白蓮から温泉ツアーの招待を受けた魔界神ご一行。 さすがに“混浴”という言葉に引っ掛かりはあるものの、温泉自体に興味はあるということもあり、 ツアーに誘われたはくどうやアリス、永久といった面子はとくに問題なくツアーへ同行することとなった。 そうしてやってきたツアー当日。いろいろな思想を抱えた魔界神ご一行はバス発着所となる人里の離れ。 正確にいうと、酒場『スカーレットバー』前へと到着した。 「温泉ツアーといえばバスで移動が定番とはいえ、まさか幻想郷でもそれを再現するとはなぁ…」 たけちーは酒場前にて停まっているバスを見て感心するようにうなづく。 その外見は外の世界で散々見慣れてきた大型のバスだ。 もっとも、幻想郷だから細部で違うとこはあるものの見た目は完全同じである。 「へ〜これが旧都まで連れてってくれる乗り物の『バス』なんだ」 「宿っている力は魔力でもエレキでもない。動力炉はどうなのか気になる」 ユキやマイはバスが珍しいのか、近くまでよってあちこち触っている… だけでは飽き足らず下にまで潜り込もうとしている。 当然、そんなことしたら服が泥だらけになるので普通は止めるべきだとは思うが、 保護者の神綺や夢子、はくどうは特に止めない。 「とにかく、やっと着いたね〜」 「朝早くに出たとはいえ、やはり幻想郷まで出向くと時間はかかりますね」 「そうだよね〜でも、夢子ちゃんが早起きしてくれればもっと早く着いてたのだけど」 「……もうしわけございません」 楽しそうにバスを探っているユキとマイを見守りつつ伸びをしながら突っ込む神綺の言葉。 それに同意するかのように受けた周囲の視線に対し、申し訳なさそうに謝る夢子。 「ま、まぁ夢子にしてみれば今日は頑張った方だから別にそこまで攻めなくてもいいんじゃないかな」 「そうはいっても、今はすでに太陽が真上ですがね。すきま」 そんな夢子に対してフォローを入れるすきまだが、それを不機嫌気味に一刀両断するはくどう。 まぁ彼にしてみれば夢子の寝坊のせいで魔界と幻想郷を繋ぐ門の前で待ちぼうけをくらわされたのだ。 機嫌を悪くしていても仕方ない。 「もうしわけございません。今から酒場の方で豆腐をもらってきます。  そして、豆腐の角に頭をぶつけてきます」 「ちょ、そこまで思いつめるな!」 「そうよ!!いくらなんでも死ぬなんてだめ!!!」 「すきまに神綺様、放してください!みなさんに迷惑をかけた罪は死で持って償います!!」 「それはいいんだがどうやって豆腐の角で死ぬ気なんだ…?」 半分自暴自棄になった夢子を必死に止めるすきまと神綺だが、 それを焦ることなく淡々とした口調で突っ込むはくどう。 もちろんこのあたりのやりとりは魔界神ファミリーでは日常茶飯事だ。 ただ、大半は神綺の暴走だがユキやマイに夢子というパターンもある。 むしろ、夢子が暴走するパターンは非常に珍しいのではくどうは好奇な目でやりとりを見守っていた。 「あ〜皆さんは魔界神ご一行ですか〜?」 「ん、あーそうだが」 そんなやりとりの中、不意に後ろからかけられた声に応えながら後ろを振り返るはくどう。 その視線の先には… 「やっぱり。全然来ないからって白蓮って人が心配してたよ。  とりあえずようこそ、旧都地獄温泉ツアーへ」 『旧地獄温泉ツアーへようこそ』という旗を持ったいつもどおりな服装のこいしがいた。 しかも、ぺこりと一礼と同時にばっと両手と片足をあげた通称『あらぶるグ○コのポーズ』を取る。 「あれ?みんなどうしたの」 呆然と立ち尽くしている魔界神ご一行を見つめていたこいしが沈黙を破るかのように声をかける。 その声にはっと我に返る魔界神ご一行。 「あーすまん。あまりにも似合いすぎて」 「やっぱり?なんかツアーに来る人から毎回言われてるんだけど」 確かに、元々のこいしの服がバスガイドに似ているということもあるが それ以上にポーズが違和感無さ過ぎである。 とりあえず、はくどうとたけちーはまず何から突っ込むべきかと迷っていたところに 今度は待合所となっている酒場の方から声がかかってきた。 「あーお母さん達やっと来たのね」 「ん、その声はアリスか?すまん、ずいぶんまたせ……」 声の方向へ振り返るたけちーであるが、その次は続かない。 もちろん続かないのはたけちーだけでなく他も同様で、全員の時間が止まったかのように停止していた。 それもそのはずだろう。何せ今のアリスは……… ろりすの姿だったのだから。 「アリス。その姿は一体……」 こいし以上の衝撃を受けたたけちーは驚きつつも、当然の言葉を発する。 それに対し、となりにいた同じく幼児化している永久がいきなり平謝りしながら叫んだ。 「ご、ごめんなさい!アリスさんがああなったのは僕のせいで」 「違うわよ、永久。この実験を提案したのは私だし、その結果がこれなんだから」 「でも、もとはと言えば…」 「違う!もとはといえば……そう、魔理沙のせいよ!  私は魔理沙がやらかした悪戯の後始末をしてるだけなんだから……勘違いしないでよね!!」 「一体何に関しての勘違いなんだ」 「俺に振られてもわからんぞ、たけちー」 アリスと永久の痴話げんかなのかじゃれあいなのか判別のつき辛いやりとりをみて やっと我に返ったたけちーは問いかけるものの、即座に首をふるはくどう。 「とりあえずわかることは永久の幼児化する体質を治す薬の調合か実験を行おうとした結果、  失敗したどころか反動でアリスが幼児化してしまったと予測できるぐらい…か」 しかし、はくどうの方はたけちーよりも冷静だったようだ。 すぐに状況を分析して論理的な予測を立てた。 そのあたりの分析力はさすが幻想郷内で屈指のギャンブラー。 説得力ある予測に皆はすぐに同意するのだが、 「そ、それよりアリスちゃん元に戻れるのよね?!」 「そこまでは知らん」 アリスの姿を見たと同時に焦る神綺の問いには、容赦なく一刀両断で切り捨てるはくどう。 もっとも、その言葉は寝坊したという夢子へ向けられた言葉ほどきつくはないものの、 神綺には十分すぎるほどの破壊力だ。 「そ、そんな…アリスちゃんが子供に戻っちゃうなんて、悪い呪いをかけられたに違いないわ。  きっとアリスちゃんはこのままどんどん若返って生まれてきたことすらなかったことに………」 その言葉にガーンとショックを受けた神綺。 同じように負の空気をを纏いながら隅っこでうずくまっている夢子のとなりで とんでもない方向へと妄想を広げはじめる。 「ま、まぁアレの事はおいといて実際はどうなんだ?」 そんな二人を適度に無視しつつアリスへ問いかけるたけちー。 「原因不明だけど、くしゃみで大人と子供とに入れ替わる状態だから別にずっとこのままってわけじゃないわ」 「それなら神綺様のために、さっさと大人に戻るべきだとは思うんだが」 「すきまの言うとおりなんだけど、一度入れ替わったらしばらく変化しないのよ。  それに、この姿は身体能力が落ちるぐらいしか害がないというか……」 そう言いつつアリスはちらりと永久をみる。 永久は少なからずの原因を作ったのでどこかばつの悪い表情をしてるものの、 アリスは満更でもないという表情だ。 その姿を見て、神綺以外はピンっときた。 「別に問題なければいいか、すきま」 「当然、アリスがよければ問題ナッシングだ。たけちー」 「な、何勘違いしてるの!!別に永久とおそろいだなんて思っても…みないんだからね!!」 「「「思ってるじゃん」」」 顔を真っ赤にして反論するアリスに声をそろえて突っ込むたけちーとすきまとはくどう。 思いっきり墓穴を掘った形となったアリスは口をパクパクさせながらも反論しようとするが、 それより先にこいしがおほんと咳払いした。 「もめてるところ悪いけど、バスの出発時刻が迫ってるので続きはバスの中でお願いしま〜す」 仕事だから顔はにこにこと営業スマイルを作っているものの、額にはうっすらとだが筋が入っている。 そもそもこいしは妖怪。しかも、紅魔館の妹ほどではないにしてもかなり危険な思考の持ち主だ。 そんな彼女が怒りを抑えている今のこの状況はやばい。 「あー悪い。てか、俺等以外にも客はいるんだな」 なので、謝りつつも怒りの矛先を変えようと世間話的な話題を振るたけちーだが 「もちろん。天狗がド派手に宣伝してくれたおかげで午前中はもう人が一杯で一杯で……  つい手っ取り早くご招待させたくなったぐらい」 藪蛇だった。しかも、どこへご招待させるつもりなのか知りたい気もしたが、 あまり刺激すると今この場で弾幕戦をやらかしてしまう事になる。 こんなとこで騒動を起こしたく…といっても、すでに騒動は起こしてはいるが、 これ以上話をややこしくはさせたくないたけちー達は即座に荷物(神綺と夢子含む)をまとめてバスへと乗り込む。 これで当面は一安心っと思った…がその希望は儚くも崩れることとなった。 「よし、皆乗り込んだね。じゃぁ運転手さんおねがいしま〜す」 「よっしゃ、まかせろだぜ」 「ぶふっ!!」 こいしが運転席に呼びかけた人物、ちゆりを見て噴き出すたけちー。 彼女もたけちーと同じく、外の世界の住民であるどころか、 実際に時空を超えて飛ぶ船や巨大合体ロボを開発した夢美教授の助手だ。 ただし、夢美教授は常人には理解できない天才特有のおかしな思考を持つことで有名であり、 当然ちゆりもその部分を受け継いでいる。 その証拠にちらりとみた運転席にはさりげなく『緊急脱出用スイッチ』や『証拠隠滅用』といった ドクロマークが刻まれている怪しげなスイッチが多数用意されている。 「ちなみに、運転手さん。このバスはどこで用意を…?」 嫌な予感が杞憂であってほしいと願いつつ、たけちーはちゆりへと問いかけるが… その答えは無情である。 「あーこれはご主人の設計と指揮の元で河童達と共に星蓮船の一部を改造してこしらえたものだぜ。  しかも、動力源は例の核の力を取り込んだというお空の核エネルギーだから出力も半端ねーぜ」 杞憂から確信へと判断するに十分な材料を得たたけちー。 頭をかかえつつくるりとまわれ右して方向転換する。 「すまん、ちょっと忘れ物をしたから降ります」 このままだと命がないと判断したたけちーは即座にバスの出入り口へと向かったものの、 時すでに遅し。 たどり着く前に鉄格子がガシャンっと落ちてきた。 「おっとお客さん。このバスは一度乗れば地獄へ着くまで途中下車できない一方通行だぜ」 「シャレになってない事言うなー!!」 冗談だろうけど、行き先が地獄跡地の旧都なだけに冗談となってない事をさらりと言い切る運転手のちゆりに対し、 鉄格子を揺らしながらも抗議するたけちー。 そんなやりとりを繰り広げている中、たけちーは周囲が全く無反応。 とくに永久を筆頭とした一般人の客達がとくにこれといった不安を抱いていない事に気付いた 「なんで君たちはこんな不安だらけなバスに乗っても平然と居られるんだ?!」 「まぁ、僕は幻想郷生まれだしそこの酒場で毎日のように繰り広げられる騒動を思えば…ね」 「そうだよな。幻想郷じゃこの程度の危険なんて日常レベルだし」 「これから向かうのは地獄なんだし、予行演習と思えば楽しいもんよ」 永久をはじめ幻想郷の住人にとっては命にかかわるようなトラブルなんて日常的に起こりうる程度のレベルだ。 それに加え、幻想郷の住民はバスに乗るのが今回初めてということもあって 運転席に通常は設置されていない髑髏スイッチがある意味をわかってない。 そんな状態ではいくら危険性を訴えたところで効果はなかった。 「たけちー。人間…ていうか神もだが、諦めが肝心だぞ」 「そうは言うがはくどう!これはまず間違いなく途中で何かあるに決まってる!!  ある種の死亡フラグが立ってるぞ!!」 「その時はその時!人生何事もバクチだ!!!」 「その通りだぜ!それに、緊急事態にも対処できるよう対策してるから安心しな」 「その対策が一番不安だと言っとるんじゃーーー!!!」 「あーうるさい!少し黙ってろ!!」 ドスッ たまりかねたちゆりの小型銃から放った麻酔弾を脳天に受けたたけちー。 その効果はすぐに発揮し、たけちーは一言も発する事なくその場に崩れ落ちた。 普通であれば人が拳銃で撃たれて倒れたら大騒ぎを起こすものだがここは幻想郷。 外の常識は全く通用せず、どうせ気絶しただけだろうっと思って特に気にすることなく各々くつろいでいた。 なお、一番騒ぎそうな神綺は夢子共々まだふさぎこんでいるのでこの騒動に気付いていない。 「じゃ、出発するぜ。皆揺れるからシートベルト…はないんだっけな。  なら、どこかにつかまっておきな。……ファイヤー!!」 最後の一言にびみょんな突っ込みは入れたいものの、 バスのエンジンを作動してアクセルを全開で踏み込むちゆり。 バスはロケットスタートのごとき急発進を行い、 捕まり損ねた一部の人が転がったりはしたもののここは幻想郷。 バスの存在そのものを知らないのでこの発進が異常だということに気付かず苦情ないまま……… 比喩であって比喩になっていない、地獄行きの旅をしばし楽しむこととなった。 続く