幽香さーんーー!!」 その影はどうやらシロだったようだ。 シロはオルフの背後にいた者、幽香を捕捉するやいなや飛びかかったが…… ズベシッ! 手刀で容赦なく地面へとたたき落とされた。 「いきなり猛獣をけしかけるなんてひどい店じゃない。店員の教育がなってないわ」 「あれを店員として雇った記憶はないから問題ない」 そのままトドメといわんばかりの追撃での踏みつけを行いつつ抗議する幽香と その抗議をしれっとした態度で一蹴する姫子。 しかも、二人はそのまま無言のままにらみ合い、店には緊張が走る…… 「ま、まさかこんな時に幽香さんが来るなんて……」 背後にいたのは幽香だと確認取れたのだが、本当になんてタイミングで店へ訪れてしまったのか。 しかも、一瞬即発な空気にオルフは死亡フラグが現在進行中で成立した事を確信しはじめた。 それぐらいやばい状況に立たされたのだが、幽香を前にして逃げるわけにもいかず…… 「さぼまんさん。一杯ください」 「いいですよ」 もはや全てを諦めきった表情でコタツへと入り、半ばやけくそ気味にキノコ汁を食し始めた。 「オルフさんも気の毒に…」 そんな態度に同じ一般人である永久もさすがに同情はした。 でも、したところでこの状況は永久一人だけの力ではどうにもならない。 なので永久も永久で開き直って状況を見守ることとしたようだ。 「とりあえずお邪魔するから、あなた達も早く来なさい」 やがてにらみ合いの方も落ち着いたらしく、幽香は連れてきたお供と共に店へはいろうとするが 無理だったようだ。 「む、無理です〜私は荷物が軽かったから辛うじて動けますけど  リュードにライスさんやエリーさんは完全に死んでます。  しばらく休憩をくださいにゃ〜」 どでかい木箱へへばりつくようにして身体を支える橙の悲鳴に似た訴えからわかる通り その周辺では橙よりもさらに大きな木箱の重さで完全に潰されているリュードにライス、エリーが転がっていた。 しかもあのままほっといたら荷物の重みで圧死するのではとも思うぐらいの状態だが 橙に残された力では到底荷物をどかすことなどできない。 「仕方ない。この先は俺がやろう。荷物を店に運び込めばいいんだな?」 「えぇ、中身はチョコの原料であるカカオよ。ちゃんと加工しやすいよう粉末状にしといてあげたわ」 そう幽香は言うが、幽香が言うと粉末というより消し炭にしているのでは…と一瞬思った。 でも今は関係ないことで誰も突っ込まずパンダは外で転がっている連中が命がけで運んできたと思われる 木箱をひょいっと軽く担ぎあげた。 「さ、さすがパンダさん。ボーダー商事の輸送部門の社員として働きませんか?  きっとらんしゃまが喜びます」 「いや、あいにく俺は働くなら紅魔館の門番のみと決めているんで」 橙と軽くしゃべっている間にもてきぱき手際よく荷物を店へと運ぶパンダ。 また、動いているのはパンダだけでなかったようだ。 黒リリーも力尽きた3人のために濡れタオルや体力回復剤、 ついでにてゐの方も幽香に外へと蹴り飛ばされたシロのために さっきシロが運び込んでいた怪しげな液体の詰まった瓶数本を持ち出してきた。 「黒リリー。店の品を使うなら後で使用分を請求するのを忘れないようしなさーい」 「それぐらいサービスしてくれないの?お得意様よ」 「お得意様だから割引はするけど、もらうものはしっかりもらう。  どこかのどんぶり勘定な半妖の店みたいなのやってれば商売できないのはわかってるでしょ」 「確かに、あんまりどんぶり勘定してると店が持たないわよね」 もっとも半妖の店が持たない一番の原因は 訪れるのがお客としての常識を全く持ってない輩ばかりである部分が強そうっと付けくわえたりもするが その辺りは他人事なので姫子も軽く受け流す。 「とりあえず立ち話もなんですし向こうが落ち着くまでの間、  幽香さんも『ヤミナベキノコジル』一杯どうでしょうか。  姫子さん曰く一杯10円だそうですけど代金は私持ちにしてあげますよ」 「うふふ、さぼまんもありがとう。  お言葉に甘えさせてもらうけど、今はキノコ汁より紅茶が飲みたい気分なの」 「そういうことなら、今すぐ用意しましょう」 幽香も外の処理はパンダや黒リリーに任せる事としたらしく、さぼまんは幽香用に手際良く紅茶を用意し始める。 しかし、相手はあの幽香だ。当然そのまま無事というわけなく…… 「あーでも今日はコーヒーが飲みたい気分ね」 「了解しました」 「やっぱり緑茶がいいわ」 「了解しました」 「………カレー汁」 「了解しました」 「たまご酒」 「了解しました」 次から次へと注文を変える幽香に対して文句一つ言わずに用意するさぼまん。 普通の神経の持ち主であればとっくの昔にぶち切れしてそのままただの肉塊にされるか、 泣きながら許しをこうかのどちらかになるはずだが さぼまんはどちらにも偏らずもくもくと注文に答え続けている。 「さすがさぼまんさん、あのゆうかりん相手に全くぶれない対応」 「あの食欲魔人と名高い亡霊姫の婚約者は伊達ではないというわけですね、わかります」 漸やまとめも料理人としての客商売をしているだけあって、 さぼまんの献身は一種の感動すら呼び起こしていたようだ。 「てか、感動するのはいいけどあれ誰かが止めない限り終わらないんじゃ」 「永久。そうは言っても誰が止められると」 「ハクレンさんじゃ無理ですか?」 「無理だ!こういうことは自警団が…」 「自警団のカイジは幽香が来る直前に警備の打ち合わせがどうこうと言いつつ  ヤングの首根っこをひっつかんで連行しながら帰ったんじゃなかったっけか」 「あ、パンダさんお帰り………」 永久とハクレンの会話に口をはさんできたパンダ。 つい先ほどまで荷物の運び出しをしていたのに、もう運び終えたようだ。 本当に手際よすぎでこれなら橙でなくともヘッドハンディングされそうだと思ったが、 その前に永久とハクレンは別の何かを思ったらしい。 会話を中断して帰ってきたばかりのパンダを見つめ始める。 「ん?二人していきなり見つめてどうs……ははぁ〜ん、さては俺の素晴らしき肉体美を拝みたいと」 誰が見たいか!! 気合を込め始めたパンダに対し、二人は一瞬突っ込もうとしたが、今回は思いとどまった。 というか、筋肉の隆起で今にも上着がはじけ飛んでいきそうなパンダをまじまじと見つめるその姿に どうやら二人とも同じ事が思い浮かんだのだろう。 裸神活殺拳を最大出力で発動させたパンダを幽香にぶつけてしまえばあるいは…… とはいえそれはそれで危険だ。 確かにパンダの『脱げば脱ぐほど強くなる程度の能力』を象徴させる裸神活殺拳はとてつもない力を秘めている。 とくに全裸となれば裸神活殺拳の効力も最大となり、接近戦に限ってはこの幻想郷内で敵う者はほぼ皆無となる。 現に永久は地底の混浴場にて、あの最強無敵と名高いフランのレバ剣を肉体一つで平然と受け止めるどころか そのままカウンターでひっつかんで筋肉バスターを叩き込んだ姿を目撃しているだけあって パンダなら幽香を力づくでも止めてくれる確信はあったが…… 全裸の筋肉ムキムキマッチョと化したパンダと究極加虐生物の本望丸出しの幽香が 本気でぶつかり合えば空に髑髏型の雲が巻き起こる程度の爆発が起きてしまうだろう。 そうなれば、周囲の者はその余波で消し飛ばされるのは確定的に明らか 永久もハクレンもその髑髏型の雲が巻き起こる程度の戦闘を実際拝んでいるだけに その恐ろしさは容易に想像できてしまう。 「「そ、それだけは阻止しなければ!!」」 バッドエンドフラグを回避するため、決死の覚悟で一斉にパンダへと飛びかかる二人。 「うお、何をする?!」 パンダもまだ服を着込んだままなので本来の力が発揮されていない事もあるが ハクレンも永久も命がかかっているだけあって必死だ。 2対1という数の有利に加えて二人とも火事場の馬鹿力を発揮し、パンダを力づくで止めにかかる。 ていうか、まだパンダが幽香を止める動きすら見せてないから全くの杞憂だが、 最悪の事態だけは避けたい二人にしてみれば元凶になりかねない片方のフラグをへし折るだけでも意義はある。 「あらあら、3人とも仲がいいわね」 もつれ合いながらどったんばったんと暴れ始めた3人をほほえましく見つめるのは幽香。 どうやら散々変えた注文は結局のところ紅茶に落ち着いたらしい。 ティーカップに注がれた紅茶を満足そうな表情で飲んでいた。 「ほら、オルフも飲みなさい。美味しいわよ」 「は、はい…頂きます」 幽香にしっかり捕獲されたのか、オルフは幽香のとなりに正座して座り込みつつ渡された紅茶を飲もうとするが 手がガタガタ震えてるせいで飲む前に中身がこぼれおちている。 当然こぼれた中身はティーカップを持つ手にふりかかり、熱さで思わず取り落としそうだが 取り落としたら命まで落としかねないので気合と根性で必死に耐えていた。 「あーあ、あんなにふるえちゃって可哀そうに」 「幽香に目を付けられたのは災難としか言いようがない」 「ですねぇ、オルフさんもあの混沌の象徴とも災厄の元凶とも言われてる  やみなべさんのおひざ元なスカーレットバーであんな軽率な事を言わなければ  こんなことにならなかったかもしれないのに……」 そんなオルフに対し、しみじみとした表情で同情の目を送る漸とまとめにさぼまん。 でも、同情はしても助けようとはしない。 むしろ、お楽しみ中の幽香に意見するなんていう愚行を行うのはよほどの強者か命知らずなHぐらいなものだ。 3人共分類上はまだ一般人のカテゴリーに入れられているため、命を投げ捨てるような真似はまずしない。 出来る事はというと、せめて火の粉がふりかからないような距離を保ちつつ 幽香の追加注文で作らされた飲み物でティータイムを楽しむだけである。 もはや完全に見捨てられたオルフ。 本来なら一般人として平凡に暮らしていた彼がなぜ幽香から目を付けられるという 波乱万丈とも言うべき生活を送る羽目になったかは、まぁ一言で表すと3人がつぶやいた通り 以前気まぐれで立ち寄ったスカーレットバーにて…… とんでもないことを口走ったからである。 「ふふふ、貴方みたいな一般人があんな『葉っぱ装備』という斬新なデザインを思いつくどころか  私に着せたいだなんて本当度胸あるわよねー」 「ハ、ハイ…ジブンデモイキタココチシマセン」 「何言ってるの。貴方がデザインした葉っぱ装備はお洒落で動きやすい上に涼しかったし何より、  天然素材100%のエコロジーじゃない。  自然な素材の魅力をあれだけ自然に引き出せるなんて非凡な才能を感じたわ」 「ソンンワケアリマセン。ワタシハタダノヘイボンナイッパンジントシテノセイガホシイデス」 「そんな事言うもんじゃないの」 そうつぶやきながら、おびえるオルフの額に大胆にもキスをかます幽香。 オルフにしてみれば、酒場での酒の勢いで思いついた葉っぱ装備の件を黒赤ドキュメンタリーでのネタにされて以来 生きた心地がしなかった。 それならそれで、どうせ死ぬならとほとんどヤケクソの投げやりで葉っぱ装備を作ったのだが……… どういうわけか、幽香にとってはストライクゾーンど真ん中のクリティカルヒットなデザインだったらしい。 おかげで殺されるどころか、こうやってあからさまに特別扱いされる程度の信頼まで勝ち得てしまった。 だが、一般人として暮らしたいオルフにとってそれはひと思いに殺されるよりも過酷な拷問を受けているようだ。 現に、オルフの葉っぱ装備が幽香に大受けしたという事実が広く知れ渡ると同時にオルフを真似た者が続出した。 そのもっともたる例を言えば、 「何を言う!幽香様はあの麗しき身に最低限の葉っぱを覆った姿こそがジャスティス!!」 「いやいや、幽香さんの豊満な胸を包むのは葉っぱでは力不足!  やはりここは伝説にならってこの白い貝殻がベストではないか!!それがわからぬとは所詮ケダモノだね、シロ君」 「中途半端な半人前な上虎の威を借りる貧弱君に言われたくはないぞ、リュード」 「貧弱とは言ってくれるではないか…一人では何もできずに孤独死する兎風情が!!」 「あ、あの…リュードにシロさんもそろそろやめた方が」 「いやいや、どうせならもってやれ!!とことんやるがいいうさ!!」 「……(ど、どうしよう)」 ふと目を店前に向けるとそこでは病み上がりにも関わらず何かを言い争っているシロとリュードと それを止めようとしている橙とむしろ煽っているてゐ。 さらにおまけとしてどうしてこうなったのかわからず、おろおろとうろたえている黒リリーがいた。 ちなみに、喧嘩の内容は聞いた感じ幽香にはどれが似合うかでもめているかのようだが…… シロが主張するのは、葉っぱ3枚で最低限局部だけを覆った葉っぱ服 リュードが主張するのは、白い貝殻3枚で最低限局部を覆った危ない水着もどき どちらもアレなのには変わりない。 さらにいえば、シロもリュードも煩悩だけはすさまじいせいか橙一人だけでは止めきれないようだ。 やがて幽香の中で何かが切れたのか、無言のまますっと立ち上がり、そのまま二人のそばへゆっくりと近寄る。 「えっと、幽香さん。一体何を…」 幽香の雰囲気からして、ただ事ではない空気を感じ取った橙。 しかし、幽香は橙の質問には全く応えることなく、無言のまま二人の後頭部をガシッとひっつかんで 互いの頭を思いっきりぶつけた。 その時響いた音は到底言葉で表現できなかった。 いや、言葉で表現してはいけない音が響いたのだ。 少なくとも頭と頭がぶつかった程度では到底響く事のない音だ。 「貴方達がオルフの真似をしようだなんて一〇〇〇〇〇年早いわ。出直してらっしゃい」 血の海の中へ沈んでいるモザイクがかかってそうなリュードとシロ目掛けて吐き捨てるかのようにつぶやく幽香。 その残虐な行為を見てオルフは戦慄が走った。 そう、オルフの真似をすべく幽香に葉っぱ装備をプレゼントしようとした者は皆あの二人のような惨劇にあわされるのだ。 あまりの惨劇にオルフどころか近場で目撃した橙やてゐに黒リリー… ついでにいえば店の中から遠巻きにみていた漸やまとめにさぼまん、店主の姫子もしばらく黙りこんでいた。 そんな空気の中、幽香がクルリと振り返りにこりとほほえむ。 「うふふ、あんな雑魚とオルフが同等だなんて本当に笑っちゃうわね」 返り血による血化粧で彩られた姿でくすくすと笑う幽香。 その笑みは究極加虐生物として恐れられる幽香の恐怖が濃厚なまでに凝縮されたものだ。 ある種の死刑宣告とも取れるその笑みを真正面から受けたオルフはいろいろと限界だったらしい。 完全な死を覚悟したかのごとき引きつった笑みを浮かべつつ、静かにその意識を死神の手へと委ねた。 「ところで、一応聞いておくけど今日はバレンタインのチョコの原料を持ってきたのか  喧嘩の原料を持ってきたのか、どっちなわけ」 そんなやり取りの中、余分に作らされたらしいコーヒーを飲んで落ち着きを取り戻した姫子が幽香に問いかける。 確かにさっきまでは和気あいあいとした状況であったのに、 幽香が訪れた途端永久とハクレンとパンダが喧嘩し始めるわ、 店の前でモザイクがかかりそうな肉塊が血の海の中で転がっているわとロクな事が起きていない。 その辺りも幽香は自覚あるらしく、再びクスリと笑いながら言い切った。 「もちろん両方よ」 全く悪気なく堂々とした幽香の言葉に姫子はピクリと眉を動かす。 姫子からはうっすらと殺気とも殺意とも言えるオーラが漂い始めている。 「あ、あの…幽香ちゃん。品卸しは終わったのでそろそろゆうかりんランドに帰りませんか」 「そ、そうそう。向こうはくるみに任しているとはいってもいろいろと心配ですから」 その空気に危険を感じ取ったのか、黒リリーとの品卸し手続きを終えたエリーとライスが おそるおそる自分の主である幽香へと問いかける。 今の空気で幽香へと声をかけるなんて死を覚悟しなければいけないが、 さすがの幽香も自分の手駒相手に問答無用で屍にはしなかった。 「大丈夫。くるみには日傘を渡しているから外にいても灰になるなんてことはないはずよ」 「いや、そういう意味じゃないというより、普通は日傘差した程度で日中は活動できませんよ〜」 「紅魔館の吸血鬼は問題なくできてるじゃない。なら、くるみも気合入れたらできるはずでしょ」 幽香はそう言い切るが、一体何の根拠があるのか… そもそも紅魔館の吸血鬼達はまとう空気からして普通の吸血鬼ではない。 言うなれば吸血鬼の中の吸血鬼、吸血鬼の王とも言えるような存在だ。 そんな二人の真似を野良な吸血鬼であるくるみができるわけないのだが この場合論点がずれているのでエリーもライスも特に反論はせず ただ、青空の下で幽香の帰りを文字通り身を焦がしながら待っているであろう くるみの姿を想像し、少しだけ同情した。 もっとも、現実は青空の下ではなく日陰で幸せそうな面をしながら うとうととうたたねするくるみの姿があるだけであり…… その後帰ってきた幽香からお仕置きされたりするのは余談だが、これこそ今は関係ない。 「それで、再度聞くけどここへは何しに来たっていうの……かしら?」 「だから何度も言わせないの。両方よ両方。だってここ酒場みたく騒動がなかなか起きないじゃない。  少しぐらい騒がしくした方が断然面白いと思うのよ」 「どこのスキマ妖怪みたいなことぬかしてる…のよ」 なんだか殺意のオーラが色濃くなるにつれて言動が少々おかしくなり始めている姫子。 声の質も普段とは違っており、かなりやばい雰囲気を漂わせている。 「確かに、なんとなく行動が紫様に似てますよね。冬眠する事以外は」 「紫様見かけないと思ったら冬眠中だったのですか」 「えぇ、ボーダー商事は社長の紫様が冬眠期間中なのでらんしゃまとステアさんの二人が社長代理で動いてますにゃ。  さらにナイトさんが野良妖怪に襲われて大怪我したせいで永遠亭に緊急入院となり  とにかく人手が不足気味に……」 「そういえば、先日に大怪我したナイトが運び込まれて、鈴仙が三日三晩付きっきりで看病してたウサね  しかもお師匠様はその野良妖怪の正体をどことなく知ってる気配があったうさ」 姫子と幽香とのやりとりに危惧しつつもやはりとばっちりを食らいたくないのか、 さぼまんから受け取ったキノコ汁を食べながらボーダー商事や永遠亭の現状を語り始める橙とてゐ。 その話を聞くと、今のボーダー商事は社長が冬眠中な上にナイトまでが離脱。 さらに今の時期はバレンタイン直前ということで様々なところが仕事の受注をしているので、 まさしく猫の手も借りたいぐらいの忙しさなのだろう。 「まぁ、橙ちゃんとリュードさんの二人が派遣される時点でボーダー商事が末期なのは言うまでもないんでしょうけど」 さぼまんがそうしみじみと語る通り、橙とリュードが共に出かけると決まって藍が監視のためについてくる。 もちろん藍も橙にはばれないよう変装ついでに橙からは決して認識されぬよう 九尾としての妖力を無駄にフル活用して完全な隠蔽を行っているようだが その隠蔽術は橙を含む極一部のみ有効らしい。 なので、その一部ではない者たちは……… 語るまでもないが、リュードへ向けて発せられる強烈な殺気のため藍の位置は例え物陰に隠れていてもバレバレなのだ。 もっとも、位置はバレバレでもリュードを尾行中の藍は鬼すらも裸足で逃げ出す程度の怖さをほこっているので 大半の者は声をかけるどころか、近寄る事すら出来ない。 さらに、橙から身を隠すために使用している隠蔽術はリュードにも有効なのでリュードに向けられた殺気も 本人にはさっぱりこれっぽっちも認識できず………… 結果、歩く災害ともいうべきトラブルの種となる。 そういうこともあり、橙とリュードへの仕事の依頼なんて神をも恐れぬ心臓に毛の生えたような狂人しか行わないし あったところで受理したら大惨事確定になるからそもそも受理しない。 むしろ、総合受付であるステアの未来を予知する能力によってそれらの類につながりそうな依頼は 事前になんらかの手をまわして揉み潰しを行い、最初から依頼なんてなかった事にさせる場合が多い。 しかし、今回はもう揉み潰す事ができない程ボーダー商事は追い込まれているのだろう。 でも、揉み潰しはできずとも藍の動きを封ずるのに成功した辺り、ステアの手腕の良さは見事というしかない。 「ちなみに私とシロは、鈴仙がナイトの看病で手が離せないから代理として入品に来たウサよ。  こんな事態でなければこのてゐちゃんが仕事なんて引き受けないウサ」 「あんまり自慢するようなとこでもないような気もするけどごめんなさいにゃ。  いつもなら罪袋隊を派遣するんですけど、こんな状況なので……」 「別にいいウサ。人里に惚れ薬チョコのうわさをばら撒くという仕事もあったしついでよついで…うさうさ♪」 「おーい、そんなとこでのんびりしてる暇なんかなさそうだぞ」 「そろそろここ離れないと死ぬことになるかも」 姫子と幽香の一瞬即発な空気なんて露知らずな雰囲気で雑談していたさぼまんと橙とてゐに忠告する漸とまとめ 別にのんびりとやっていたわけではないけど、二人からみればのんびりに見えたのであろう。 気付けば、姫子の我慢もそろそろデッドゾーンに突入しそうな雰囲気だ。 「そういえば、姫子の実力ってどれぐらいあるんだっけな」 「怒ったところなんて見た事ないからさっぱりなんだが、  文々。新聞によると魔界にいるたけちーを一方的に虐殺できる程度とかいう眉つばな噂があったりなかったり…」 「たけちーはああみえても実力ある方だったよな。具体的に言うとブン屋達を力ずくで追い払えるぐらい」 「いやでも、犯人は女性という話で姫子さんは名前があれでも一応男だし………」 さぼまんや漸、まとめとの他愛のない会話にライスが付け加える。 こうしてライスも雑談に加わってきたところをみると、もはや幽香の説得をあきらめたようだ。 何かを悟った表情でエリーと共にコタツへと潜り込もうとするが、ふと自分の言葉にひっかかりを持ち始めたのか… いや、疑問はライスだけではなくその場にいたほぼ全員もひっかかりがあったらしく、 無言のまま姫子を注意深く観察しはじめる。 今のオーラバリバリの姫子なのだが、 よくよく気をつけてみれば声の質がびみょんに変化していた。 最初は怒りからくるものだけとは思ったが意識して聞いてみると声帯そのものが変化していたのだ まるで、男ではなく女へと変化したかのように…… っと、声の質だけではさすがに性別変換の実証にはつながらないのだが 残念ながら変化は声だけではない。 姫子の身体つきそのものまで変化していた。 そう、全体的に丸みを帯びるついでに、胸がびみょんに膨らみはじめていたのだ。 まるで○○○を付けた某メイド長のように、だ。 つまり………… 「よし、逃げるウサ」 こういう時だけは行動がすばやいてゐ。 入口でまだ肉塊となったままなシロの耳をひっつかんで一目散に逃げ出す。 続いて行動したのは橙。てゐ程の素早さはないにしてもやはりてゐと同じように 入口でまだ肉塊となったままなリュードの首根っこをひっつかんで逃げ出している。 そうやって獣組の行動が終わって、ようやく他も何をしなければいけないか理解できたようだ。 姫子が幻想郷屈指の強さを誇っていれば、当然だが幽香は黙っていない。戦いたいと思うはずだ。 さらにいえば、強者同士の激突は周囲の者を容赦なく巻き添えにする程度の破壊力がある。 それに気付いた面々は、とばっちりを食らわぬよう撤退準備を進めるべく各々自分がすべきことを行い始めた。 「さて、気絶中のオルフもしっかり回収したし皆忘れ物ないな?」 「大丈夫、逃げる準備はできてます」 「いつでも号令を」 てゐや橙からかなり遅れた動きであったが、幸いにも姫子の堪忍袋の緒は頑丈にできているらしく ぶち切れまではまだまだ若干の余裕はあるようだ。 気絶中だったオルフを担いだライスの問いかけに、 永久とハクレンを含めた皆も比較的落ち着きを払いながら撤退の準備を完了していた。 なお、永久&ハクレンとパンダとの喧嘩の勝敗だが、永久&ハクレンの方に軍配が上がったらしい。 店の隅には褌一丁のまま氷漬けにされたパンダが転がっている。 そんなパンダを見たライスは…… 「そういえば閣下と白リリーは」 どうやらパンダを見捨てる事にしたらしい。 何食わぬ顔で無視しつつ、この場にいない二人の存在を探し始めた。 「あれ?閣下は最初からいないようですが、白リリーはさっきまでカウンターにいましたよね」 さぼまんもパンダを見捨てる気満々らしく、やはりパンダを見て見ぬふりしつつ首をかしげている。 もし店の奥へ引っ込んでいたなら非難を促すために店の奥へ行かなければならない。 もちろんそうすれば逃げ遅れてしまう可能性もあるので誰が奥へ向かうか選出をっと思ったが その必要なかった。 「白リリーは少し前に出かけた。奥にはいない」 「いらぬ心配ってわけか。なら手遅れにならないうちにさっさと逃げよう」 「ラジャー」 黒リリーから白リリーの不在の確認も取れた面々。 一体いつの間に出かけたのか疑問は残るものの のんびりしてると喧嘩の渦中に巻き込まれて消し飛ばされる恐れもあるので誰も追及する事なく パンダを残した全員は二人を刺激せぬようそそくさとその場を後にした。 そうして全員が脱出し終えた数分後…………… さすがに人里であるためか、髑髏型の雲があがるような事態にはならなかったものの とてつもない轟音と衝撃波がまき散らされ、周辺住民を驚かせる騒ぎとなったのは言うまでもない。 続く