翌日の昼下がり、魔界勢は魔界へと帰るべく旧都と出口に立っていた。 あの宴会後はどうなったかはわからない。 ほとんどの者が途中から記憶が抜け落ちていたからだ。 ただし、現場の惨状や屍の多さからみて壮絶な祭りがおこなわれていたのはわかる。 そんなわけで午前中は宴会に関わった者ほぼ全てが生きる屍と化しており、 午後にようやく動けるまで回復した。 「皆さん、いろいろとお疲れ様でした」 「うん、白蓮ちゃんも忙しい中で見送りありがとう」 「むしろ、こんな忙しい中でよく見送りにこれたよな」 そんな中、数少なく気力が充実している白蓮と神綺とたけちー。 しかもたけちーの突っ込む通り忙しいというのは本当にその通りだと言うのが怖い。 「で、今の状況は本当に大丈夫なの?」 「いえいえ、心配しなくて大丈夫。送迎バスは2台あるので片方が使えなくてもなんとかなります。  それに、空を飛べる皆さんは自力で帰ってくださるだけでも十分助かりますしね」 何事もないように笑う白蓮だが実際笑い話ではない。 あの宴会の後だが、幻想郷への送迎バスの最終便の運転担当だったちゆりは 結局ヤムチャ共々酔い潰れて倒れてしまった。 なので仕方なく苺ジュースだけを飲んでいたおかげで素面だった夢美教授が臨時で交代したものの…… 夢美教授は切れたら躊躇なく地球破壊爆弾みたいなぶっそうなものを使おうとするぐらい破天荒な性格。 そんな彼女が運転席にさりげなく設置されている『緊急用』と称された髑髏マークのスイッチを見逃すわけない。 セクハラがあったのか、それともバス内で宴会や弾幕戦が行われるなどの騒ぎがあったのか。 もしくは両方かもしれないが、なんらかのトラブルで夢美教授がブチギレてしまい、 その結果…………… 運行中に躊躇なくなんらかの髑髏スイッチに手を伸ばした。 幸いにもバスはヤマメが仕掛けていた蜘蛛の巣の上に落ちたらしい。 ヤマメにしてみればいきなりバスが落ちてきたのだからたまったものではないが、 ヤマメの糸がクッションとなったおかげでバスの大破は免れて乗客も大した怪我はなかった。 ただし、当然ながらバスの動力炉と運悪く下敷きとなったヤマメは無事に済んでいない。 そんなわけで、バスの動力炉は完全に沈黙してしまい、 ヤマメも今朝方キスメと共に抗議ついでの治療費を請求しに来ていた。 しかもキスメの桶には包帯だらけのヤマメが占拠していた事もあって キスメの全身が見られるという非常に珍しい光景が拝めたのは余談だが… まぁそんな事があって今迄2台でまわしていた送迎バスを1台でまわす羽目となった。 とくに空を飛べない一般人はバスでしか帰れないので当然バスは混雑となる。 そうなれば、二日酔い気味の最悪な体調で空を飛ばされる者には厳しいものがあるものの、 空が飛べる人妖は飛べない一般人のために自力で帰る選択を取るのが必然だ。 大体の人妖も事情はわかってるので、 ぶつくさ文句言いつつも自力で帰る事に意を唱える者は今のところ誰もいなかった。 「じゃぁ本当にお疲れ様。また機会あったら遊びに来るよ」 「えぇ、温泉の方は今日で契約切れなので新たに契約結ぶまでお預けですけど  命蓮寺の方はいつでも開放してます。  神綺様でなくとも誰でも歓迎してますのでいつでもいらしてください」 「ありがとう。じゃぁ遠慮なくすぐにでも…」 「それは勘弁してください。仮にも魔界神なのですから気軽に魔界から離れられると困ります」 「もー夢子ちゃん堅いなぁ。もっと柔軟にならないと」 「堅くて結構。それより……いえ、なんでもなりません」 「…?何かわからないけど、まぁいっか。じゃぁ帰るね。白蓮ちゃん」 神綺を見つめながら、その続きを言わなかった夢子に不信感はあったものの、 大したことはないと思って神綺は何も言わなかった。 特に突っ込むことなく、ふわりと宙を浮く神綺。それに伴って周囲も宙を浮く。 ユキとマイは旧都のお祭りにまだ未練があるようだったが、 そんなわがままにはさすがに付き合えないのではくどうに論されてしぶしぶだが従っている。 ちなみに魔界勢の中で唯一の一般人の永久だが、意外に彼も空を飛ぶ能力はあったようだ。 その原因は魔力を高める瘴気が漂う魔法の森や魔界に出向く機会が多かったせいか、 はたまた魔法実験に付き合っていたせいか、原因はわからないが、 気付けばほんの僅かながらも魔力を持つに至っていたようだ。 ただ、さすがに弾幕戦までは行えないものの空を飛ぶ程度なら問題はない。 後、一緒に帰るのは魔界勢だけでなく魔理沙やエリンギ、パチュリーと小悪魔、 ついでにいえばやみなべとカナ、小傘もこっそりとまぎれていた。 ただしレミリア達は温泉で暴れたこともあって後片付けに駆り出されているのでこの場にはいなかったが、 フリーであった面々は次々と幻想郷へと向かって飛び立っていく。遅れじと神綺も飛び立とうとするそのさなか。 「あー神綺様お待ちください」 不意に白蓮から声をかけられた。それに振り向く神綺。 「ん、まだ何か用?」 「…いえ、やっぱりなんでもないません」 白蓮も夢子と同じように何か言いだそうとしていたがやはり同じくこの先は何も言わなかった。 さすがに二人も同じ態度を取られると微妙に気にはなるが…… 「おーい神綺。何やってるんだー」 「あーごめんたけちー、今すぐ行くからー」 たけちーに呼ばれて、白蓮をちらっとみただけですぐにたけちーの後を追いかけていく。 そんな様をみて白蓮はくすりと笑う。 「神綺様。何事にも永遠はありません。  何事にも有限があるからこそ、その瞬間を大切にできます。  失った時はもう二度と取り戻せませんが、今を楽しむことはできます」 そうつぶやく白蓮の視線の先には…… 憎まれ口を叩くたけちーとぷんすか怒る神綺が二人仲良く手をつないでいる姿があった。 白蓮はその後ろをずっと眺めていたかったのだが…… 「また喧嘩だー!!しかも相手は鬼と天人だぞー!!」 「まずい!!地震を起こす前にあの天人を沈めろって……」  雷落としたのは誰だー!!」 「今度は火事だー!!落雷箇所から火がでたぞー!!!」 「親父…じゃなく、水だー水もってこーい!!」 どうやらのんびりと感激の暇すら与えてくれないようだ。 それほどこの鬼の国は騒がしかった。 次々に生まれるトラブルに少なからずうんざりをしていたが、皆そんな騒ぎにあっても楽しそうにしていた。 「聖姐さんーさとりさんが呼んでますので至急地霊殿まで来てくださいとのことですー!!」 「わかりました。すぐに向かいますので騒ぎの方は一輪に任せます」 「そう思って現場にはすでに雲山を置いてきましたのでご安心を」 その後現場では“本当に親父が来るな―!!”とか “地震・雷・火事・親父がそろったーー!!” なんていう突っ込みと共に新たな騒動の火種になっていたのは余談として…… 人妖わけ隔てなく、皆で共に笑いあえる地…… 外の世界で失ったモノが集う東の果ての地。 その一角である旧都の鬼の国。 そこもまた幻想郷である。 “私は幻想郷で昔とは違う新たな幸せを手に入れました。  今度はその幸せを長く保つのではなく、今の瞬間を楽しむことにします。  なので神綺様も…いつかくる終わりの時が来ても後悔しないよう今の幸せを存分に楽しんでください” 神綺の幸せは何かわからない。 そもそも、神綺が何を思って…… 何を願って魔界を創ったかはわからない。 もしかしたら決して求めてはいけないモノを手に入れようとあがいた結果が“魔界創造”だったのか…… 今となっては知るよしもない。 しかし、わかるのは一つある。 魔界もまた、“幻想郷”の一つであるということだ。 幻想郷は外の世界で幻想となったもの、忘れ去られたものが流れ着く。 遠い昔、神綺が魔界創造によって置き去りにしてしまったもう一人の“魔界神” 本人すらも落とした事に…… 失った事すらも忘れてしまった“魔界神”の欠片は…… 今、幻想郷というシステムによって再び巡り合わせてくれた。 その偶然が生み出した奇跡が示すように……… 長い間止まっていた“魔界神”の時は静かに動き始めていたのだった。 終わり?