りるるがバレンタイン対策として動き初めてから数日が経った。 白リリーがりるるの代わりに店番としてカウンターに肘をつきながら対応しているものの、 心ここにあらずといった感じでぼんやりとしていた。 「りるる…あれ以降何日も家に帰って来てないんですけど〜だいじょうぶかな〜」 「ん〜帰っては来ていないけど経過は順調という連絡は来てるから大丈夫でしょ」 「姫子さ〜ん、そうなんですけどやっぱり心配なのは心配ですよ〜」 そう言って白リリーははぁっと何度付いたかわからないため息をついた。 そのついたため息はどんよりとした雲を作り出し、白リリーの頭上を覆う。 それを何十回も繰り返してきたせいか、白リリーの周囲はどんよりとした曇り空に覆われている。 「まぁ〜心配になる気持ちはわかるんだけど」 姫子も姫子で心配であった。 ただ、姫子の心配事はりるるではなくりるるが用意するチョコ… しいていうならバレンタイン商戦に勝ち抜く切り札となるチョコが用意できるかである。 バレンタイン…… それは外の世界での乙女が愛するモノに『ちょこれーと』なるお菓子をプレゼントし、 そのどさくさにまぎれて愛の告白もできるというクリスマスに並ぶイベントの日である。 もちろんこのバレンタインは外の世界だけでなくここ、幻想郷でも数年前から流行りだした。 ただし、幻想郷は常識に囚われない事で有名な地だ。 当然のごとくバレンタインも常識に囚われる事なく年々おかしな方向へと突き進み…… 誰かがバレンタイン当日に風変わりなチョコを配り歩いた事を皮切りに 皆次々と常識に囚われないチョコを作り始めたのだ。 そんな空気に包まれてしまった幻想郷のバレンタインは今や 『以下にして多く売れるチョコを作り出すか』 っという、チョコ販売大戦争とも言うべき構図となった。 その有様はもはや恋人がほのかな想いを込めて恋人に渡すという儀式を完全に幻想へと追いやってしまった。 本当にどうしてこうなったとしかいいようのない……… でも、幻想郷の気質は『楽しければそれでいい』なわけだし、 毎年恒例の行事として親しまれるようにはなった。 なお、そんな空気にあっても『ブラックガーディアン』はあえて奇想天外なチョコを作らずにきた。 もちろん、奇想天外ではないチョコなので爆発的な人気は出ないものの、 人外や人外候補者といった奇抜な連中ではなく人里の中だけで完結する一般人がちらほらと購入してくれるので とりあえず赤字を出さない程度の売り上げは確保できていた。 しかし…… 「このままじゃいけない。このまま常識の枠に囚われてたら博麗神社みたく悲惨な目に合ってしまう」 そうつぶやく姫子の脳裏には去年のバレンタイン…… バレンタインの人気にあやかって大儲けしようと普通のチョコを大量に生産したのだが あまりにも普通過ぎたせいで誰も買い手が付かず大量の在庫を出して大赤字を出した博麗神社。 落胆のあまり、しばらく神社の縁側で泣きながら毎日3食チョコレート生活を送る霊夢と チョコが売れなかった事による八つ当たりでも受けたのか モガガル?!にされて地面に突っ伏したままぴくりとも動かないランジェロの姿を思い起こした。 ブラックガーディアンは奇想天外ではないが、普通でもない… いわゆる辛うじて常識の枠内に収まる範囲のチョコを作っていたからこそ、 神社みたいな悲惨な目はまだ避けられるが 周囲の熱意のせいで年々一般人の思考が侵食されており、売り上げが徐々に減っている。 かといって常識の枠を取り払った結果、大外れ品となれば赤字どころか倒産の二文字が襲いかかる。 堅実に行くか、大勝負を仕掛けるか…… その判断はりるる次第になるが、とにかく最悪の事態だけは避けたい姫子の想いは形となって表れ始めた。 うんうんと唸りながら悩む姫子の頭から湯気というか怪しげなオーラを放出しはじめたのだ。 もちろん白リリーもあいかわらず陰気臭いどんより雲を生成中。 そんな二人が生み出す空気はもはや怪しさを通り越した危険な匂いがぷんぷん漂っており、 普通の神経を持った一般人であればまず間違いなく訪れるわけない。 仮に訪れてもまわれ右して逃げ出すこと確実であったが……… 「こんにち…って何この空気?!」 その一般客が訪れて驚愕するものの、その場から逃げ出さない辺りはさすが幻想郷。 もしかしたらあまりの予想外な事態に頭の処理が追い付かず固まっているだけかもしれないが、 客に気付いた姫子は即座に営業スマイルでもって迎える。 「いらっしゃい、とわわん。後ろのあれは気にしなくていいから」 「そ、そうですか……むしろ気になるのは姫子さん自身なんですけど」 永久は苦笑を浮かべつつ、また何か変なトラブルに巻き込まれそうなこのタイミングに店へ踏み込んだ自分の運命を呪った。 しかし見たところトラブルの地雷は置かれていても、まだ踏んではいない模様。 ならば刺激しないうちに用を済まして早々立ち去ろうと思ったが、現実はそういかなかった。 「こんにちはっと…なんだこの空気は?」 「漸さんもいらっしゃい。例のブツはまだ入荷前ですけど何か入用ですか?」 「あぁ、ちょいっと料理用の油のストックが心細くなってきたから補充をっと思ったが  白リリーどうしたんだ?後閣下の姿も見えないのだが……さては」 そうやって新たに入ってきた客、小さな料理屋を営んでいる亭主の漸が遠慮もなく地雷へと踏み込んできた。 もちろんそれを聞いた永久は 『なんでこの人はこう自分から地雷を踏みに行くんだ!!』 っと思わず突っ込んだ。しかし、漸は料理人…… しかも、頭のネジが完全にはじけ飛んでるとしか思えないような独創的な料理を作る一種の冒険者だ。 そんな冒険者は好奇心も人一倍持っているもので、 厄介事とわかっていてもあえて首を突っ込む悪癖がある。 その辺りは永久もわかっているというより、 幻想郷はそういう輩が多いので突っ込みもあえて心の中だけに済ませた。 そうして、姫子の対応はというと 「それについては、例のバレンタインに売り出すチョコについてちょっとね」 割りと普通であった。 なので永久も一先ず危機は去ったと思いほっとしたものの、そうはいかないのが幻想郷流。 「バレンタインがらみか。俺は例年通り『チョコ餃子』を出すつもりだが、永久のところはどうなんだ?」 「え、えっと……どっちの?」 「どっちって……あーそうか。魔界からは2グループで出すんだったな」 「じゃぁその二つを教えろ」 漸にいきなり話を振られて戸惑っているところに今度は姫子が畳みかけるかのように、 しかも命令形で振ってきた。 まぁ漸はただの好奇心だろうが、姫子にしてみれば売り上げに関わる事なので ライバルがどんなチョコを作るかは知るべき情報の一つ。 それだけに拒否権は得られそうにない。得ようとすれば命の一つや二つは覚悟しなければいけない。 もはや逃げ場なしと察知した永久は諦めたかのようにアリスを通して知った情報をげろった。 「ほぉほぉ、魔界組の神綺達とはくどう組は今年も例年通りアホ毛チョコとチョコエッグというわけか」 「魔界神である神綺様の方は直接聞いたわけでないから多分だけど、  機械技師のはくどうさんところのエッグはアリスも景品としていくつかのフィギアを提供するらしいからほぼ確定…かな」 「ふむ…これはオーソドックスでありながらもマニアックなところついてきてる。強敵だ」 「だが俺は負けんぞ。とくにはくどう!!前回は辛口わさびチョコエッグに激辛キムチチョコ餃子が敗北したが  今度はもっと度肝を抜く品を作ってやる!!」 「そんな地雷みたいなチョコは作らなくていいです!!!」 思わず突っ込んでしまったものの、はくどうも漸と互角に張り合える程の独創的な料理をわざと作る事で有名であり 二人が料理で競えば、食材の無駄使いとしか思えない程のとんでも料理が次々と並ぶのだ。 もちろんその試食という名の被害者は当事者ではなく運悪く審査員へと任命(連行)された不幸な方々で その後はほぼ確実に死線をさ迷う事となる。 とにかく永久はこれ以上刺激物がやってこないよう祈り始めたが、そんな祈り届くわけない。 「何をいう!そんな地雷みたいなチョコは是非とも作ってほしいうさ」 「って、てゐさんいつのまに?!」 振り返るとそこには本当にいつの間にか、永遠亭に住む妖怪兎のてゐが立っていた。 しかも、居たのはてゐだけでなく… 「普通に扉をくぐってきたぞ。挨拶もしたんだが、気付かなかったか?  とりあえずこれが先日注文を受けたブツなんで確認はよろしく」 シロも一緒だったようだ。彼はどすんと背負っていた大風呂敷を下してふぅっと一息をつく。 その様子からみて、ブラックガーディアンが永遠亭に注文した物を運んできただけのようだ。 奥から伝票を持った黒リリーが現れて荷物の確認を始めた。 なお、シロが大荷物を持っていたのに対しててゐは小荷物に等しい量であるのでシロが不憫であったり 大風呂敷の隙間から怪しげな煙が湧き出ている辺り、 一体どんな怪しい商品を持ってきたのか気になったりもしたが なにより二人ともなぜこんな時に来るのか……と永久は感じたがすぐに思い直した。 しつこいけどここは幻想郷だ。幻想郷だからこそこういう時に来るのだろうと納得した。 そんな中、漸は二人が現れた事によって好奇心の導かれるまま声をかける。 「永遠亭の兎達か。ならついでに聞いてみるが、永遠亭ではどんなチョコを作る気なんだ?」 「ふ、そんな企業秘密をこうペラペラとしゃべると思うかい?」 シロの言うとおり、普通であればライバル相手に企業秘密をそうペラペラと喋らないだろう。 しかし、二人は普通ではないらしくてゐがにやりと笑って付け加える。 「でも、今日は機嫌がいいから大サービスで教えちゃううさ。  今回の永遠亭では例年通り漢方薬やハーブを散り混ぜた健康主体のチョコの他……  なんと、試作型惚れ薬入りのチョコも限定品として出してしまううさ!!」 「「「な、なんだってー!!」」」 「でも、あくまで噂うさよ。う・わ・さ」 やけに噂という部分を強調するてゐ。それは真実なのか嘘なのか、 元々てゐの言う事はいろいろと裏が多いのでその腹の中はわかりにくいのだが… どうやら姫子はてゐの策略に気付いたらしい。 「やられた……これは一杯食わされた」 どうせてゐの言う事は真っ赤な嘘だろうが、惚れ薬という餌を前にして嘘とは信じたくないのが人の性。 事実、永遠亭の惚れ薬の存在は幻想郷内で広く知れ渡っている。 いつだったかその試作品惚れ薬がどういうわけかシロとてゐの手に渡り、 結果として椛が欲情して本能のままハクレンへと襲いかかった事件があったからだ。 ただ、てゐやシロはその件で各関係者からこってりと絞られて懲りたのか はたまた永琳が惚れ薬を第一級危険物として厳重に封をして保管しているのかわからないが あれ以降惚れ薬に関する異変が全く出てこない辺り、今更惚れ薬入りのチョコなんて出てくるわけない。 でも、欲望に忠実な輩はありえないとわかっていても永遠亭のチョコに殺到するだろう。 ライバルの秘密を知って優位に立つつもりが、逆に窮地へと立たされてしまった。 当の本人は気ままに陳列されている商品を眺めているようだが、その商魂の才能は計り知れない。 「と、とにかく永遠亭だけでなくもっと他の情報を……」 なんだか聞けば聞くほど姫子の中の不安は広がるのだが、バレンタイン戦争を勝ち抜くには敵の情報は不可欠だ。 とにかく情報収集をと思って姫子は幻想郷の主な団体からバレンタインのチョコについて聞きだすことにした。 「ということで、香霖堂について何か知ってるなら教えろ。今すぐに」 「え、えっと先日に魔理沙さんが『今年はちょっとばかし魔法の効果があるかもしれないチョコを作るぜ』といいながら  怪しげなキノコをぽいぽいと収穫していましたが……」 血走った眼の姫子からいきなり話を振られてとまどいつつも、知ってる範囲の事を答える永久。 彼は一般人とはいえ、普段から魔法の森を出入りしているのであそこ周辺の事情にはくわしかったようだ。 ただし、魔理沙のいう魔法の効果というのは一体何かまでは知らない。 むしろ、一般人の永久が知る術なんて人体実験ぐらいしかないが、 まぁ食べたら何らかの奇妙奇天烈摩訶不思議な何かが起こる危険物なのは確実であろう。 しかし、『食べたら何が起きるかわからない危険物』だからこそ面白いのだという グルメと言う名の命知らずな勇者達やなんらかの敗者に課せられる罰ゲーム品としての隠れた人気がある。 一般な思考の持ち主は見向きもされないが、人気もあるし警戒はした方がいいかもしれない。 この調子で次の情報を集める事とした姫子はもうなりふり構わず、 店に来た客をかたっぱかしら捕まえて情報を聞き出しにかかった。 「紅魔館はチョコクリームたっぷりのプリンアラモードやエクレア作るんだと張り切ってたな…」 その最初の犠牲者はシロと同じように紅魔館で生産した特性の果実酒が詰まった樽を持ってきたパンダ。 張り切っているのは主に咲夜、なた、岡の従者達でその目的は主であるお嬢様ことレミリアの笑顔…… いや、上記の品を至福顔でほおばる姿を拝むためであろう。 相変わらず動機は不純であり、煩悩どころか忠誠心の塊ともいうべき人間の(鼻)血まで練り込んでいるのか チョコの色がやけに赤系統へと偏ってて怪しげな雰囲気を出しているのだが…… 気合が入りまくっているだけあって味は超一流。 吸血鬼専用という部分に目をつむれる者であれば三ツ星を通り越した五つ星クラスの一品。 「白玉楼ですか?命蓮寺との話し合いの結果、題材は饅頭と決まりましたし、それ以外は例年通りじゃないのですかね〜」 次の犠牲者は昼食のおすそ分け……『ヤミナベキノコジル』を持ってきたさぼまん。 白玉楼と命蓮寺は和菓子とチョコを上手く融合させた品を作るためかお互いライバル意識を持っており、 『どちらが一番客受けがいいのか』と同じ題材の品を作っては争っているのだ。 もっとも、白玉楼がずっしりと重く食べ応えのある食いしん坊なグルメ向けに対し 命蓮寺は甘さやカロリーを抑えたダイエット向けという 同じ品でも狙っている客層が全く違うため優劣の基準が付けづらいどころか、 お互いの品の長所を引き立てる形となっているので評価はかなり高い。 ちなみに争ってるのは主にぬえとリリカだけで後は皆和気あいあいとやってる…と付けくわえられたが これは関係ないことだから略 「地霊殿の方は例年通り鬼達の力を借りて酒をたっぷり混ぜ込んだチョコと  普通のチョコに合う酒の二種持って販売するってお燐が言ってたかな」 次の犠牲者はかば焼き用の調味料各種を仕入れに来たらしいまとめ。 チョコに酒を混ぜるのはまだわかるが、『普通の甘いチョコ』に合う酒を作り出すという発想は どう考えてもおかしい。でも、実際は本当に実現させてしまう辺りは製作者の並ならぬ…… いや、並ならぬを通り越した馬鹿や狂気と言うべき意気に達した執念だ。 鬼の技術の無駄使いもいいところだが、 酒を飲みながらチョコをかじる事ができるというのは酒好きにとってはたまらない一品。 年配の酒飲み親父層を中心にして人気がある。 「一流のパティシエ職人の霊達が公の場で存分に腕をふるえる機会だし  きっとすごいモノができるんだろうなぁ」 次の犠牲者は野暮用があると言ってその実態はたださぼりに来ただけと思われる死神見習いヤング。 外の世界の本格派職人だけあって出来栄えは紅魔館を超える7つ星クラス。 本来ならこの時点で彼岸の一人勝ちであるが…唯一の弱点は職人が霊であるために味覚がなかったりする。 おかげで自分で味見できず、それゆえに肝心の味はお粗末になりがちだ。 ただ、お粗末になってもそこらのチョコよりかは確実に上を逝く辺りは腐っても鯛であろう。 いろいろな意味で 「そんなの知りません。先輩達も取材側に回るので店出すような酔狂な人なんていないだろうし  にとりや銀城も何かを開発中なのか見かけないし、当日どうするかなんてさっぱり不明」 その次は上司から買い出しを頼まれたと思われる白狼天狗のハクレン。 閉鎖傾向のある妖怪の山の数少ない情報源だというのに、肝心の情報を掴んでない辺りは所詮下っ端。 ほとんど、役に立たない。 気を取り直して、次の情報 「バレンタイン?そんな物警備やら何やらで忙しいから知らないし  知ってても守秘義務として黙らせてもらいますよ」 次の情報源は人里の自衛隊の一員として働いているカイジ。 当日は祭り騒ぎになるので治安維持を目的とした警備として駆り出される立場なため、 裏事情には詳しそうだが…… さすがにそれを教えてくれるわけはなかった。全くもって役に立たない。 なんだかそろそろ情報もはずれが目立ってきたが諦めずに次の情報をと思い タイミングよく店を訪れた客にバレンタインの事を聞きだしにかかる。 「…………バレンタインの情報と言われても、私のような一般人が何を言えと」 店を訪れるやいなや、いきなりバレンタインの事を聞かれて困惑顔を浮かべるオルフ。 どうやら彼からは情報を聞き出すのは不可能の前に、そもそもオルフは完全な一般人だ。 姫子は一体彼に対して何の期待していたのだろう。 「いきなり変な事聞いてごめんねー」 さすがに見境なさすぎた行動に反省したのか、苦笑を浮かべつつぺこりと謝る姫子。 しかし、オルフにしてみればいきなり質問された事にも驚いたが それ以上に驚いたのは店の中の惨状である。 「おや、オルフ君じゃないですか。どうしたのですか?」 「あ、さぼまんさん。ちょっと買い物にっと思ったんですけどここ雑貨屋ですよね。  酒場や食堂じゃなくってあくまで雑貨屋ですよね?」 「もちろんですよ。どこからどうみても雑貨屋じゃないですか」 そうにっこり笑いながら答えるさぼまんの言うとおり、確かにまわりは様々な雑貨品が陳列している。 どこぞの半妖の店みたく用途不要な物が価格札もなく置いてるわけでなく、 ほぼ全てに価格札があるので売り物には違いない。違いないが…… 「なんで店内の中央で鍋なんかを…しかもコタツまで持ち出して」 「もちろん寒いからですよ。それに今昼時ですから」 オルフの疑問にこれまたにっこり笑いながら答えるさぼまん。 その目の前ではコタツの上に『ヤミナベキノコジル』がぐつぐつと煮込まれており、 なんともいえない美味そうな匂いを周囲に漂わせている。 さらに周囲も店の中で調理をしている事には全く疑問を持つことなく、 コタツの中でキノコ汁を食べながらわきあいあいと談話している。 「……店主。この現状いいんでしょうか?」 「ん〜一応こういうことするなら奥の居間でやってほしいんだけど今更って部分もあるし何より……」 「何より…?」 「こうやって料理してれば匂いに釣られて店に踏み入ってくる客がでてくるんじゃないかなーっと思ってね  だから駆けつけにキノコ汁一杯10円でどう?」 「見上げた商売人根性というより……駄目だこの店主。早くなんとかしないと」 とはいうものの、ここはやっぱり幻想郷。常識に囚われていてはやっていけない地だ。 だからこそ永久もこの現状に突っ込みを入れつつも結局最後には普通に皆と混じって談話中だ。 話の内容は主にバレンタインの事についてでとくに売り物とは違う本命へ渡されるチョコについて お互いがからかいあったり否定したりと絶賛盛り上がり中。 そんなわきあいな雰囲気だが、オルフはどうも中へ入りずらかった。 それもそのはず。オルフは永久とは決定的に違う部分があった。 いや、永久だけでなく漸やまとめといった一般人のカテゴリーに入る面々とはあからさまに違う部分がある。 それは、オルフがほとんど人里から出る事のない純粋培養ともいえる一般人だからだ。 それゆえに幻想郷の中での異変やトラブルに巻き込まれる事はあっても人里からほとんどでないせいか、 人外との接点が少なく蚊帳の外になりがちだ。 ただ、そんな彼も過去にただ一つだけトラブルの渦中にいた事はある。 そのトラブルはというと…… 「あら、店にあまり見慣れない顔がいるから誰かと思えば、オルフじゃない。お久しぶりね」 ビクッ!! 後ろから不意に声をかけられたことにより、心の臓が口から飛び跳ねるかの勢いで驚くオルフ。 思わず悲鳴に近い声が出てきそうであったが、あげたらいろいろな意味で危険と直感したのか 両手で口を塞いで必死に悲鳴を呑み込む。 その甲斐あってか、なんとか耐えることができた。しかし、これは序章だ。 声をかけた人物があの幻想郷最恐とも言われる究極加虐生物であれば、 これから続く災難のフラグが成立したも同然である。 それでもオルフはわずかな可能性をかけて別人であるのを祈りつつ振り返ると、そこにいたのは…… 続く