一通り暴れた事で落ち着きを取り戻したたけちーと神綺。 二人は身体のあちこちに包帯やらバンソーコーやらで彩られて痛々しい姿となってはいたが、 とくに暴れる様子もなくテーブルを囲っていた。 「で、話はなんでしたっけ?」 そんな二人に何食わぬ顔をしつつお茶を差し出しつつ問いかける夢子。 「そうそう、まずはなんでこうなったか納得いく説明をもらいたい」 たけちーからも不機嫌気味に問いかけられ、 神綺はたけちーの様子をうかがいつつも夢子の差し出された紅茶をて一口飲む。 一口飲んで一息入れた後、ゆっくりと口を開きはじめる。 そこから飛び出た言葉は…… 「………えっと、なんだったっけ」 どうやら落ち着きを取り戻し過ぎたようで、発端だった騒ぎの元を忘れてしまったようだ。 その様に夢子とたけちーは数秒間固まった。 「それはこっちの台詞だ。あれだけ大騒ぎしといて今更それはないだろ」 差し出された紅茶を飲みつつ、神綺のとぼけた反応に呆れるたけちー。 「でもまぁ忘れるぐらいならいつもどおり些細な理由なんでしょう」 その神綺に一応フォロー入れる夢子だが、 たけちーは元より手すりを修理しているすきまもフォローの必要がないぐらい神綺の事を熟知していた 「まぁ、どうせいつものようにユキの部屋にノックせず入ったら怒られたとかそんな理由だろ」 「いや、今回はマイの部屋に置いてある日記をこっそり読んでたところをモロみられて失望された線かなーっと」 「ち、違うわよ!大体そんなこと……しないもん、多分」 「ほーほーほー」 神綺の否定の言葉に対して白い目を向けるたけちーと従者の二人。 ただし、すきまに関しては手すり修理の手を止めていないので実際は向けていないのだが、 声のトーンが他の二人と全く同じなので心の目を白くして向けているのだろう。 そんな3人の視線に思わずびくっとひるむ神綺。しかし、涙目となりながらも反論し始めた 「ち、違うもん。今回はそんな理由じゃなくって……」 「たけちーが浮気してたんだもん」 「……はぁ?」 一呼吸置かれた神綺の言葉。浮気に反応したたけちーは驚きながらも思わず聞き返す。 対して神綺は驚きの表情を見せつつ必死に首を振る。 さらにとなりの夢子や後ろのすきまも首をかしげる等して自分の発言ではないとアピールしている。 誰が発したのかわからない不明の発言。 誰かが嘘をついているのではという疑いの仲、周囲に気まずい沈黙が支配した。 息をすることさえ許されないようなこの緊迫した空気の中、たけちーは不意に動く。 「そこだ!!」 テーブルの上に置かれていたフォークを投げるたけちー。 その方向は屋敷の屋根上であり、影へと消えると同時に確かな手ごたえがあった。 誰かの小さな悲鳴が聞こえ、屋根からネズミではなくカラスもどきが落ちてきた。 「………誰だこいつ?」 落ちてきたカラスもどきを足でツンツンと突きながら問うたけちー。 それに対し神綺も夢子もすきまは何も答えない。 「まぁ、くせものの類でしょうね」 「もしくは見た目天狗だからカラスだけどな」 「とりあえず、侵入者には違いないしこいつから事情を聴きだすか。神綺、気付け用の水持ってこい」 「あ、はい」 たけちーに言われるままにバケツを持って水を汲んでくる神綺。 しかし、仮にも魔界神がパシリのように使われるなんて従者からみればとんでもないことだ。 でも、たけちーと神綺は従者にはわからない絆があるのも事実である。 なので、そんなやりとりを全く他人事のように見つめる夢子とすきま。 ただ、仮にも従者なら侵入者に対してなんらかの動きを示すべきだが、 まぁここは紅魔館みたいな厳重警備をしいているわけではない。 なので、二人は完全放任していた。しかし、全く動かないわけでもない。 「ところで、テラス下でGみたく張り付いている二人。そろそろ出てきたらどうだい」 「あやややや。ばれてたのですか」 とんかちを振るいながら突っ込むすきまの問いかけに対して、テラス下からひょっこり顔を出す顔が二つ。 文とダクトである。 「ちなみに、いつから気付いていた?」 「屋根からテラス下へ張り付いた時かな。  上手く気配を消してはいても、気配を消しながら行動なんてできるわけないだろ」 ダクトの問いにたんたんと答えるすきま。それに対して二人はなるほどとうなづく。 「確かにそうですよね。そんなことできるのはさとり妖怪の妹か酒場の地主ぐらいですから」 「あいつらは厳重警備を敷いている妖怪の山に誰も気づかせないまま侵入できるもんな」 なんだか他人事のように話す二人であるが、こいしの件は完全に身内のことだ。 なのに他人事でいいのかと突っ込みたいが、夢子やすきまも天狗の事情は他人事なので何も言わない。 「そんなのに侵入されたらどうしようもないのですけど、とりあえず何しにやってきたのでしょうか?」 「あーはい、ではお話の前にお茶を一杯ください」 「もちろんお茶菓子付きで」 不法侵入してきたくせに気づけばすでにテーブル上についてお茶とお菓子を要求する文とダクト。 しかし、そんな振る舞いに対しても特に怒ることなく要求に応える夢子。 「……半分冗談でしたけど、本当に出すとは」 「要らなければ下げますよ」 「いえ、いただきます」 「では、改めて聞きますが何しに来たのですか?」 「そりゃ、もちろん取材です」 お茶を一口飲んだ後、キッパリ言い切る文。 ただ、この取材という言葉にはいろいろな含みがあるのは簡単に見て取れる。 「…具体的に何のでしょうか?」 この二人の取材に関わるとロクな事が起きない。 これは幻想郷の常識であり、通常の者なら断固として避けるべき人災の一つ。 それに加えて夢子やすきまには二人がやってきた心当たりがあった。 むしろ、これしかないという確証すらもあった。 しかし、夢子は反応を確かめるためにもあえて探りを入れる言葉を投げかけたのだ。 「わかってるくせに何を言ってるんだか」 「わかってても聞くのが礼儀。そうじゃないのか、ダクト」 「それもそうか。ならすきまに突っ込まれた通り白状するが」 そう言いつつ、ダクトはちらっとたけちーの方を見る。 今たけちーは丁度神綺からバケツ一杯の水を受け取ったところだ。 ただ、神綺はダクトと文がいることに驚いてはいるもののたけちーは二人の存在に驚いてはいない。 むしろ、二人に対して静かではあるが殺気に似たオーラを放っている。 何かあれば即座に動いてくるだろう。 さらにいえばたけちーは現人神であり、力量も幻想郷でもかなりの上位な部類。 そんなたけちーから放たれる殺気は雑魚妖精や妖怪を怯えさせるには十分だ。 事実、屋敷の周囲から逃げ惑うようにして退散する妖精や妖怪が多数たる。 しかし、そんな殺気に当てられていてもダクトと文はキッパリ言い切った。 「黒リリー誘拐犯であるたけみかづち氏への独占インタビュー!!」 天雷「五月雨の稲光」 どっごぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!! ……… 「さてっと、冗談はこの辺にしておいて」 テラス一杯に広がった強烈な雷の嵐をなんなく交わした文とダクト。 二人はそのまま何事もなかったように席へと戻り、こぼれてしまったお茶を再び要求し始める。 対して夢子もやはり何事もなかったようにお茶を淹れなおす。 ちなみに、夢子とすきまは雷の嵐を投げたナイフを避雷針代わりにして回避し、 神綺もアホ毛をアース代わりにして無効化させていた。 もっとも、約一名は避けきれず巻き添え的に直撃を食らっているようだが、今は関係ない。 「何が冗談だ!!あの件は誤解だって言ってるだろ!!」 怒り任せにどんっとテーブルをたたくたけちー。 その衝撃で淹れなおしたお茶のカップが揺れ中身がこぼれそうになるが、 やはり二人は平然としている。 「えぇ、黒リリーさんから真相を聞きましたからわかってます。  先日黒リリーさんがこちらへ来たのは偶然開いた魔界への穴に迷い込んでしまっただけなんですね」 「ああ、そうさ。元凶はスキマ妖怪の管理不届きなのに  なんでそれが誘拐事件へと進展しないといけないんだ」 「だ、だってたけちーは泣きじゃくるあの子を無理やり屋敷へと引っ張ってたし」 不機嫌そうなたけちーに控え目な突っ込みを入れる神綺。 それを聞いたたけちーはギロリと神綺睨みつける。 よって、神綺はそれ以上何も言わなかったが、文とダクトはそうでもない。 「それは初耳ですね。やっぱり誘拐の線が濃くなってきましたよ」 「なら、次回の見出しは『黒リリー誘拐は真実だった!!』に決m…」 ひゅんひゅんひゅんひゅん…… ぱしぱしぱし 「……」 「……」 テーブルに置かれていた無数のフォークをダクト目がけて投げつけたたけちーに対し、 その全てを受け止め…きれなかったようだ。 そのうちの一本が見事額へと突き刺さっていた。 「は、反論があるなら聞こうか」 突き刺さったフォークを抜きながら、冷や汗混じりにつぶやくダクト。 それに対し、たけちーは周囲を軽く見渡すと神綺と文は興味津津だ。 夢子とすきまも身内の話であるせいか、真相が聞けるなら聞きたいといった態度だ。 どうやらここは話さないと場がおさまらないと観念したたけちーはふうっと溜息をつきつつ、口を開く 「あの日、あの子は対象に幻惑を見せて捕獲する魔界産の危険な食虫植物に引き寄せられてた。  ほっといたらそのまま消化されて栄養になるとこだったから急いで引き離そうとしたんだ。  ただ、あの子は幻惑に捕らわれていたせいでなかなか離れず……  しかたないから力尽くになった。それだけの話だ」 「そうでしたか。そんな裏があったのですか」 「てか、それならそうと言えばいいのに」 「そんなこと、恥ずかしくて言えるかよ」 神綺からの尊敬のまなざしを向けられ、そっぽを向くたけちー。 どうやら、良い人として持ち上げられるのは苦手なようだ。 「でも、土地勘のない黒リリーはともかくたけちーはなんで魔界産の食虫植物が咲く一角に居たんだろ」 「あそこら辺は危険地帯で魔界の住民は滅多に立ち入りませんし、謎です」 そんなことをささやきあうすきまと夢子だが、これを口にしたらいい話が台無しとなる。 なので、二人はこれ以上の追求は何もしなかった。 「ではこの件はネタのストックにしておくとして本題に入ります」 「本題って、誘拐の件が本題じゃなかったのかよ」 「これは個人的に知りたかったものですけど、本題ではありません。  大体、取材ならはたてを連れてきたりはしませんし」 「はたて?」 「あそこで消し炭のようになっている天狗。  最近何かと俺等にかまってくるようになった同僚さ」 「なんだ、同僚か。初めてみる顔でわからんかった」 「わからなくて当然ですよ。なにせあの子は滅多に山から下りてこないひきこもりなんですから」 「ちょっとまった!!」 文のひきこもりの言葉に反応したのか、 先ほどまで屍となっていたはたてが残機を消費して復活してきた。 とはいうものの、額にフォークはささったままだし羽根もボロボロだ。 HP的にみると今現在ピッタシ1の瀕死という状態であろう。 「ひきこもりとは言ってくれるじゃない。私はただ効率的に動いてるだけよ!」 「それをひきこもりと言わんか?」 「少なくとも、無駄に動きまくる貴女達二人に言われたく…言われたく………」 しかし、ダクトの言葉に反論しようとしたもののなぜか次の台詞に詰まる。 目にも涙を浮かべており、突きつけた指もふるふる震えはじめた。 その様をみて、勘の鋭い者はピンときたようだ。 文に彼氏とも言うべきパートナーがいるのに自分にはいない。 つまり、そんな文がうらやましいだけだということになる。 「……で、本題はなんでしょうか?」 しかし、そんな身の上話は魔界勢に関係はない。 むしろ、放置しておけば全く話が進まないので夢子は仕方なく助け舟的な横槍を入れた。 「あーそうでした。本題ですけど…これですよ」 そう言って文が取りだしたものは……… 毎度お馴染みの『文々。新聞』である。 これだけ話を引っ張っておいて結局いつもどおりか 魔界勢は一種の脱力感に襲われたが、その空気を察知したダクトが付け加える。 「もちろんこれはただの『文々。新聞』じゃない。  写真は俺等が担当。記事ははたてが担当した新生の『新・文々。新聞』だ」 「やっぱりいつもどおりだな」 「失礼ね。私の記事は文やダクトみたくカスカスな三流じゃないわ。  きっちり事実を元にして、なおかつ読み手の事を考えて書いたものよ」 「三流?それは聞き捨てならないわ。そもそもはたての書いたものは堅すぎよ。  あれじゃ、全部読む前に放り投げられるわ」 「だからってありもしない事実を捏造して書き加えたら意味がない!」 「そこは脚色っていいなさいよ!」 「あーすまん。あの二人は見ての通り仲が悪くてな」 いきなり始まった痴話げんかに対して一応詫びるダクト。 しかし、言い合っていることはどちらも一理あることだし筋もとおっている。 なので、見た目ほど仲が悪いというのは誰でもわかる。 「ちょっと、こんなとこで喧嘩しちゃだめよ!!二人とも仲良くしなきゃ」 訂正、一部はわからなかったようだ。 神綺が慌てて仲裁に入った…が 「「部外者は黙ってろ!!」」 どっごぉぉぉぉぉぉん!!! 「あ〜〜れ〜〜〜!!!」 二人同時に放たれた弾幕で吹っ飛ぶ神綺。 そのままキリモミ回転しつつ、頭から庭の花壇へ突っ込んだ。 「まぁ、『文々。新聞』はうちでも取ってはいるので別にいいんですが……?!」 そんな神綺を見ない振りをしつつ新聞を受け取る夢子。 その見出し記事をたけちーや手すりの修理を終えたすきまも後ろからのぞき込みつつさっと斜め読みをする。 そして、ある部分でピタリと目がとまった。 「「「『地獄で裸の付き合い!旧都で温泉ツアー!! “混浴”もあるよ』…だと?!」」」 「ちなみに、これを企画したのは命蓮寺で普段幻想郷の一般人と関わりのない旧都の住民と  交流を図ろうという目的で…」 事務的に解説し始めるダクトだが、3人はその話を聞いていない。 というか、3人は見出しの部分、とくに小さく控え目に書かれた『混浴』の二文字を凝視していた。 なお、この二文字から何を想像したかは各自違うだろうが、 興味を引くには十分すぎるほどの説得力があった。 「あーそうそう。後、ついさっき道でこの手紙を拾ったんだが……聞いてるか?」 「あ…すいません。お手紙ですね、ハンコ要りましたっけ?」 「違う違う。要るのは血印だ」 「……微妙に混乱してるな」 しかし、混浴という言葉を聞いて冷静にいられるツワモノは何人いるのだろうか…? 少なくとも、幻想郷の方でもこの『混浴』という言葉を見て冷静でいられる者は皆無であった。 実際ダクトは元より文やはたても『混浴』のせいで一波乱を起こしていたぐらいだ。 酷い場合は出血多量で臨死体験をした者まで出てくるぐらいで、 それらを比べるとここはまだ平和な方である。 「あーごめんなさい。お手紙ってだれからかしら?」 そんな混乱の極みの中でも極普通に対応する神綺。 一体いつの間に復活してきたのかという疑問もあるが、 彼女は身体中に葉っぱと泥だらけの姿で復帰していた。 「道に落ちてたのを拾っただけなんでそこまでは知らないが、  宛先は魔界神になってるし、中身みればわかるんじゃね。  ……ちなみに中身はみてないぞ。  興味はあってもやってはいけない事はをわきまえてるつもりだからな」 そう一言付け加えつつ手紙を神綺に手渡すダクト。ちなみに彼の言うことは本当のようだ。 手紙には破いた形跡もないし、宛先の字も見覚えがある。 白蓮の字だ。 「ありがとうね、拾ってくれたなら後でお礼をしないと」 「お礼ならさっきのたけちーのネタで十分さ。じゃぁ、俺等もそろそろ帰るとするか」 「またね〜」 残っていたお茶を飲み、まだ喧嘩中だった文とはたてに一声かけて中断させつつその場を去るブンヤ達。 それらを見送った神綺は手紙の封を破る。 「それ、誰からだ?」 そうこうしているうちに混乱中だった3人も我に返ったようだ。たけちーが問いかける。 「えっと…やっぱりこれ白蓮ちゃんだ」 「白蓮っていうと1000年前に魔界の一角で封印されていた」 「うん、去年に封印が解けてそのまま幻想郷へ移り済んだようだけどね」 「……個人的に聞きたいんだが、なんてあれを何百年も放置してたんだ」 「えーだってあそこは貸し出してた土地だし、別に契約内容と反しているわけじゃないもん」 「確かに、契約に反してなければ地主権限を使ってもどうこうはできませんからね。  ただ、そこに封印されてた者に弾幕を教えるのはどうかと思いますが」 たけちーとのやりとりな仲に一言ぼそりと付け加える夢子。 でも、地主が住居者と交流を持つのも別におかしくはない。 ついでにいえば幻想郷での語り合いは拳改め弾幕なので、 結果的に神綺の弾幕を白蓮が覚える事になったのだろう。 「しかし、白蓮ちゃんからの手紙ってなんだろう……」 そんな、白蓮との弾幕勝負を仕掛けながら語り合う在りし日を想い浮かべつつ手紙を読む。 その横からのぞきこむたけちーの他、夢子とすきま。 しかし、客人扱いのたけちーはともかく従者が主の手紙を横から読むのはどうかとは思うが、 神綺は特に気にしていない。 むしろ、神綺にとっては夢子もすきまもたけちーも家族同然なので、 そういう細かい事は全く言わなかった。 「ふ〜ん、旧都での温泉ツアーを企画したから是非皆さんで遊びに来てくださいだって」 「しかもご丁寧にチケット付きで…か」 手紙の中を確かめていたたけちーの手には大量のチケットが握られている。 その数はざっと見てH枚はあった。 「これだけあるなら私達だけでなくはくどうちゃんやアリスちゃん、永久ちゃん誘えるね。  よし、せっかく白蓮ちゃんからの御好意なんだし皆でいこっか」 「あ〜うん」 「そうです…ね」 「行きましょう…か」 子供のようにはしゃぐ神綺とは裏腹にどこか乗る気ではないたけちーや夢子、すきま。 その態度に神綺は首をかしげる。 ちなみに、彼女はまだ文々。新聞も読んでいない 「皆どうしたの?温泉旅行、うれしくないの?」 「いや、もちろんうれしいどころか是非とも…なんだけど」 「ただ、その…なんといいますか」 「気持ちの準備というものがががが」 文々。新聞を読んでないため、旧都の温泉が混浴である事を知らない神綺だが、 先に新聞を読んでいた3人は『混浴』というキーワードから導かれる煩悩や妄想で頭が一杯だった。 もちろん、思い浮かべている内容は各々違うもののキーワードがキーワードなだけに まともな思考で居られるわけがない。 むしろ、暴走に至らないだけまだマシというものだ。 “全く、なんて事を思いつくんだか……” 3人はほぼ同時に白蓮に対して突っ込んだが、相手は人妖皆平等な精神を持つ超博愛主義者だ。 むしろ、そんな白蓮だからこそこんなこと思いつくのだろうし、実行へ移せるのだろう。 なにはともあれ、誰しもが夢を見たであろうユートピアがそこにある。 それだけは感謝しつつ、3人は様々な想いを胸に秘め『混浴』へと想いを馳せ始めた。 一方、その頃…… 「うぅぅ〜ナズーリン〜まだみつからないのですか〜?」 「ん〜、近くにはありそうだけど魔界の瘴気か磁場のせいでロッドの反応が悪くてね。  もしかしたら私の力では探しだせないかも」 泣きべそをかきながら魔界の外れを歩く星と 落ち着いた態度でロッドを翳しているナズーリンの姿があった。 「そ、そんな〜聖から預かった大事な手紙なんですよ。見つけてもらわないと困ります」 「そんな大事な物だったら落としたりするなよ。ご主人」 ナズーリンの至極当然な突っ込みに星はうっと詰まる。 しかし、ここで引き下がると主としての面目がない。 もっとも、すでに面目はないに等しいとは思うが…… 「し、仕方ないじゃないですか。まさか道端に石ころがあるなんて思ってもみなかったんですし」 「いや、道端だからこそ石ころが落ちてるもんだろ。  しかも、石ころで躓いて転ぶどころか持ち物ばら撒くって、  どこぞの太っちょ商人の真似か…って真似だったな。  同じ縦縞模様だし」 星の反論に再び突っ込みを入れるナズーリン。 しかも、その破壊力はさっきの比ではない。 ハートへえぐるような言葉に星は黙り込むしかなかった。 そんな様を見ていたナズーリンはにやりと笑う。 「あはは、ご主人はホント楽しいな。  手紙はすでに魔界神の方へ渡ってるっぽいけど面白いからもうしばらく黙っておこう」 「何か言いました?」 「いんにゃ、それよりもしみつからなかったらどうしようか?」 「そ、そんな縁起の悪いこと言わないで〜〜」 「冗談冗談。それより、あっちに反応があったからもしかしたら」 「そ、そうですか!ではそこへ向かいましょ…アー!!」 ナズーリンが指差した方向へ向かおうと進んだ直後、底なし沼へとはまる星。 もちろん星は沼から抜け出そうと必死にもがくが、 それとは対照的に落ち着きを通り越して小悪魔的な笑みさえも浮かべているナズーリン。 当然、ナズーリンはそこに底なし沼があるのはわかっていた。 わかっていたからこそ、そこへ向かうよう仕向けたのだ。 「ナズーリン!見てないで助けて〜!」 「あ〜はいはい、仕方ないな。ほら、捕まりな」 身体の半分以上が沈んだ星目がけて蔓を投げるナズーリン。 なお、言うまでもないがそのまま素直に助けるつもりはない。 何度かわざと失敗を起こし、そのたびに泣き叫ぶ星の顔を見てほくそ微笑んでいた。 そんなこんなで、その後も散々ナズーリンの悪戯に引っ掛かりまくる星。 彼女が手紙の在処である魔界神の屋敷にたどり着いたのは時は半死半生であったのは言うまでもない。 続く