「うぷっ…なんて臭いだ」 空に満天の星が散らばり、月が地上をかすかに照らしていた。 気付いたら、外へ出てしまったらしい。 一体いつの間にとは思うが、その月明かりの元に誰かがいた。 白いエプロンときらめくように映る金髪が目につく…が被っているのが黒いとんがり帽子。 (チガウ………) かなり紛らわしかったが、麦わら帽子ではなかったので人違いというのはわかった。 しかし、彼女は目下キノコ狩りに夢中で自分に興味は全くないらしい。 「これならやみなべを作ってる方がまだマシかもしれないだぜ」 (………ヤミ……ナベ………) 黒いとんがり帽子の少女が何気なくつぶやいた言葉……… この言葉が意味するのはわからない……… しかし、自分はその名前に惹かれてここまで来たのだろう。 「とりあえず、偶然とはいえ珍しいキノコが手に入ったし早速帰って研究だぜ」 キノコ狩りも終わったらしく、風呂敷に詰まったキノコを背負いながら箒にまたがる少女。 彼女はそのまま自分に見向きもせず、空へと舞い上がって立ち去っていった。 (………ソトノ……セカイ………) 一歩も出たことのなかった屋敷の外。 広大に広がる外の世界の彼方へと消えゆく彼女をずっと見送り続ける…… その光景をずっと見続けているうちに…… 自分の中で何かの鎖が外れた……気がした。 ………… 「えっと、まずなんでこんなことになったのか聞いていい?」 いきなりの爆発で一瞬意識が吹っ飛んだようだが、さすがにこう何度も起きるといい加減慣れてくる。 プスプスと少し焦げて無事とは言えないが、比較的元気なやみなべが周囲を軽く見渡しながら問いかけた。 ちなみに周りもさすがに常日頃から弾幕ごっこを行ってる人外やその候補者が多いだけあって、 ほとんどはピンピンとしている。 もっとも人外ではない一般人の風峰は致命傷を受けたようで大妖精にひざまくらをしてもらいながら、 永琳に治療してもらってるようだが…… 「とにかく、ちょっとふざけ過ぎましたからそこは反省します」 そう言って若干落ち着きを取り戻した映姫。 その様を見ると、騒ぎの発端である小兎姫が霊夢と早苗による二人がかりのネッキングハングツリーで ギブアップ寸前まで追いつめている事に関して咎めるつもりはないらしい。 「よしよし、映姫もだいぶ空気が読めるようになったじゃないか」 小兎姫からの助けを求める悲痛の叫びが上がってる小兎姫を前にしながらも、笑って無視するディスト。 もしかしたら、皇帝&ヘルカイザーとなった腋巫女ーずに関わりたくないという防衛本能かもしれないが、 まぁとにかく周囲は小兎姫を助けようとは微塵も思ってないらしい。 「ではまず私達ですが、今日は永遠亭からの要請で機材や人手その他諸々の貸し出しを  許可した事もあって様子を見に来ただけです」 「もっとも、映姫は元より俺も祭りに来たからにはお互い仕事抜きで楽しむつもりだったたけどな」 「何を言ってるんですか、ディスト!  そもそもここへ来たのは小町が無茶やらかしてないかを確認するためでもあって…」 「だから硬い事言うな。祭りは無礼講なんだし、多少騒ぎが起きるぐらいがちょうどいいのさ」 「わかってませんね。私は三途の河での釣りがしたいという無茶な要望を許可した手前、  無事に終わらせる義務があります。  っというか、この先さらに問題が起きれば最悪私を含む全員が処罰の対象になります」 「その時はその時で俺も一緒に上へ謝ってやるさ」 「そこまでやってもらう義理はありません。そもそもこれは……」 「……とりあえずあれは痴話喧嘩と思っていいですかね?」 っと、映姫とディストのやりとりについていけず、カイジは冷や汗気味につぶやく。 「そうじゃないの?それにこういう騒ぎは割とよく起きることだし」 「そういうものなんですか……」 やみなべは笑いながらそう付け加えた。だが、カイジはまだびみょんに納得はしていない様子だ。 まぁ、カイジは本当につい最近幻想郷へと流れてきた一般人。 いくら小兎姫のはちゃめちゃな行動で常識が通用しにくい場所という認識はできても、 まだ戸惑う部分はあるらしい。 「とにかく幻想郷はそういうところよ。例外もあるけど、基本は騒がしいところと思った方がいいわ」 そんなカイジを気遣うカナ。しかし、その言葉はどこか悲観的な部分も含まれている。 恐らく、その例外というのは自分のことを差しているのだろう。 「それなら、貴女ももっと楽しもうとした方がいいと思いますが」 そんなカナの様子を察したのか、カイジは笑いながらそう問い返す。 その問い返しにカナはうっと詰まった。 「とにかく、せっかくカナさんという可愛い彼女がいるんですからもっと積極的に行ってはどうですか?  酒場の地主の…やみなべさん」 「ぶはっ!!」 その言葉に今度はやみなべが吹いた。 っていうか、まだ自分の名前を名乗った覚えはないような気もするが……… 「気にしないでください。二人のことは割と有名人ですから」 「有名人って……」 カナはともかく、やみなべ自身はそれなりに名が通っている。 しかし、名は通っていても前心臓は全くと言っていいほど知られていない。 それなのに、なぜカイジは知っていたのか…と少し不可解に思ったが、あることを思い出した 「そういえば、カイジさんって他者の秘密を探る能力持ってたっけ?」 「まさか、閻魔様や妖怪さとりじゃあるまいしそんな真似できませんよ。  僕ができるのは精々そこらに漂う記憶の欠片である残留思念を読む程度です」 「つまり記憶を探る程度の能力ってことね。でも、それって………」 っとやみなべは言いかけてはっと気付いた。 そう、カイジは幻想郷へ来る前の記憶が全くないのだ。 自分の名前すらも覚えておらず、気付いたら小兎姫の家の布団の中だったらしい。 小兎姫が言うには、博麗神社周辺の森に倒れていたところを保護したとのこと。 でもって、小兎姫から『外界人(ガイカイジン)』だからカイジという仮の名前をもらい、 その縁で小兎姫の家に居候することとなった。 もっとも、小兎姫には魔法使い並の収拾癖があるので、 カイジは収集品の一つとして扱われているのかもしれないが…… まぁとにかく、自分の生い立ちが全くわからない者にあまり皮肉的は言うものではない と思ってやみなべはその先を言うのを止めた。しかし 「全く、自分の記憶は探れないのに他者の記憶は探れるなんて皮肉もここまで来たら笑い話ですよ」 そう笑いながら自分の事を話すカイジ。どうやら気遣いは無用だったらしい。 「で、でも、過去の記憶がないなんて不便じゃないかしら?」 さっきの爆弾発言から立ち直ったカナはある意味自分の事を棚にあげることを聞いてきた。 それを聞いたカイジはう〜んっと少し考えた後に 「確かに不便ではあるけど、仕方ないですよ。  過去の記憶がないってことは、僕にとって必要のない記憶なのかもしれませんしね。  本当に必要であれば自然と思い出すはずなので今は無理に思いださない方がいいでしょう」 「そ、そうよね。過去の記憶っていってもいいものばかりじゃないし」 「そうそう、大事なのは過去よりも未来ですよ」 そう言ってにっこりと笑うカイジ。だが、その表情に少し陰りがあるのをやみなべは見逃さなかった。 恐らく、カイジは過去の記憶を少し持ってるのだろう。 しかもその記憶を自分自身で封をしているだけのようにみえたが…… 「まぁ、カイジさん自身で必要な時が来れば思い出すって言うなら別にいいか」 さらに付け加えたら、それはカイジ自身の問題なのでこちらからとやかく言う権利なんてない。 ただ、気になるところといえば……… 「自分の過去…かぁ」 そう独り言のようにつぶやきながらやみなべは酒場の方を振り返る。 その時にランジェロといのはなが泣きながら扉を修理している姿もみえたが、軽く無視して全体を見渡す。 酒場自体は夏に建て替えられたのだが、何らかの不可思議な力のせいで外見は建て替え前とほぼ同じだ。 「やみなべさん、どうしたの?」 「いや、ちょっと昔の事が気になってね」 「あーやみなべさんも僕と同じように外から流れて来たものでしたっけ。  確か、あの酒場と同じように…」 そう言いながら、カナとカイジも酒場の方に振り向いた。 やみなべは酒場に住み着く怨霊であり、自爆霊でもある。 さらにいえば、酒場が酒場となる前…外の世界で忌み嫌われた洋館として 現存していた時から住み着いているという、いわば酒場の歴史と共に居続けた存在だ。 だが………そんな自分が知らないこと。 それは…………自分がなぜ生まれたかである。 やみなべは気付いたら、独りだった。 元の持ち主はすでに没した後だったらしく、洋館の中は荒れ果てて人の気配はなかった。 ただ、荒れ果てた洋館には怨霊が闊歩しており、怒りや悲しみ、苦しみに憎しみといった負の感情に満ちていた。 やみなべはそんな中で偶然生まれた存在だったはずだが……… 最近気付いた事がある。 それは……自分が、偶然生まれた存在ではない。 誰かの手によって必然的に生みだされた存在だということだ。 その有力な候補は元の持ち主だが、 酒場として新装開店する前にパチュリー達が元の持ち主と思われる資料や痕跡を全て廃棄しているのだ。 その廃棄した痕跡は自分が最初に居た部屋も含まれているために今となってはわからないはずだが…… 「本当にこの酒場ってどうなってるのやら」 時々、その処分したと思われる資料や痕跡の欠片が見つかることがあるのだ。 さらにいえば、気付かないうちに新しい地下室や迷宮が出来ていたりと どこぞの不思議ダンジョンを思わせる変動を繰り返していた。 さすがにここまで来るとこの異様さに少し怖さを感じてくるが、 元々常識が通用しずらい幻想郷の雰囲気になじんでいつしかあまり気にしなくなっていた。 「どうなってるって……これやみなべさんの意志でやってるんじゃないんですか?」 「…はぃ?」 そんなやみなべを尻眼に突拍子のないことを、さらりとぬかすカイジ。 さすがにやみなべはあっけにとられたが、カイジは特に気にせず続ける。 「だから、この酒場に残っている残留思念をやみなべさんが実体化させてるから  以前と全く同じ姿に戻ったりするんですよ」 「あーなるほど」 酒場もある意味では境界が存在しない無に近い存在であり、やみなべと根っこを同じとする一心同体の存在だ。 その証拠に、以前酒場が吹っ飛んだ時はやみなべ自身の意識も吹っ飛んでしばらく消失状態となってた。 もっとも、レミリア達が早急に酒場を復旧してくれたおかげで完全消滅する前に復帰できたが、 とにかくやみなべと酒場は相互干渉しあっているのだ。 「つまり、酒場がこんなになるのはやみなべさんのせいだったってことね」 「確かにカナの言うとおりだけど、それだったら……」 (なんで元の持ち主の痕跡まで復活するのかなぁ) いくらやみなべが騒動を引き起こすトラブルメーカーでも、元の持ち主が残した資料のやばさは知っている。 知ってるが故にそれらの類は世に出回らないよう焼却処分をしているが、 何度処分してもある程度時間が経てば復活してくる。 まるで、何かを知らせたいかのごとく、何度でも現世へと迷いでてくる 「何に悩んでるのかわかりませんが、気にしない方がいいですよ  っていうか、そんなに気にする前にまずやるべきことがあるでしょう」 「やるべきこと?酒場以外っていうと……会場の中心にいる妹様のことかな?」 そういいつつ、やみなべは首を傾げた。 ちなみに、フランは今現在鈴仙とナイトと同席しながら昼食中のようだ。 しかもナイトの表情からすると教授からいろいろとからかわれてるんだろうなぁっと予想ついたが 他人事なのでどうでもいい。 さらに言えば、カイジにしてみれば検討違いらしく、はぁっとため息を一つ付く。 「確かに今祭り会場にはあの悪魔の妹様が来てると慧音先生から報告入ってますけど、  それよりもっと重要なことあるでしょうが」 「破壊魔である悪魔の妹様より重要な事って……」 「それって人里の危機レベルマックスの大異変にならないかしら?」 「そういう風にも取れますが、それは専門家に任せることとしてお二人がすべきことは……  デートですよ!!」 「「ぶふっ!!」」 そうビシッと言い切るカイジに、やみなべとカナは同時にむせた。 「ちょ、ちょちょちょ…いきなり何を」 「何って、やみなべさんのカナさんに対する思い入れから見て当然じゃないですか!  何せ、やみなべさんどころか酒場全体から滲み出るようにでてるなんて異常ですよ!!」 再びビシッと言い切るカイジ。 しかも、その内容というか勢いはいつぞやの霜月教授が放送したラジオでの恋愛相談コーナーの教えそのものだ。 っていうか、今まさに教授がナイト目がけて説いている内容とクリソツだ。 恐らくカイジもあのラジオを聞いていたと予想されるが、 やみなべにとってはガチャピンとムック経由で聞こえてくる教授の恋愛談を同時に聞いているようなもので、 ある意味たまったもんじゃない。 むしろ、やみなべ自身微カナの事をそこまで思ってないので勢いに負けないよう即座に否定しようとした……が 「やみなべ…さん……」 うれしいのか、恥ずかしいのか、はたまた両方なのか… とにかく、顔を少し赤く染めているカナが目に入ったせいで全力否定はできなかった。 雰囲気的に否定を許さなかった。 しかし、このまま黙っているわけにもいかない。何かしゃべらないといけないが……… 「あ……えっと………その…ホンジツハヘイテンナリ」 自分でもわけのわからないことを言うやみなべ。 どうやら、頭の中の洗脳は免れたものの完全に混乱というか混沌に支配されたらしい。 カナもずっと黙ったままで二人の間に気まずい空気が流れている。 「カイジ君って言ったっけ。どうやら、面白いことになってるようで」 「えぇ、ディスト…さんでしたっけ。あの通りですよ」 「全く若いっていいわよね」 「若いって永琳。貴女はそんな年でもないでしょうが」 そんな様をニヤニヤと見続けるカイジとディストと永琳と映姫他数名。 どうやら周辺で起きていたもめ事は一段落ついたらしく、 新たに発生したラブコメイベントを見学しにきたようだ。 全く幻想郷の住民は本当に色恋沙汰話が好きというかなんというか…… とにかく、そのまま周囲は完全傍観の立場に入ってただ成り行きを見守ることにした。 そうしてしばらく経った後… カナは無言でやみなべの手を取って、そのまま引っ張りながら歩き出した。 「えっと…カナ…サン?」 あまりの事でつい勢いで引っ張られるままだが、カナはきっぱり言う。 「カイジさんに言われたとおり、祭りの中心にでも行きましょ」 「いや、でも……」 「いいから!」 「は、はい!!」 そのままカナにぐいぐいっと引っ張られるまま人里の中央へと向かっていくやみなべ。 でもってその様をやはりニヤニヤしながら見送る見学人達。 「しかし、騒霊はともかく災いを呼び起こす怨霊を人里の中心部に向かわせるなんて  ずいぶんと大胆な行動を促しましたよね」 「いいじゃないか。映姫も実際は止めなかったんだし、いわば同罪さ」 「同罪ではありません。  怨霊は人に災いをもたらすのが役目であり、人々は怨霊が呼び寄せる災いを知る義務があります。 それがたまたま今日であるだけの話ですよ」 そう言って映姫はそれなりの正当性を主張するが 「はいはい、そんな理屈っぽいことはなしにしてもっと素直になりなよ。  映姫だってあの二人の関係を気にしてたんだろ」 同じ閻魔であるディストにはそんな理論なんて通用しないらしい。 「な、何を………といっても無駄ですね」 そう言われて映姫は反論しかけた…が、思いとどまったようだ。 ごほんと咳払いをして話を続ける。 「えぇ、確かにあの二人…特に怨霊であるやみなべの事は気にかけてましたよ。  なにせ自分がどんな存在なのかわかってないようですからね」 「だよな。自分が何のために存在してるかわかってないんだが……答えを教える気はないんだろ」 「えぇ、私達閻魔は選択肢を示すだけで道を示すわけではありません。  むしろ、むやみやたらに真実を教えたらどこぞの吸血鬼みたく運命を操作することになります。  そんな権限がない以上、私達にできることは……」 「何が起ころうと暖かく見守ってあげるってところか」 「その通り、災いも混沌も世界を構成させる大切な一部です。  決して目から逸らしてはいけない事例であり、真理でもあります。  なので、何が起きようともまずは全てを受け入れること。  拒否することなくまずは知ること。それが、彼等に対して行うべき善幸です」 そう言って映姫は淡々と続ける…が 少し前に丁度輝夜と妹紅の釣り勝負がついたらしい。 当事者どころか船頭である小町やシバもお互いの妨害合戦でくたくたで縁側に辿りつくと同時に 仰向けとなって寝転がり、永琳はすでに輝夜の介抱へと向かっていた。 ついでにいうと、観客にまぎれ込んでいたとされるベンゲルは妹紅のそばで何かしゃべっている。 でもって霊夢と早苗は干していた巫女服に着替えている最中で、 カイジは二人からボロクズのように捨てられた小兎姫を回収している最中である。 おまけに、風峰は大妖精と一緒にどこかへと消え去っていた。 つまり………今この場では誰も閻魔達の話を聞いていないということだ。 「あなた達………」 その事実に気付いた映姫はゆらりとした動きで振り返り 「全・員・有・罪!!!!」 容赦ない怒りのラストジャッジメントが放たれた。 続く