うだるような暑さの中で吹く生暖かい風とは違って爽やかな風が吹きつける幻想郷の秋の空。 どこまでも澄み切った青空は妖精達にとって心地いいのか所々で弾幕をばらまくなどして過剰に騒いでいる。 もっとも、騒いでるのは妖精だけでなく妖怪や一部の人間達も同様だった。 とくに夏場は異変らしい異変がなかっただけあって力を持て余しているらしく、 あちらこちらでスペルカード戦が行われている。 「全くスポーツの秋改め弾幕の秋だからって皆浮かれすぎですよ」 「そーですねー」 弾幕の流れ弾を剣ではじきながらつぶやく椛。 途中幾度かスペルカード戦を挑まれて少々うんざり気味な椛だが、ハクレンはうんざりを通り越していた。 どんよりとした陰の気質を纏っており、下手に近づくと鬱状態となってしまいかねないような状況だ。 「まぁ気が乗らない気持ちはわるんですけど、私達は麻雀で負けたのですから仕方ないですよ」 「わかってるよー敗者は勝者に従うものというよりも、負けたのは僕のせいなんだし」 「確かにそれは否定しませんが、  別に負けたことに関しては怒ってないですからそう自分を責めないでくださいって」 さっきからこうやって何度励ましたかわからないが、 とにかくハクレンは昨日の負けのショックを引きずったままでいた。 ちなみに、にとりが二人に課した罰ゲームは ゆうかりんランドに注文した商品を取って来てもらいたいというお使いであった。 ゆうかりんランドというのは風見幽香が経営する農園であり、 色とりどりな花が咲き乱れているというある種の楽園を想像させる場所だ。 しかし、オーナーが究極可虐生物という異名を誇るだけあってそこに咲く花は 人間や妖怪の屍を栄養にしているのではともささやかれている。 それだけに人里ではゆうかりんランドを要注意地区に指定し、 普通の一般人が訪れる時は決死の覚悟をしなければいけないのだ。 椛はハクレンが鬱状態になってるのはそんな危険地帯へ出向く羽目になってしまった その責任を感じてるのだと思って必死に励ましていたのだが…… 真相は全く別だった。 「せっかく椛と合法的に膝枕で耳掃除してもらえるチャンスだったのに……」 そう、最初ににとりが課した罰ゲームは椛がハクレンを膝枕して耳掃除をするというものであった。 なんでもこれは先日霜月教授がラジオで紹介して以来幻想郷内で爆発的に広がったものだ。 よって、幻想郷内では膝枕で耳掃除は一種のブームになって耳掃除に関するちょっとした騒動や事件もあるくらいだ。 ただ、椛にとってはまだ被害にあってないだけに対岸の火事程度な気持ちで傍観していたが… まさか自分がやる羽目になるとは思ってもみなかったのだろう。 聞いた瞬間顔をその名の通り紅葉のごとく真っ赤にしたのだ。 もっとも、その時ハクレンはまだ燃え尽きたままで全く反応を示すことができなかった上に にとりや銀城もただ反応を楽しむだけの冗談で言っただけとのこと。 一通り反応を楽しんだ後本題を言い渡したのだが もしあそこで正気に戻っていたなら……… そう思ったハクレンは悔やんでも悔やみきれない後悔に襲われていた。 だが、そんな上の空状態で幻想郷の上空を飛ぶのは危険極まりない行為。 よって 「ハクレン危ない!!」 「ん?」 と椛が忠告を発し、それに気付いたハクレンが前をみると……… 目の前に秋刀魚の大群が迫っていた。 「あー秋刀魚の群れかぁ、やっぱり秋だよねぇ」 秋といえば秋刀魚。取れたての秋刀魚を網で焼いて大根下ろしと醤油をかけて食べると美味いものだ。 とくにハラワタは通にとってたまらないものであり、 ついつい二度と蘇られなくなるぐらいにハラワタを食らいつくしてしまう。 そんな秋の味覚である秋刀魚の魅力に取りつかれ、ハクレンは主むろに手を伸ばし……… ピチューン 「何やってるんですか…」 せっかく忠告したのに、避けるどころか自ら当たりに行くなんて…… そんな思いも寄らぬ行動をとったハクレンは、撃墜音とともにきりもみ回転しつつ地上へと墜ちていった。 一瞬このまま見捨てて行こうかと思ったが、一応ハクレンは同僚だ。 それに、このまま見捨てるとにとり達から受けた罰ゲームのお使いを一人でこなす羽目になるので、 しぶしぶだが仕方なくハクレンを拾うことにした。 なお、その際地上の方では氷の妖精と人間が弾幕戦を行っているのもみえた。 それはそれでいつもの光景といえば光景だが、人間の方が放っている弾はどういうわけか秋刀魚の形をしていたのだ。 一体なぜ弾が秋刀魚の形になってるのかよくわからない…がここは幻想郷だ。 常識に囚われてはいけないので、特に気にしないことにした。 さらにいえば、周囲の雑魚もハクレンと同じ考えを持ったのか自分から当たりにいってるようだが、 やはり気にせず椛はハクレンの足首を掴むと同時に全速力でこの区域を脱出した。 「あら、いらっしゃい。ブン屋の下っ端が何か御用?」 そんなこんなで到着したゆうかりんランド 到着するなり主である日傘をさした幽香がにっこりほほ笑みながら出迎えてくれた。 しかし、幽香の本性を知っている者にとってはその笑顔が逆に怖い。 さらに、片手には血まみれとなった妖怪兎が掴まれており、 服のところどころに生々しい赤い染みが点々と付いているから怖さは倍増。 この時点で並の神経を持っている者であれば即座に逃げだすところだが 「御用があるから来たんです。なのでまずは傷薬をください」 身体のあちこちが傷らだけでなおかつ頭からダクダクと血を流しているハクレンは 並の神経をしてなかったようだ。 しかし、この要望は通るわけがない。 「そんな便利なものここで取り扱ってると思う?」 「思いません」 幽香のツッコミに対して即答する椛。ある意味当然といえば当然の反応だ。 ハクレン自身もその辺りはわかっていたが、そうきっぱり言われるとやはりへこむ。 ついでにいえば、幽香どころか椛まで自分の扱いが酷いことに対してさらにダメージ倍増。 がっくり膝をつきながら、音泣き声で泣きはじめた。 そんな様をくすくす笑いながら見つめる幽香であったが、 「まぁ傷薬はないけど薬草の類なら栽培してるわよ。  それに今丁度竹林に住んでる兎達も来てるから  上手く交渉すれば傷薬ぐらい作ってもらえるんじゃないかしら」 一通り反応を楽しんだのか、助け舟を出すかのように付けたした。 そう言われると確かに農場の方には株式会社ボーダー商事から派遣されたと思われる罪袋達に混じって 妖怪兎の姿がチラホラと見える。 それを聞いたハクレンはパッと顔を上げると同時に 「それじゃぁ遠慮なく頼ってきます。だから椛、後宜しく」 椛に後を託すや否や即座に農場へと向った。 言うなればこの行為は椛に幽香への交渉という最も危険で面倒なことを押し付けた事にもなるが…… 「わかりました。こちらで話はつけておきますから傷をしっかり治しておいてくださいよ」 ハクレンが受けた傷の8割は椛が彼を弾幕の盾として扱った事によるものなので、 責任を感じてるわけでもない。 それに、椛もハクレンとの付き合いが長いだけあって腹の中は十分承知なので、 それがわかった上で引き受けていた。 「それで、本当に何しにきたの?」 そんなやりとりを見終えた幽香は持っていた血まみれ兎をたまたま通りかかったであろう ゴスロリ服を着た猫の台車目掛けて放り投げつつ、問い返す。 椛は一瞬あの兎の行く末がどうなるのか気になったが、今は関係ない。むしろ知りたくない。 なので、椛は早速本題へ入ろうとしたが、その前に幽香が付けくわえた。 「ちなみに新聞の押し売りだったら……どうなるかわかってるわね」 笑顔だが殺意の籠った低い声。 聞いたものを恐怖のどん底に付き落とす幽香の忠告に椛はぞくりと寒気が走った。 「ち、違います!先輩じゃあるまいし!!」 「あらそう、残念ね」 とにかく命を拾うため必死に否定する椛の反応に、幽香はあからさまに落胆な表情を浮かべる。 これで本当に新聞の勧誘に来ていたらどんな目にあわされるのか………… 「とにかく、私達が来たのはにとりさん達が注文したブツを受け取りにきただけです。  決して先輩達の営業が目的ではないから安心してください」 「そうだったの。それなら先に言いなさいよ」 いや、先に言わせてくれなかったのはどこの誰ですか……… っと椛は一瞬突っ込もうとしたが、 そんなこと口にしたらその瞬間ゆうかりんランドを潤す肥料にされてしまう可能性がある。 とにかく、身の安全を確保するため必死にその言葉をのみ込んだ。 飲みこみつつも、上手い事言って逃げだしたハクレンの要領の良さにほんのちょっぴり妬んだ。 そんな様の椛だが、幽香は特に気にせず少し考えた後、にたりと笑いながら答える。 「確か、河童達の注文したものはライスが受け持ってたわね。  そこら辺にいると思うから探して聞いてくれないかしら」 ちなみに、ゆうかりんランドはそこそこの規模を持つ農場でかなり広い。 そこで特定の人を探すなんてそれなりに骨の折れる作業だ。 幽香はそれがわかってる上であえて探し出せと言ったのだが 「わかりました。探してきます」 椛はとくに問題ないような口調できっぱり受け入れて、その場を離れた。 その様に幽香は毒気を抜かれたが、 まぁあのブン屋にこき使われていると思えばこの事は日常茶飯事だったのかもしれない。 そう考えた幽香は去っていく椛の背中目がけて 「まぁここはどこぞの冥界の庭程の広さもないし、  今頃ライスは夢幻館に帰ってる頃かもしれないから頑張ってね」 さりげなくここの広さをアピールしたついでに嘘情報も渡した。 しかし、それは全く無駄だったようだ。 なにせ椛は千里眼を持つ程度の能力を持つぐらい視野が広い。 特に遮蔽物がないところであれば、特定の人物を見つけることぐらい造作のないこと。 さらにいえば椛とライスは互いに面識もある。 「よし、見つけました。  うまい具合にハクレンも近くにいるようなのですぐに合流もできそうです」 幽香の思惑から完全に外れた椛。その様は幽香にとってはあまり面白くはない出来事だ。 ここで、なんだかんだ言いがかり付けて足止めさせてもよかったが…… 「まぁいいわ。今日は可愛げのある猫達も来てるから犬に構うのはやめましょうか  それより、もう少しかかると思いきや随分とまぁ早かったわね」 そういって幽香がくるりと振り返るとその目の前には泥まみれで籠一杯の収穫物を抱えたリュードと橙がいた。 「精一杯頑張りましたから」 「そうそう、何せ僕達はボーダー商事から回された派遣社員。  言うなれば八雲の名前を背負ってるわけであって、その名前を汚すわけにはいきません」 そう自信満々に言い切る橙とリュード。 どうやら二人ともボーダー商事の派遣社員として手伝いに駆り出されたようだ。 もちろん、二人が一緒にいると言うことは……… 「リュード…貴様が軽々しく八雲の名を語るとは何事だ」 「ま、まぁまぁ。リュードの言うことは当たってる上に真面目に働いてくれてることは事実なわけだし」 当然、保護者である藍と連れ添いのもげらも来ていた。しかもご丁寧に罪袋に変装してだ。 もっとも、もげらはともかく藍がいくら罪袋に変装していても九本のもふもふ尻尾を隠してなければ意味がない。 さらにいえば、藍から立ち上る地獄の火炎を思わせる殺意の炎のせいで否が応でも気付く。 もちろん、椛もここへ来た瞬間気付いてはいたが…… 触らぬ神に祟りなしっと即刻記憶と視界から排除していた。 だが、幽香からしてみるとこんなからかいがいのある連中はいない。 「二人とも頑張ったのね。だったらご褒美にいい子いい子してあげる」 そういって、幽香は手始めにリュードを手元に引き寄る。 「わぷっ」 いきなり引き寄せられたリュードは一瞬困惑したが、即座に幸福の絶頂にまで上り詰めた。 そう、リュードは夢にまでみた幽香の豊満な胸に顔をうずめているのだ。 ある意味、リュードはこのご褒美がもらいたくて真面目に仕事をこなしていたのだ。 そんな夢が適うという有頂天状態のリュードに対して橙は自分の胸と幽香の胸を交互に見つめて……… 「はぁ……」 ため息とともに耐えようのない敗北感に襲われた。 当然だがその行為は……… 「リュード……橙の目の前で他のメスブタにうつつをぬかすとは何事だ」 「………」 藍の怒りを買うには十分だった。 しかし、橙といちゃいちゃしてれば激怒。他の女に手を出しても激怒。 結局のところどう転んでも怒る事になる、そんな藍に対してもげらは多少困惑した。 困惑した…が、藍はそういう性格をしてることは十分承知。 承知しているので、あえて何も言わずにただ抑えるだけにとどめた。 そんな藍を横目で見ていた幽香は…… 「何してるの?貴女も一緒にきなさい」 「へ…うにゃ?!」 そういうやいなや橙も胸元へ引きよせる。 「さっ、二人ともよく頑張ったわね。いい子いい子」 そう言って二人を飽満な胸にうずめつつ、頭をなでなでし始める幽香。 「ハァハァハァハァ…」 「わわわ、い、息が息が」 幸福の絶頂状態のリュードと窒息寸前の橙という、何故か正反対の反応を示す二人。 そんな様をみて、藍の怒りボルテージがどんどん溜まっていく。 「き、貴様……私の大事な橙をなでなでだと。  そんな行為が許されるのは私か百歩譲って紫様ともげらだけの特権だというのに………」 藍から立ち上る怒りの炎は先ほどに比べてあからさまに上がっており、 最早もげらが抑え込むのにも限界であった。 さらにいえば、周囲も危険を察知したらしく兎や妖精達は即座にその場を離れ始めている。 だが、そんな状況になっても幽香は全く意に関さないどころか あろうことかリュードと橙を抱きかかえたまま、藍の方を振り向いてくすりと笑った。 その笑みが意味するのは『ごちそう』を前にしての笑みなのか、それとも『勝利』を前にしての笑みなのか…… そこはわからないが、わかるのはただ一つ。 幽香は藍に対して喧嘩を売ったのだ。 幽香は強い者が大好きで藍とは以前から本気で戦いたいと思っていた。 しかし、藍は紫の式という立場上なかなか戦いに応じてくれなかったのだ。 どんなに挑発しても小競り合い程度な戦いしか受けてくれず、幽香にとってそれが不満だったらしい。 なので、今回はリュードと橙の関係を逆手に取って藍の逆鱗を触れるどころか 往復ビンタのごとく何度もひっぱたいたのだ。 そんな甲斐もあって………… ブチッ ついに藍の堪忍袋の緒が切れた。もう、完璧なまでにぶち切れた。 怒りの炎で罪袋と衣服が全て燃え、もげらの静止を振り切って幽香目がけて突進を仕掛ける。 それを確認した幽香は二人の方へとささやく。 「さて、これから楽しい宴の始まりね。貴女達は巻き込まれないよう遠くへ避難しなさい」 「いやいやいや、このまま死んでもいいのでもう少し」 「へ、宴って…藍しゃま?!」 いきなりそんなこと言われても理解できない二人。 反応はそれぞれ違うが、のんびり説明する程の時間はない。 よって…… ガシッ………ぶん!! 「うにゃぁ?!!」 ドゲゴバァ!!! 「ぶげらっ?!!」 幽香はわけがわからない橙の首根っこを引っ掴むと同時に勢いよく放り投げ、 さらに至福顔のリュードのみぞおちに強烈な膝を叩きこんだ。 当然のことながら橙は瞬時に遥か彼方へと吹っ飛び、 リュードは内側からとてつもなく鈍い音を響かせながらその場で崩れ去る。 一応、これは橙とついでにリュードを助けるための行為だが、 「ちぇえええええええん!!!きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!  楽に死ねると思うなよ!!!!!」 怒りに燃えている藍は橙にとどめを刺したかのように見えた。 てか、実際リュードに関してはその場に崩れ墜ちたので完全にトドメである。 そんな具合に完全な勘違いをしたブチギレ藍の姿は一言でいうと超テンコー状態。 なお、超の読みは『スーパー』なのか『すっぱ』なのか、はたまた両方かわからないが…… まぁこの際どっちでもいいだろう。 何せ、今の状況は幽香にとって願ってもない状況なのだ。 幽香はすぐそばで転がったまま悶絶中のリュードを思いっきり蹴りとばして戦闘区域から追い出した後、 傘を構えなおしこれでもかというぐらいの極上な笑みを浮かべつつ真正面から迎え撃つ。 「そっちこそ、あんまり早く壊れないで頂戴ね」 「抜かせ!!二度と蘇れぬようハラワタを食らいつくしてやるわぁ!!!!!!」 そうして、ある意味決して交わってはいけないであろう二人が交差した瞬間…… どっごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!! ゆうかりんランドは核?の炎に包まれた…… とまぁ、そんな状況になったところで一足先に現場から脱出していたハクレンはというと……… 「あ〜〜やっぱりやらかしたか」 遠巻きながらも幽香と藍の核戦争を思わせる戦闘を極冷静に見つめていた。 「まぁ、例の二人と藍さんを見かけた時点でこうなることわかってたし、逃げて正解」 そう、ハクレンは以前からリュードと橙が付き合っている事に対して保護者である藍がご立腹なのは知っているどころか、 その藍から直々にリュードの監視を依頼された事もある。 よって、あの二人と藍の因縁は八雲一家のボーダー商事関係以外ではもっとも関わりある人物だ。 もっとも、ハクレンは隠密行動はそれほど得意ではないせいで成果はよくないようだが…… まぁ今はリュードの監視をする義務も義理もない。むしろ、あったら逃げださない。 ハクレンは気にせず当初の目的である兎…『傷薬をもってそうな』兎を探すことにした。 幸い条件に該当する兎はあっさり見つかった。 というか……該当者である兎、鈴仙の近くには人だかりができていたのだ。 「えっと、皆さん何をやってるんでしょうか?」 「おーハクレンか、見てわからんか?」 ハクレンがおそるおそる近寄りながら問いかけると人だかりの中の一人、 フィータがニヤニヤとしながら答える。 「わからないから聞いてるんですよ。だって、なんでこんなとこにナイトさんとうどんさんがいるんですか?」 「なんだ、充分わかってるじゃないか」 ハクレンのさらなる問いかけにやっぱりニヤニヤしながら答えたのは漸。 そう、この人だかりはナイトと鈴仙が二人連れ添って現れた事を冷やかすために集まったただの暇人達だ。 「さて、新たな客が増えたところで再度聞くが、なぜ二人はこんなところへ来たのかお兄さんに話してごらん」 「だから、鈴仙さんとは道すがりに偶然あっただけで」 恐らく何度も問いかけたのだろうと思われるフィータの問いかけに焦りながら弁解するナイトだが、 漸はにやりと笑いさらなる追撃を繰り出す。 「ほう、偶然あってそのまま二人一緒に連れ添う理由にはなりえないような」 「いや、それは仕事の話もあるからであって…そうだろ、鈴仙さん」 「えぇ、仕事の話なのは本当です」 そんなてんばっているナイトとは裏腹に比較的落ち着いている鈴仙。 といっても、ナイトも必死で否定している割には満更ではないような気配もだしている。 だが、そんなやりとりはハクレンにとって関係のないことだ。 むしろ、大けがを負ってる身としてはそんなことどうでもいい。 「とりあえず、恋愛話はいいとして傷薬欲しいんですけど分けてもらえませんか?」 「あー傷薬ですか。それなら丁度いいものが」 そんなハクレンの頼みが抜け道になったのか、 ナイトが即座に手荷物を探り某ネコ型ロボットでおなじみの効果音と共に一つの瓶を取り出した。 パパパパーン☆ 『DDD』 「…………」 「えっと、これは永遠亭と共同で開発したポーションであって、  飲むだけですり傷切り傷といったどんな傷でも瞬く間に全快」 いろいろと突っ込みどころが有り過ぎてあっけに取られてる中、ういういとウンチクを語るナイト。 その辺りさすが広報部門を担当するだけのことはある。 ただ、いくら好意的に解説しても見た目は緑色でブクブクと泡立っているせいで、 到底飲むに値するような代物とは思えない。 ハクレンは冷や汗をたらりと流す。 「まぁ傷が治るならなんでもいいか」 「そうだな、傷が治るなら問題ない」 しかし、戸惑いの表情を浮かべるハクレンとは裏腹に漸とフィータは全く意に介することなく ポーションをみつめている。 「なんでそんなに冷静に見つめられるんですか!!」 「あんなの抹茶雑炊と思えば問題ないだろ」 「もしくはドロり濃厚青汁ジュースと思えば全く問題ないし」 「問題ありまくりますって!!」 そう力いっぱい否定するハクレンだが、ある意味無駄だろう。 何せ漸は頭の中の螺子が完全にはじけ飛んでいるとしか思えない独創的な料理を作る事で有名な料理人。 でもってフィータは幼女に目のないロリコンとしてでも有名だが、お茶好きでも有名。 お茶好きであれば緑色の物体なら問題ないと考えていてもおかしくない。 とにかく、二人の感性は常識が通用しない幻想郷の中にあってもさらに一際異彩を放つ程強烈なのだ。 そんな二人と議論するのは労力の無駄と思ってハクレンはこれ以上の反論は諦めた。 「ちなみにこれは試供品なので、モニターとしてぜひともお試しを」 そう言ってずずいっとポーションを突きつけてくるナイト。 確かに見た目は毒々しいことこの上ない。 だが、良薬は苦いは定説な上にこれはタダだ。タダより安いものはないということで 「まぁとりあえず傷が治るならこの際飲んでみるか」 覚悟を決めたハクレンはポーションを受け取って栓を開ける。 開けたとたん、むわっと強烈なにおいが当たりに漂いはじめ、ハクレンの野生の勘が全力で警戒音を発し始める。 だが、ナイトは人をだますような事はしないのも事実。 全く効果がない失敗作を渡すような真似はないのでハクレンは目をつむり 「えーい!!」 ぐいっとポーションを飲み始めようとした…その瞬間 「ち、違います。中身は似てるけどそれはどんな相手もイチコロな『メルトポーション』で全くの別物!!!」 ブバーー!!!!! 薬を間違えていることに気付いた鈴仙の叫びで思わず中身を吐き出すハクレン。 どうやらテンバり過ぎたナイトは悪気なくとんでもないものを渡したようだ。 「えっ、あっ!?…そうだった!!ならこれは」 「これは確か飲めば傷が回復する代わりにあまりのまずさで石化してしまう『バブルポーション』」 「じゃぁこれ」 「それは相手を惚れさせる『惚れ薬』」 「そ、そんなものより…げ、解毒剤を…ください……」 しかも、テンバりはさらに継続中らしい。 毒がまわり初めてるハクレンを尻目に荷物から必死にポーションを探すナイトと鈴仙。 「お、おい。まずいぞこれは!!」 「しっかりしろハクレン!傷は浅いぞ!!」 普段は完全に傍観する立場な事も多い漸とフィータだが、今回はハクレンに何の落ち度もない。 言うなれば不慮の事故みたいなカタチなので、さすがに傍観せずハクレンを助けにかかるが、時すでに遅し。 「死ぬ前に…もう一度紅葉饅頭が食べたかった……ウボァー」 一撃必殺な即死を与えるメルトポーションによって、ハクレンは治療を受けるまでもなく息絶えた。 じ・えんど な、わけがない。 続く