東の遥か彼方のどこかに存在するといわれる幻想郷…のさらに奥地とも地下とも言うべき僻地に存在する魔界。 史実では太陽の光のない闇と瘴気に覆われた死の世界。そこに住む者は魔に魅入られたのみ 力ある者が力無き者を支配する弱肉強食という名の世紀末とも言われている…が実際はそんなことはない。 確かに魔界を覆う瘴気は普通の一般人にとって酷ではあるものの毒というわけでもない。 それに、住む者は確かに魔の力を持ってはいるが大半は野心を持つわけでもなく平和に暮らしている。 決して力のみが秩序という無法地帯ではない。 そんな魔界を作ったとされる魔界神が住むという屋敷。 ここにはカリスマに溢れる魔界神の神綺がいる。 「うわ〜〜〜ん!!夢子ちゃ〜〜〜〜ん!!!」 ……… 「………訂正、カリスマに溢れたですね」 突如、屋敷奥から響く泣き声に夢子は紅茶を片手に溜息混じりにつぶやいた。 「いきなり何言い出すんだ?っていうか元々神綺様にカリスマなんてあるわけないし」 それを聞いて首をかしげたのはすきまだ。 すきまと夢子、二人は共に魔界神である神綺に仕えるメイドと執事であり、従者である。 そんな二人は今現在、仕事の合間の休憩時間を利用してのティータイムを楽しんでいる最中だ。 本来なら邪魔の入らない二人きりの時間であるのだが、 そこを邪魔されたのだからすきまは余計な一言を付け加えてしまった。 なので、夢子は同業者であるすきまをキッと睨みつける。 「それはそれで当たってはいますが、従者として言わないお約束でしょ」 「これは失礼」 確かに言い過ぎだということはすきまも感じたらしい。少しだけ反省の意を示すすきま。 だが、あくまで少しだけで全面的な謝罪はこれっぽっちもする気はない。 しかし、夢子にしてみては今なお屋敷内から響いてくる神綺の泣き声を聞いてると少しでだけで十分だと納得したらしく、 これ以上はとくに咎めなかった。 「それより神綺様の悲鳴、今度は何が原因でしょうかね?」 「わからないけど、いつもどおりだとどうせまたロクでもない理由なんだろうな」 「でしょうね。せっかくの休憩時間でしたのに」 そんな雑談をしつつも、声がどんどんと大きくはっきりと聞こえてくる。 どうやら、このテラス目がけて真っすぐ走ってきているようだ。 このままだとすぐにこの空間に侵入してくるだろうと容易に予測できる。 夢子は持っていた紅茶をテーブルの上に置くとすっと立ち上がり、それに合わせてすきまも立ち上がる。 「神綺様の到着まで、後1分少々。今のうちに迎撃準備といたしましょうか」 「了解、っといってもたけちーの真似でどついて追い返すわけにもいかないしほどほどにな」 「わかってます。でも許可があればナイフと言わずトマホークで頭を勝ち割りたいですよ」 「トマホークはまずい。せめて錨にしとけ」 トマホークと錨。破壊力的には錨の方が上では…と夢子は思ったが、 どちらもナイフより破壊力が上なのには変わりないのであえて何も言わなかった。 だが、どちらにしても主に対して従者が取る行動ではない。 もちろんそれは二人ともわかっているのであくまで口で言うだけだ。 実際行動に起こす気はよほどの事がない限りはない。 今回も穏便に済ませるため、夢子はテラスの中央でどっしりと仁王立ち。 迎え入れの準備万端という状態で問題の主の到着を待つ。 そして…… 「あ〜〜ん、夢子ちゃ〜〜〜ん!!!」 屋敷の中から飛び出すように出てきた神綺。 彼女はテラスで夢子を目視するや否やその胸目がけて泣きながら飛び込む。 それに対し夢子は………… ひょい 夢子は身をひねるようにして神綺の突進を避けた。 もちろん、神綺は夢子が受け止めてくれるとばかり思っていたから止まることなど考えていない。 というか、慣性と言う名の物理法則的にみて最大加速がついた神綺の身体はブレーキなどかかるわけがない。 止まるには何かにぶつかるなどして発生した物理エネルギーで加速エネルギーを緩和させるしかないが、 テラス中央部はあらかじめすきまの手によって障害物は全て端っこへと寄せられている。 よって、神綺の加速エネルギーを緩和されるべき存在が皆無となるわけであり……… どっごーーーん!! 勢いついた神綺は行き止まりであるテラスの手すりに顔面からダイブする形で激突した。 ちなみに、手すりは落下防止用として存在するとはいえ、それほど丈夫な作りはされていない。 ましてや全体重と加速を上乗せした捨て身タックルの衝撃を受け止めるだけの作りはしてない。 対象の耐久力を超えた物理エネルギーを受けたらその対象は破壊される。 つまり、神綺の生み出した物理エネルギーが手すりの耐久力を超えてしまうわけであり………… ベキ、バキバキバキ……メキョ 「アーーーーーッ!!!」 ド派手な音を立てて崩壊する手すりを突き破った神綺。 今度は重力と言う名の万有引力の力と共に地面へ体当たりを仕掛けることとなった。 衝撃で屋敷が少し揺れる。 しばらくの間、何とも言えない静寂が包まれていた…が 静寂は長く続かなかったようだ。 神綺はむくりと起き上がると、テラスから眺めている夢子目がけてぷんすかと抗議し始める。 「ちょっと、夢子ちゃん!!避けるなんてひどいじゃないの!!!」 「ごめんなさい。つい身体が勝手に動いてしまったのです  それよりお怪我はございませんか?」 上から見下ろしつつ、しかも全く悪気なくしれっとした態度で応える夢子。 もちろんそんな態度は神綺をさらに逆上させる。 「今更ご機嫌取るつもり?!  幸いにもクッションみたいなのが下に置かれてたから怪我はなかったけど下手したら大怪我してたのよ!!!」 「それは何よりです。ですが、クッションの方は無事じゃないようですけど」 「だから話を逸らさないの!!今はクッションよりも大事なことがあるんだから!!!」 従者から物理的にも精神的にも完全に上から見下されている事によって完全頭に血が上っている神綺。 そのせいで下からの…いや、後ろからの空気の流れに全く気付かなかったようだ。 もっとも、この場合気付いたところで手遅れだとは思うが…… 「クッションよりも……なんだ?」 真後ろから怒気をはらんだ低い声に神綺はピタリと固まった。 まるで地獄の底へと招く使者のような響きを持つその声に神綺の沸騰だった頭がさーっと冷めていった。 それと同時に神綺の中の第六感が決して後ろを振り返るなと全力で警戒信号を鳴らし始める。 しかし、この声の主は誰なのかという好奇心もあるし、なにより 物語の進行上、ここで振り返らずに逃げるわけにもいかない。 そんな見えない圧力によって神綺は恐る恐る後ろを振り返ると…………… 「あっ、たけちー。居たのね」 冷や汗をたらしながらも作り笑いを上げ、気軽に手を挙げて挨拶する神綺。 それに対したけちーは ガシッ 一言も発することなく、神綺のぴょんと飛び出した髪の一部。通称アホ毛を掴んだ。 「いきなり人の上に落ちて来といてその言い草はなんだ!!」 「ちょ、痛い痛い痛い!!!」 「やかましいわ!!こっちは危うく大怪我するところだったんだぞ!!!   なんならお前も俺と同じ痛みを味あわせてやろうか!!!」 「同じ目って、全然同じじゃないしー!!」 怒り心頭なたけちーによってうつむけに倒された神綺。 たけちーはその神綺の背中に馬乗りとなって抑え込み、そのままアホ毛を両手で力一杯引っ張るあげる。 当然神綺は技から逃れようと必死にもがくが、完全に極められているため逃れられそうにない。 そんな様を上から見下ろしている夢子とすきまは…… 「あー俺は手すりの修理の準備してくるわ」 「なら、私は神綺様とたけちー様のお茶の用意でもしてきます」 特に手出しすることなく、それぞれ自分がすべきと思われる事を行うためにその場を後にした。 続く