人里の一角に立つ雑貨屋『ブラックガーディアン』 その店は保存の効く食料品の他、日常で使う細々とした雑貨を扱う極普通の店だ。 普通の店なので魔法の森入口に立つ香霖堂のように武器の類や用途不明な謎の道具は取り扱わず、 普通の物だけを取り扱っている。 ただし、そこの店主や店員はかなり癖が強いってレベルではない事でも有名であるのだが、 あくまで取扱品は普通である。 しかし、幻想郷は常識に囚われてはいけない地だ。 とくに近年は新たに幻想郷入りしてくる情報が増え始めたせいか、 幻想郷内の情勢が例年以上に加速していた。 もちろん加速するのは情勢だけでなく、経済も劇的に変化を起こしていた。 「そういうことで、店の経営が少々ピンチになったわけなんだけど」 家計簿を取り出しながら、そう切り出してきたのは月風姫子。 雑貨屋『ブラックガーディアン』の店主である青年… 元々顔立ちが中性的な上に名前から女性だと間違えられやすいが性別は男である。 なぜそんな勘違いされやすい名前になってるかは女の子がほしかった両親が彼を無理やり女として育てたか… あるいは、なんらかの魔法や呪いを受けて性別が逆転してしまったか…… はたまた、年齢を自由に変えられる某劇作家みたく彼も性別を自由に変えられるとか、 いろいろな説は立っているのだがどれも憶測で真実は不明。 しかし、今はそんなことを詳しく語る必要もないのでこれ以上は割愛として本題へと戻るが、 そんな彼の切り出しに対する周囲の反応はというと…… 「白リリー。春菊が煮えたよ」 「りるるー。こちらの魚もそろそろいい具合ですよー」 「むぐむぐむぐ……」 コタツの上でぐつぐつと音を立てながら煮込まれている鍋をかこって 仲よさげに鍋をつつく店員のりるるや居候の白リリーに、 無言で食材を追加しつつもその合間を縫って食べ続けるこれまた居候の黒リリー。 姫子の言うことは全く誰もまともに聞いていない。 「あれ、姫子は食べないの?」 「ぼへみ〜やぜっとんからもらった魚や野菜、煮えごろで美味しいですよ〜」 そんな姫子の様子に気付いたのか、 りるるや白リリーは煮えごろな野菜や魚をぽいぽいと姫子の器に入れ始める。 その見当違いな行動からみて、どうやら話を聞く気は全くないらしい。 そんな態度に姫子の額にぴきりと筋が入ったが、 ふとみると黒リリーが箸を加えたまま心配そうに見つめているのが目に映った。 黒リリーからみれば、姫子が全く食べていないこの状況をどこか体調が悪いのか… それとも、自分が作った鍋が気に入らないのかといった考えをめぐらし始めているらしく 不安そうな表情をしている。 「だ、大丈夫。美味しくいただくから」 実際にいうと懐具合な意味ではあまり大丈夫ではないが、黒リリーの純真を踏みにじるわけにはいかない。 なので姫子はひとまず白リリーとりるるから器に盛られたのを食べ始める。 ぜっとんことロックとぼへみ〜こと風峰が丹精込めて育てた野菜と魚が味噌の出汁にしっかりしみ込んでおり 身体がぽかぽかと温まる。 ただし、財布の中身までは温めてくれないのだ、今は気にせず3人と共に鍋をつつくこととした。 そうして鍋の中身があらかた片付いたところを見計らい、姫子は改めて切り出す。 「それじゃ、今から本題へと移るわけだけど」 「本題って、鍋の後は当然うどんでしょ」 「りるる〜うどんもいいですけど〜ここはご飯にしましょ〜」 「……ご飯よりお餅を希望」 相変わらずりるるや白リリーに黒リリーは鍋の締めとして何を入れるかにしか興味がなく姫子の話には興味ない。 その様に姫子はふぅっとため息をもらしつつも、先ほどしまい込んだ家計簿を取り出す。 そして、今まさにりるるがうどんを突入しようとした瞬間。 「まてぃ!!」 姫子からの鋭い停止の声。その並ならぬ迫力に驚いたのか、りるる他白黒リリーもぴたりと止まる。 その時3人は鍋の湯気にまぎれていたせいで気付かなかったが、 その時の姫子からは身体から何かオーラのようなものを放出させていた。 ある意味ぶち切れ寸前であり、これ以上姫子を刺激させたら命の保証はない。 それぐらい危険な状況であった。 そんな危ない雰囲気の中、姫子はゆっくりと口を開く。 「最後の締めはお餅!それ以外は認めない!!」 その言葉に3人は一瞬の間、時が止まった。 それが意味するのは張りつめた空気が解けた事を示すための間か、 はたまた予想外な言葉に思考が止まっていたのか、 それはわからないが時間停止はほんの一瞬だけしか作用しない。 「白リリー、店主の命令なら仕方ないか」 「ですね〜りるるの言うとおりお餅にしましょうか〜」 本当に時間停止は一瞬、もしくは時間停止なんか本当はしていないかのように りるると白リリーは入れかけたうどんを下し、代わりに餅を投入し始めた。 ちなみにその餅は普通の白餅ではなく餡餅であったのは余談だが…… とりあえず姫子はというと、 希望の通った黒リリーの嬉しそうな表情を横から『ごちそうさま』といった感じで見つめていた。 しかし、そんな姫子でも別に変態的な思考を持ってるわけでもない。 ましてや主の寝姿を見るために部屋へと侵入しようと企むどころか その主の背中を舐めまわす権利をめぐって堂々と大喧嘩をやらかした挙句最後には周囲を瓦礫の山へと変えたという どこぞの紅い館の従者達とは違い、これでも節度はあるほうだと言われている。 ただ、節度はあってもぶち切れる事はある上、そのぶち切れた時は………… 風の噂によると、そこらの妖怪どころか上位の神すらも軽くボロゾーキンにしてしまう程の実力を発揮するとのことだ。 もっとも、今回はそんな事態にはなることもなく普段と変わりなく切り出した 「3人とも餅を食べながら聞いてほしいのだけど……  単刀直入に言って、経営がちょっとピンチになった」 「ピンチと言われても、赤字はいつものことじゃなかったっけ」 「それでも今日みたくいろいろな人から差し入れもらえますから〜なんとかなるんじゃないのですか〜?」 普段と変わりなく切り出したせいか、姫子の悲壮感は伝わらずのほほんとした答えを返すりるると白リリー。 しかもりるるに至っては餅どころか酒を持ち出してきて一杯飲みながら聞いている。 「うまい。さすがすっきーま自慢の銘酒『パンデモニウム』。程よく甘みが聞いてサイコー」 「甘いのはきっと砂糖を大量に入れてるからですよ〜」 「確かに、二つの意味でその通りではあるんだけど………」 そう言いつつ姫子はちらりと視線を横にずらし、虚空に向かって手を伸ばす。 通常であれば虚空に向けて手を伸ばしたところで何も起きないはずだが、今回はその何かが起きた。 姫子の伸ばした手が途中からぶつりと途切れたのだ。 そして…… 「いたいた。ほら、でてこい」 「あ、あわわわ!!」 姫子の引きぬいた手には餡餅を持った腕をがっしり掴まれている妖精…ルナチャイルドが虚空から現れた。 というか、引きずり出された。 「ちょ、ちょっと何やってるのよ」 「せっかくここまで上手くいってたのに」 「だ、だっていきなり腕を掴まれたからつい…」 ルナチャイルドが見つかったことに動揺したのか、続けてサニーミルクとスターサファイアも出てくる。 なお、この3匹はそれぞれ日と星と月の光を司る妖精であり、その事からこの3匹を三月精と呼ばれている 幻想郷では春告精のリリーや氷の妖精であるチルノと匹敵する有名な妖精だ。 また、そんな3匹の能力は光の屈折を操る能力と音を消す能力、さらに生き物の気配を探る能力であり とくに前二つは目を欺くのに最適とも言える能力だ。 それゆえに近くまで来られても通常では全く気付かないのだが……… 「はいはい、3匹共。喧嘩しない喧嘩しない」 「そーそーまずはこれを食べて落ち着きましょうー」 姿を見られた事に動揺というか、その責任追及を巡って争い始める3匹に向かって餡餅を出しだすりるると白リリー。 だが、それでも3匹の喧嘩は止まらない。 その姿をみて、姫子はふぅっとため息を付きながらコタツへと戻る。 そこへタイミング良く、黒リリーがりるるの空けたパンデモニウムをコップに注いでくれ目の前に置いてくれた。 そんな黒リリーに一言お礼を言いつつ、姫子は半分ほど飲む。 もちろんお礼を言われた黒リリーは嬉しそうというか、顔を少し赤らめているが、 姫子は特に気にすることなく3匹の方をみた。 3匹はりるるや白リリーの仲裁なんておかまいなしにどったんばったんと取っ組み合いのけんかをし始めている。 幸い弾幕り合いにまでは発展しなかったものの、その辺り…… 周囲の事を考えない単純な思考を前にしてなんともいえない気分となった。 もっとも、どの妖精も大体は物事を深く考えずにその場限りな娯楽だけしか興味ない思考を持っている。 だからこそ、3匹もせっかくの能力をちょっとした悪戯や食べ物をくすねる程度にしか活用しない。 決して暗殺とか大怪盗顔負けの価値のあるブツは狙ったりしないので、 姫子やりるるだけでなく大半の幻想郷の住民はこの3匹をそれほど危険視せずに済んでいる。 とはいえ…… 塵も積もればなんとやら 「とにかく、あの3匹に限ったことでないけどいろいろサービスとかで無料提供してるから  浮いた仕入れ費もトントンになってるわけ。わかる」 「(コクコク)」 そううなづくのは黒リリーでりるると白リリーは3匹の仲裁中。 姫子の話は聞いていないようだが、姫子は気にせず話を続ける。 「だからこれ以上出費が増えたら…」 「…増えたら?」 「………りるるとリリー、二人の給料をカットしざるを得ない」 「それは困る〜」 「はい〜カットなんかされたら路頭に迷ってしまいますよ〜」 反応からみて、以外とりるるも白リリーも姫子の話は聞いていたようだ。 二人とも抗議の声が上がる。 「もちろんそこまでは切迫はしてないのだけど、今のままだと……  博麗神社のお賽銭箱みたいな結果が待ってるのは確定的に明らか  そうなる前になんらかの手を打たないと」 「でも、サービスのカットすると今後の付き合いは…」 「りるる〜そんなこと言うと給料カットされます〜」 「あ〜そうだった!ごめん、さっきの発言はなかったことに!!」 「そこまで切迫はしてないからまだ給料カットもしないし、サービスも続行。  そうしないとこっちからの仕入れのサービスも受けられないし…  何より、サービスがなくなると客足まで遠のくじゃない」 そう宣言する通り、この雑貨屋はサービスの良さや親しみやすさで客を呼び寄せている部分が強い。 もっとも一番人を呼び寄せている要因は店員であるりるるの人柄であるのだが、 まぁとにかくこの店はスズメの涙程度の儲けが出る値段で大量に売りさばく事で どうにか店が続けられる程度の収入を確保している。 「それじゃぁ、香霖堂みたく武器を取り扱う?」 「それは駄目。ここはあくまで普通の一般人向けの店で奇人変人はお断りだから」 「「「……」」」 姫子の奇人変人という言葉に対し、りるるやリリー達は何か思うところがあったらしく ものすごい何か言いたそうな表情を浮かべた。 というのも、幻想郷でまともな人格者なんて捜す方が大変と思えるぐらい希少価値な存在だが それ以上にりるるどころか姫子もどちらかといえば奇人変人の部類に入っているのだ。 なので、姫子の発言は思いっきり自分の事を棚に上げた発言でもある。 姫子はそんな空気を感じ取ったのかおほんと咳払いして付け加える 「突っ込みたい事はわかる。でも、私が言いたいのは人外や人外もどきとは違う  あくまで普通の一般人を相手にしたまっとうな商売をしたいのよ。  だから扱う品もあくまで一般人向け」 「でも、その結果が経営難……」 「武器の類は置かないとなると〜何を置いたらいいのでしょうか〜?」 「その辺りを相談しようと思ってみんなにこう聞いているわけだけど  そう簡単に解決案がでるわけないか」 むしろ、そんなあっさり解決案が出るなら苦労なんかしない。 それでも今の現状を伝えておけば数日後にはなんらかの案が出てくると思っていたが…… 「それなら、バレンタインに向けてチョコレートはどうかな〜?」 解決案はあっさりでてきた。 「りるる。バレンタインって」 「うん?2月14日のバレンタインでは一風変わったチョコを売りに出せばどうかなーっと思って」 「ちなみにどんなチョコを?」 「それについては、その時が来るまでお楽しみに」 そうにこやかに言い切るりるるの姿に、姫子は若干の一律の不安がでてきた。 その理由は何かわからない。しかし第6感とも言うべき野生の感が警戒音を発し始めている。 とにかく何か嫌な予感がぷんぷんと匂うのだ。 しかし 「わ〜りるるのチョコですか〜楽しみですね〜」 「うん、楽しみに」 白リリーや黒リリーはりるるのチョコに興味を持ったらしく目をキラキラと輝かせている。 しかも、目を光らせているのは2人だけでなくその後ろの3匹… 三月精も喧嘩を中断して目を輝かせている。 なんとなく嫌な予感がするのはあの3匹が原因ではと思ったが、その証拠はない。 それに、ここは幻想郷だ。 他者の行動に対しての妨害やちょっかいを受けた事によって発するトラブルは1回どころか 5〜6回ぐらい出てくると思った方がいい。 こうなればささいなトラブルの種は目を瞑るのが幻想郷で生きるコツというもの。 「よし、それじゃぁバレンタインのチョコの仕入れはりるるに一任するからよろしく」 「まっかせなさ〜い」 完全に開き直った姫子に自信満々で答えるりるる。 そんな些細なやり取りであったが、のちにとんでもない異変を引き起こす事になるとは……… この時まだ誰も気付かなかった。 そう、書き手本人すらもまだこの時はあんな事態となるなんて……… 思っていなかったのである。 続く