温泉内で突如わき起こった半径1キロ前後は荒野と化しそうな大爆発。 通常であれば、周囲にいた者は爆発の余波で吹っ飛んでもおかしくないほどの威力があったのだが… こういう時のために仕掛けを施していたのか、周囲には余波がほとんど広がらなかった。 おかげで爆発での怪我人は紅魔館組以外で全く出ていない。 一般人筆頭である永久にさえかすり傷一つ負わせないその効果はすさまじいものがあった…が こんな状況でのんびり湯船に漬かっていられるほど皆の神経も豪傑でない。 よって、皆そそくさと温泉から撤退を始めていた。 思わぬ形で温泉から上がった一行。 備え付けの浴衣に着替えて次に迎えるものは、宴会である。 「皆さん、ようこそお帰りくださいました」 成り行きでさらに取り巻きの増えた魔界ご一行の団体が宿に戻るなり、礼儀よく膝をついて頭を垂れる影。 その態度に最初こそびくっと身を引いて驚いたが、神綺にはその正体がすぐにわかった。 「あー白蓮ちゃん。やっと会えた」 「えぇ、こちらに来てたのはわかってはいたのですが、  いろいろとあって挨拶が遅れてしまって申し訳ないです」 そうやって本当に申し訳なさそうに謝るする白蓮。 最初だったら冗談半分に何か嫌味でも言いそうであったが、今は違う。 レミリアからトラブルだらけという裏事情的な話を聞いているため普通にねぎらうこととした。 「いいよいいよ。そっちもそっちでいろいろとあったもんね」 「そうです。いろいろ…と、ありましたよね」 手で口元を覆って誤魔化してはいるが、 かすかに響く笑い声からして白蓮は例の鬼ごっこの事を言ってるのだろう。 まぁあれだけ大騒ぎを起こしたのだ。 当然ながら白蓮の耳に入ってきてもおかしくない。 また、白蓮に釣られたのか実際に現場を見た面子もくすくす笑い始める。 その態度に神綺はむっとする。 「ちょっと何よ。皆して笑うなんてサイテーよさいてー」 「ごめんなさい。でもわかってますから気にしなくていいです」 白蓮は神綺の機嫌を取るように付け加えるが一体何に対してわかってるのか…… 直感的に絶対勘違いしてると神綺は察したが、これ以上突っ込んでも泥沼にはまるだけだ。 なので、神綺は不機嫌ながらも特に気にしないようにふるまった。 「まぁそれはさておいて浴場ですごい爆発音が響いたのですけど……皆さんお腹空いてますよね。  何があったかは現地のスタッフから聞くことにして、食事にいたしましょうか」 「うん、そうして頂戴。  あの騒ぎは紅魔館の皆が発端で私達はただ巻き込まれただけだし  事情聴取はレミリアちゃんが最適だと思うしね」 「わかりました。後でレミリアさんから聞くとして、皆さんはこちらへどうぞ」 そう言って白蓮自らが案内される部屋の襖をあけると…… そこには酒池肉林を思わせるごちそうがずらりと並んでいた。 あまりにもな光景にいろいろと度肝を抜かれた一行に白蓮はにこりと笑う。 「神綺様には封印中にいろいろとお世話になりましたからね。  なので遠慮せず食べていってください。もちろん皆さんもご一緒に」 「そうこなくっちゃ」 その言葉を待ってましたとばかりに部屋へと入る面々。 もちろんそれは魔界神ご一行だけではなく魔理沙やパチュリーといった部外者も一緒だ。 さらに部屋には勇儀やちゆり、こいしと序盤に出てきた面子の他にも さとりやお空、夢美と運営に関わっていた者達も席に座って魔界神を待っていたようだ。 「よーし、主役が来たなー!じゃぁ早速飲むとするかー!!」 「それはお前だけだぜー!!私はまず食う」 「っていうか、もう食べる!!」 勇儀達もずっとお預け状態だったので我慢の限界だったのだろう。 魔界神一行が席につく前にはすでに箸が動いていたし、 他も腹ペコだったせいか席に着くなり料理を食べ始める。 「はふはふはふ…」 「むぐむぐむぐ…」 「ほら、ユキにマイ。料理は一杯あるんだから慌てて食うな」 「料理もパワーだ。アリス、さっきの本の権利をかけて今度は飲み勝負だぜ」 「魔理沙!何勝手なこと言ってるのよ。あれはもう私のもので…」 「勝負は3本勝負よ。つまり、2本先制しないといけない…ってことに今決めたわ」 「パチュリーも、勝手に決めるなー!!」 「なら、アリスの不戦敗で決まりだな」 「小悪魔の言うとおり、今日は無礼講なんだし。女なら勝負しな」 「こぁーにエリンギさんも煽らないで止めてよ」 「……と、とりあえずアリスさん頑張れ」 「あの…ナイト君。私、温泉に入ってからの記憶ないのだけど何か知ってる?」 「鈴仙さん。それは…キットノボセタダケデスヨ」 「すきま、この料理美味しいですね。今度レシピを教えてもらいましょうか」 「あぁ、でもせっかくだからサンプルとしてこのタッパーに……って神綺様どうしました?」 皆料理に夢中な中にあっても堂々と料理をタッパーに詰めていたすきまだが、 神綺の箸が止まっていることに気付いて声をかける。 しかも、神綺はすきまに声をかけられたことすらも気付かずぼーっと上の空である。 “貴女の言うやりきれない思いって何なのかしら?” レミリアに言われた言葉がずっと頭に残っていた。 その事で真っ先に思い浮かべたのはたけちーの事である。 たけちーは外の世界で生まれ育った人間だが、雷神とも呼ばれている神『たけみかづち』の子孫でもある。 そして、『たけみかづち』の一族は代々雷神である『たけみかづち』の力を受け継ぐしきたりがあった。 一族の中で器としてふさわしい者が『たけみかづち』の力を宿す“現人神”となるのだ。 その8代目の継承者である『たけみかづち』はある日、忽然と魔界へと流れついた。 その経緯はわからず、8代目も気付けば魔界にいたそうだ。 ただ、彼は魔界や神綺を気に入り、その後は魔界の神綺の屋敷に居着く事になった。 当時はその事に対して疑問も持たず、ただ『たけみかづち』を家族同然な扱いで長い間共に過ごした。 一体どれぐらい共に過ごしたのか覚えてないが、そんな彼も数年前に寿命で死を迎えた。 いくら“現人神”であろうとも『たけみかづち』の力を宿した人間はあくまで人間。 決して不死にはなりえない存在なのだ。 そうして、一族の掟に従ってH代目の継承者として選ばれたのが…今の『たけちー』である。 もちろん、彼も『魔界』へと流れついた。 ただし、H代目は8代目とは経緯が違った。 8代目は偶然たどり着いただけであって外の世界に戻る選択もあったのに対し、 H代目は選択する余地すらなく…… 何かから逃げるようにして魔界へとたどりついたことだ。 今の外の世界は人外の存在を許さない。 たけちーが『たけみかづち』の子孫であり、雷神の力を受け継ぐにふさわしい器であった……… ただ、それだけの理由で彼は人間でなくなった。 いや、正確には人間ではいられなくなった。 外の世界が彼を人間として存在させることを許さなかった。 だからこそ彼は“人外”の存在として、外の世界での居場所を失って流れ着くしかなかった。 外の世界での居場所を失った者が訪れる最後の楽園、幻想郷へ…… もちろん、たけちーも幻想郷で暮らす選択肢はあった。 特に今の幻想郷はたけちーのような経緯を持つ者が多数いるので、忌み嫌われる事はまずない。 しかし、先代は魔界で暮らしていたという縁もあり、 たけちーは魔界を自分の住む世界として選んだ。 その後もたけちーは先代と同じく、 神綺に家族同然の仲で迎えられて共に暮らす事になったのだが……… “そういえば、今の『たけみかづち』ってなんで『たけちー』なんて呼ぶようになったんだっけ……” 神綺は人の名前を呼ぶ時に必ずと言っていいほどちゃん付けをする。 例え相手が年上…といっても実際年上なんて数えるほどしかいないのだが、 とにかく誰であろうともちゃん付けだ。 もちろん8代目も『たけちーちゃん』と呼んでたが、今のH代目だけはちゃん付けしない。 その理由は本人が嫌がったのが直接的な原因ではあるものの、 嫌がられる事は他からも多数出ている。 しかし、結果的にたけちーのみが唯一ちゃん付けで呼ばない存在となっているのだ。 一体それはなぜか…… 神綺はぼんやりとだがいろいろとたけちーについて考えてはいたが、 さすがにすきまと夢子の二人が横から凝視されていたら、 いくらにぶちんでもその視線に気付く。 「ん、夢子ちゃんすきまちゃん。何か用?」 神綺は二人の方へ振り向くが、いきなり振り向かれたから二人はびくっと身を震わせて驚く。 「いえ、用ってわけではないのですが……」 「ただ、何かぼんやりとしてて神綺様らしくないなーっと」 「そ、そうかなー。私は元気だよ。ほら、料理だって美味しいし…ね」 あくまで何事もないように神綺は料理に箸を付けていくが、その動きはぎこちない。 しかもどこか無理しているのが見て取れるので逆に痛々しく思える。 そんな神綺を前にした夢子は、不意ににやりと笑う。 その笑みはまるで悪戯を思いついた小悪魔のような笑みだ。 夢子がそんな笑みを浮かべるなんて珍しいのだが、 酒や場の勢いが気分を高揚させているのだろう。 口の中で小さくごめんなさいっとつぶやきながら……… 神綺が手を付けていた味噌汁のお椀を下からさりげなく払いのけた。 「あつっ?!」 払いのけられて取り落としたお椀はそのまま中身を神綺の膝に落とした。 しかも熱かったようで神綺から悲鳴が上がる。 「ちょっと何するのよ夢子ちゃん!!」 「申し訳ございません。奥の料理を取ろうとしたら当たってしまったのです。  お怪我はないでしょうか?」 大根役者を思わせるようなわざとらしい夢子の弁明。 それが本気の演技かどうかはわからないものの、こんな演技ではいくら神綺といえでも騙せない。 神綺はぷんすかと怒る。 「謝って済むと思ってるの。大体…」 「お小言なら後で聞きます。ですが、今は着替えてきた方がいいのではないですか?  着替えは部屋にあると思いますので一度戻られた方が……」 大根だが淡々とした口調でそう言い切る夢子。 それを聞いて下を見れば確かに味噌汁を派手にこぼしたせいで濡れてしまった。 一応、ふきんで拭きはしたけどシミにもなるので放ってはおけない。 「じゃぁ着替えてからみっちりお小言よ。待ってなさい!」 「あー神綺様ストップ。部屋へ戻るならついでにこれとこれと後これも持っていってくれませんか」 立ち上がって部屋へ戻ろうとした神綺を呼びとめるすきま。 しかし仮にも主であり神でもある神綺ををパシリに使おうだなんて度胸があるにもほどはあったが、 神綺は特に嫌な顔をしなかった。 「これは……そう、わかったわ」 嫌な顔どころか、思った以上に明るい声ですきまからそれらを受け取る神綺。 そのまま目立たぬよう、部屋からそっとでた。 それらを見送った夢子とすきまはふぅっと一息をついた。 「すきま、ナイスです」 「夢子こそ、いきなりあんな手段を取るとは結構大胆だったな」 「神綺様を思ってです。それより…上手くいくといいですね」 「ここまでやったんだから絶対上手くいくさ…たぶん」 「たぶん…ですか」 「そう、たぶん」 お互いたぶんを強調するように言いあう夢子とすきま。 それは神綺を全く信用しきってないことの裏返しだが、まぁ本心ではそんなこと思ってないのだろう。 なければあんな行動を取ることをしない。 「はっはっは、一番ちゆりー!!鬼殺し一気飲みいくぜーー!!!」 「ちょっとちゆり!!今日はまだバスの最終便の運行があるんだからお酒飲むんじゃない!!!」 「大丈夫ですよ夢美教授!!いざという時が俺が代わりに…ヒック!」 「ヤムチャー!貴方はすでに酔っ払いでしょうが!!」 「それこそ大丈夫だ!なにせここは幻想郷、道路交通法なんて野暮なものは存在しないZE!!」 「交通法はなくても飲酒運転はあるわよーー!!!」 苺ジュース片手で叫ぶ夢美の突っ込みにある種のフラグを予感させている宴会場を後にした神綺。 二人はそんな神綺に向かってぐっと親指を立てつつ、心の中で成功を祈った そんなこんなで宴会場からこっそり抜け出す神綺。 彼女はそのまま小走りに階段を上がって部屋へと戻っていた。 暗闇と静寂に包まれた和室。 光源は開け放った窓から漏れる外の光のみで、しかも窓から吹く風がやけに冷たかった。 外は熱気に包まれているのに、なぜか冷たく感じる…… とりあえず、着替えるにしても灯りがなくては暗くて何もできないので テーブル上に置かれていた備え付けのランタンに火をともす。 火を灯したランタンから漏れる淡い橙の光が部屋を照らしはじめた。 同時に、そのランタンの光を遮る影が窓際に一つ浮かび始める。 「よ、神綺。やっと帰ってきたか」 灯りに気付いたのか、影は手を窓から垂らしながら壁にもたれかかる格好で残った手をあげる。 それをみて神綺はほっとした。 「たけちー起きてたんだ。体調はもういいの?」」 「んー永琳先生からもらった酔い覚ましの薬を飲んだおかげでこうやって起きれるまでにはなった。  ただ、起きたら永琳先生だけだったのはびっくりしたけどな」 「ごめんね。私としては一緒に残ってあげたかったけど永琳先生にほぼ無理やり追い出されて…」 「その辺の事情は永琳先生から聞いたから大丈夫だ。大丈夫なんだが………」 たけちーは台詞の途中でどもった。 その理由は永琳から聞いた事情によるものだが、一体永琳はあの一件をどうやって説明したのか… もしかしたら、とんでもない勘違いをしたまま事情を話していたのかもしれない。 そう思うと、とたんに神綺は気まずくなりこの場から逃げ出したくなる感情に襲われる。 「それで、温泉の方はどうだった?」 そんな空気を読んだのか、たけちーはあえてその事に触れずに何事もなく別の話題を振った。 「え、あっと〜ま、まぁ気持ちよかったかな。それよりお腹すいたでしょ。  これ宴会場からもらってきたから一緒に食べよ」 神綺もその気遣いに合わせ、あの一件にあまり振られないようすきまから渡されたもの 一通りの料理を詰めたタッパー各種とジュースとコップを取り出した。 もちろんタッパーはすきまがお持ち帰り用にと詰めていたものである。 それらをみたたけちーはつい感激の声が上がる。 「ほー神綺の癖して気が効くな」 「そんなこというと取り上げるよ」 「わー冗談だ冗談!謝るからやめてくれ」 ついでにでた余計な一言のせいでタッパーを取り上げるそぶりをみせる神綺にたけちーは慌てて謝る。 そんな姿に神綺はくすりと笑う。 「私も冗談だよ。じゃぁ一緒に食べようか」 外から漏れる提灯の光と祭り音頭。 そこに並べられたのは残り物を思わせる質素な料理とオレンジジュース。 決して豪勢ではないのだが、二人にはそれだけで十分であった。 「おいしいな」 「うん、おいしいね」 たけちーにとって宴会料理を食べるのはこれが初めてであるが、 神綺はついさっきまで同じものを食べていた。 だが、今食べたものは宴会場より美味しく感じられた。 味だけでなく、心までも満たされる…そんな味であった。 神綺はちらりと横目でたけちーをみる。 たけちーは料理に夢中で神綺に見られていることに気付いてないので神綺はそのままずっと見続けている。 たけちーが来てから、神綺は変わった。 その事は従者である夢子や娘であるアリスの言葉からでも証言できるほどの変化であり、 自分自身でも実感はできている。 その証拠にたけちーだけは『ちゃん付け』を行わない。 最初に出会った時に一度ちゃん付けして以来、一度もない。 もちろんたけちーを怒らしたら怖いという事もあるが……… それを抜きにしても彼をちゃん付けにしようと思わなかったのだ。 「ん、どうした?神綺」 じっと見られてたのに気付いたのか、たけちーが箸をくわえつつ神綺をみる。 「いや、別に」 神綺は驚いてとっさに目をそらす。 その態度にたけちーは変だとは思ったものの、神綺が変なのはいつものことだ。 そう思って特に気にしないことにした。 「そ、それより続き続き…ってあるぇ?」 それにならって神綺も続きを食べようと箸を伸ばしたら…何もなかった。 タッパーの中身は全て空っぽとなっていたのだ。 それをみてたけちーは悪気なくつぶやく。 「あーもう全部食べたぞ、ごちそうさま」 「ちょ、全部食べちゃったの?!まだ私全然食べてなかったのに」 「のんびり食べてた奴が悪いんだよ」 怒る神綺に対して反省どころか開き直るたけちー。 その光景はいつもどおりであり、いつもの日常だ。 しかし、ついさっきまではその日常がなかった。 一瞬とはいえ、日常が日常ではなかった。 そんな日常を取り戻した神綺は怒りながらも内心ではほっとしていた。 「ってなんだよ、怒ってるのか笑ってるのか泣いてるのかどっちかにしろ」 「…え?あれ??なんでだろ…」 突っ込まれるまで気付かなかったが神綺は怒りながらも顔は笑っており、しかも泣いていたのだ。 自分でもわからないこの現象に神綺は戸惑うばかりだがそれ以上に戸惑うのはたけちーだ。 自分が倒れたことで神綺にこれほどまで心配をかけさせるとは思ってもみなかった。 とくにこうやって宴会料理を持って一人戻ってきたということは 宴会を途中で抜け出してきたのだろうと今更ながらに気付いた。 そんな健気な神綺を改めてみる。 ランタンの小さな光に照らし出されるその顔はガラス細工のようなもろさを感じさせる顔立ちだ。 ふとした拍子に壊れてしまう… それほどの儚さを持つ顔に思わずドキリとさせられてとっさに目をそむけようとして、 神綺の浴衣が汚れているのに気付いた。 「お前、その浴衣の汚れはどうした」 「あ、そういえば味噌汁こぼしちゃってたんだっけ」 神綺も神綺でたけちーに突っ込まれるまですっかり忘れていた。 それを聞いてたけちーは半分呆れたが、それを見てふと頭の中にある考えがよぎった。 ただ、それを実行に移すにはいささか勇気はいるが、これだけ心配かけさせたのだ。 ここで動かねば男ではないっと覚悟を決め…… 「じゃぁ、これから温泉にでも行くか」 「…へ?」 いきなりのたけちーの提案。 最初は何を言われたのかわからずきょとんとする神綺にたけちーは頭をかきながらめんどくさそうにぼやく。 「だから温泉だよ。元々ここへは温泉へ入りに来たんだしな。  それに味噌汁こぼして汚れたならもう一回入るのもいいだろ」 「でも、それって……」 やはりまだ意味がわかってないのか混乱中の神綺にたけちーは大きな溜息を吹く 「わからない奴だな!背中の流し合いをやらしてやるって意味だよ!!」 逆ギレ気味だったがついに言いきった。 混浴の温泉でその台詞はある種の告白に近いほどの意味だ。 それだけにたけちーはなるべく向こうから察してもらいたかったが、 神綺にそんな高等技術は無理だった。 なので、ど真ん中の直球ストレートのついでに上から目線で投げかけたその言葉に神綺は戸惑いを持ったものの、 次の瞬間頭の中ので何かがはじけた。 レミリアに言われた言葉の意味がやっとわかったのだ。 気付けば『たけちー』はいつもそばにいた。 すぐそばには『たけちー』がいる… そんな日常が崩されたからこそ感じた虚無感… そして、一度は失った日常だからこそ、今まで気付かなかった真実に気付いた。 “やっとわかった。思いだした……  たけちーは……あの『みーちゃん』の生まれ変わりだったんだ……” 本当にそんなことがありえるのかはわからない。 あまりにも非科学的で突拍子のない話な上、確かめようのない事実だが…… 神綺の『魔界神』としての魂は確信していた。 長い間離れ離れになっていたもう一つの『魔界神』の魂の結びつきを…… それがわかった瞬間、神綺は思い出した。 まだ人間であり、魔界神となる前からの幼馴染であったみーちゃんもまた『たけみかづち』の子孫であり、 『たけみかづち』の力を受け継いだ“現人神” その時のお祝いのプレゼント希望が『たけちー』という名前である。 決して『ちゃん付け』をしない、ただの『たけちー』として呼ぶ名前。 神綺は当時から創造を司る力を持っており、 そのためか人でありながら神である“現人神”のように崇められた。 もちろん神綺は崇められる事を嫌がってはいたが、 彼女へ寄せられる信仰の力は増えるばかり。 よって神綺は自分の意思とは関係なく次第に精神を歪められていった。 その歪みが相手の名前に『ちゃん付け』してしまう癖となって現れてたが…… たけちーは後天的とはいえ、“現人神”となった。 とくに、たけちーは“現人神”となる前から神綺に対してぞんざいな態度を取っていた。 “現人神”である神綺を前にしても恐れることなく上から目線にずけずけと物を言うだけでは飽き足らず、 実際に手を出すというまさに神をも恐れぬ態度をとり続けていた。 そんな周囲とは違う態度をとる彼に神綺は惹かれており、そんな彼が“現人神”となることで 真の意味で同等の存在となった。 それから二人の生活は一変した。 共に“人”でも“神”でもない“現人神”となった二人は強く惹かれあった。 特に神綺にとっては、自分を何の色眼鏡なしに見てくれる絶対無比の存在として……… ただの神綺としていられる在り所として…… いつまでもたけちーのそばに居たいと願った。 しかし、運命は許さなかった。 別れが前触れもなく突然訪れた。 神綺は信じられなかった。 いや、信じたくなかった…… だから、神綺は禁句を犯す。 禁断の果実に向かって手を伸ばし……… そして、神綺は…………… たけちーの“死”という悲しみの“真実”を封印し…… 『魔界神』となった。 魔界を創造した神綺は表面上何も変わらなかったものの、たった一つ変化があった。 それが『消去』に対しての恐れである。 いくら記憶に封印をほどこしても、心の中にぽっかりと空いたスキマを埋めることはできなかった。 その心のスキマはトラウマとして神綺の精神を蝕み続け、 やがて『消去』への恐れとして表面に現れた。 よって、神綺はまるで呪縛を受けたのごとくただ漫然と『失う』事に対して恐れ続けてきた……… しかし、たけちーは決してそんなことを望んでいなかった。 いや、“今”の自分を“あの”たけちーがみたら怒るだろう。 それこそ、頭にあるアホ毛を引き抜こうと言わんばかりの勢いで烈火のごとく、怒るだろう。 形あるものはいずれ失う。 失うからこそ、人は新しく創る。 死があるから生となり、生があるから死もある。 かつての神綺はその法則に乗っ取って魔界を創造した。 死を乗り越えたその先にある生を……… 過ぎ去りし幸せの日々を取り戻すのではなく、 新たな幸せを描ける未来を創るために…… たけちーは現人神といえども寿命を持ち、いつか死を迎えるだろう。 だからこそ、後悔したくない。 いつの日か訪れる別れの日のために…… その瞬間を後悔せずに迎えるためにも……… “あの日”と同じ失敗を繰り返さないためにも……… 今この瞬間を大切にしよう。 「うん」 そう決心ついた神綺は、気付けばたけちーに面と向かって満面の笑顔でうなづいてた。 強い意志が込められた神綺の笑顔。それに釣られ、たけちーもふっと笑う。 「よし、なら善は急げ。今から急行だ!」 「だね、下手すると温泉閉まっちゃうかもしれないし急がないと」 手を繋ぎ、窓から空へと飛び出し祭り太鼓が響く鬼の旧都を駆け出す二人の『魔界神』 そして、そんな『魔界神』を祝福するかのように見守る三つの影。 「ふふふ、どうやら上手く言ったようですね」 「俺としては修羅場をみたかったけどあれはあれでいい…のか」 「そういうこと。終わりよければなんとやらよ」 その影は夢子とすきま、永琳である。 三人とも思いっきり影からデバガメをしてたようだ。 もっとも、ブンヤとは違って窓から様子を伺う程度であったので二人がどんな会話をしてたかは知らない。 そこまで踏み込むほど野暮ではないのだ。 雰囲気だけで察するしかないのだが、二人手を繋いで空を飛ぶ姿をみて疑う余地はない。 「しかし、永琳さん。のぞき見だなんて貴女もいい趣味してますよね」 「それはお互い様じゃない。大体二人共こそこそと部屋を伺ってて最初は一体何事かと思ったわよ。  結果的にはこうやって面白い場面を遭遇できたわけだから感謝してるんだけど」 「感謝は私もです。あの二人でいろいろ迷惑をかけましたことですし……  せっかくですから二人を祝って一杯やりませんか?」 「あら、気が効くわね。うちの弟子にも見習わせたいぐらいだわ」 「さすが夢子っと言いたいところだが、その酒…どこから取り出した?」 「企業秘密ですよ、すきま」 一升瓶をかかえてにっこり微笑みながら言いきる夢子。 その笑顔には妙な威圧感があり、すきまはこの先何も突っ込むことができず黙るしかなかった。 もっとも、永琳は何か気付いてるようだがあえて気付かない振りを杯を受け取っている。 それを見たすきまもこれ以上突っ込むのは野暮と感じて気にせず杯を受け取った。 「では、二人の神に乾杯」 宴会場の方ではついにというかやっぱり弾幕音が響きわたっていたが、それも風流。 三人は時折響く悲鳴と撃墜音をBGMとして耳に傾けつつ、たわいのない雑談…… 主に各々の主人に関する愚痴をこぼしあいながらのささやかな酒盛りを楽しんでいた。 続く