「これって……なに……?」 暗い部屋にて沸き立つ鍋の音が響く中、誰かのつぶやいた声によってふと目が覚めた。 誰も訪れることはずがない、訪れるわけがないと思っていたからこそ… もう二度と目覚めない眠りについたはずなのに、何故か目が覚めた。 わずかな光が差し込む闇の中浮かんでいたのは闇の中でみたのは……… 白いエプロンがたなびき、はかなく輝く金髪に麦わら帽子をかぶった少女の姿………… 「なんだろう……他の部屋のものは全部ボロボロなのに、これだけは錆び一つないなんて」 少女は不思議そうに『自分』をみていた。 その瞳に映るのは、恐怖ではない、興味に満ちた純粋な感情。 全くおびえることなくまっすぐとした瞳でみていた。 (この子……どこかでみたことあるような………) みたことあるといっても、『自分』は気がついたらここにいた。 時の牢獄とも言えるこの空間の中でずっとここにいた。 訪れる者は誰もいない…… なので、『自分』は他の存在は知らない。 いるとすれば、『自分』をこの世に生み出した創造主のみである。 「まぁいっか。ここに誰もいなさそうだし、他のところに行ってみましょ」 そう少女はそうつぶやくとそのまま部屋から立ち去っていった。 その時何を思ったかわわからない。 ただ、印象的だったのは……立ち去る時に浮かべた悲しそうな表情だった。 この世界にただ一人残されてしまった者。 自分を知る者は誰もなく、そのまま忘却という時の彼方へと消え去り行くのを待つだけの者……… このまま見逃せば、二度と会えないかもしれない…… (マッテ!!) そう直感で感じた時、生まれて初めて持った、好奇心ともいうべき感情。 知りたいという想いが浮かんでいた。 そして、『自分』は初めて動いた。 何も考えずに気付いたら自分が居た部屋を飛び出していた。 生まれてから、一度も出ていない部屋の外は新鮮であったと思うが、覚えていない。 ただ、無我夢中に部屋の外を探した。 そうしていくうちに…… 「……ヤ…ミ……ナベ………」 誰かからそう呼ばれた…ような気がした。 それが誰のことかはわからない。 だが……その言葉に何らかの縁があるのは確かである。 その言葉で呼ばれたら答えなくてはならない……… 理屈で考える前に自分はその声の方向へと意識を飛ばしていく…… そこで見たものは……… ……… 「……さん……やみなべさん………やみなべさん!!しっかりして」 「……………?!」 呼び声に引かれて意識が戻ってきたらしい。 どこか遠くから聞こえてきた声も、時がたつにつれて鮮明になってくる…が 「ちょ、ちょちょちょちょ…死ぬしぬシヌ〜!!」 同時に視界が激しくぶれ、情けない悲鳴があがる。 どうやらカナがやみなべの両肩をがっしり掴んで頭を激しくシェイクさせていたようだ。 「あ〜よかった。気がついてくれたのね」 やみなべの意識が戻ったことを確認したカナはそのままやみなべの胸の中へと飛び込む。 やみなべは純情でこういう事に慣れてないために、 本来ならこの時点で再び卒倒してもおかしくないが…… 「え、えっと……どしたの…カナ?」 さっきのシェイクで意識が半分飛びかけたこともあってか、今の自分の状況がよくわかってないらしい。 むしろ、わからなさすぎて検討違いな返事をしてしまったようだ。 次の瞬間にはカナがずいっと凄い剣幕で話しかけてきた。 「どしたのじゃないわよ!!また爆発が起きてもしやと思ったら、案の上巻きこまれてたじゃない!! おまけに、衝撃でプールまで吹っ飛んで危うくサメの餌になるところだったのよ!!」 そう早口にまくしたてられ、気がついたら自分があちこち傷だらけなのに気付いた。 「そ、そうなの……そういえば身体中あちこち痛いけどかすり傷程度だし」 実体化したときにしかわからない痛みの感覚が今頃になってやってきたが、騒ぐ程度ではない。 充分耐えられる程度だと思ったが普通の人はそう思ってないようだ。 「いやいや、腕一本無くなってるからかすり傷程度じゃないでしょ」 そんな軽いやみなべに対して真っ先にツッコミを入れたのは風峰だった。 ちなみに、彼は酒場前にあるプールを改造して作った釣り堀にて死神見習いであるヤングが操る船の上で、 金魚掬いという名の釣りを楽しんでいたところ、いきなり酒場からふっとんできたやみなべが激突。 その衝撃で船が破壊されて転覆。 でもって丁度近くにホオジロザメが回遊してたらしく…… 偶然にもホオジロザメVSヤング&風峰というバトルが展開された。 なお、バトルの結果だが開幕一番で放ったヤングのスペルカード『人符「ザムデイン」』は見事に不発。 そのままサメの一噛みでピチューンとなった。 おかげで、戦う術を持たない一般人の風峰はヤング同様サメに食われての弱肉強食になるはずだったが、 とっさに掴んだと思われる秋刀魚の一振りから放たれた秋刀魚型の弾幕で逆転KO。 人間は命の危機に瀕すると秘められた能力を発揮できるというが… とにかく、サメをピチューンさせることに成功した風峰は九死に一生を得たのだ。 ただし、サメの驚異が去っても今の暦は晩秋で水はかなり冷たい。 よって、風峰は毛布にくるまってガチガチ震えながら焚き火に当たって暖を取っているようだ。 なお、そんな風峰はこの件によって運命を捻じ曲げられたせいか 後に『味覚「大漁豊漁・秋刀魚颪」』というスペルカードを編み出すことに成功。 一般人から人外候補へと昇格することになるなんて誰も想像してなかったが……… 「それで、あなたは一体何者なんでしょうか?」 「腕一本無くなっても平気なところをみると人間ではなさそうだし、  かといって妖怪にはみえないし……」 そう言ってきたのは早苗と霊夢だ。 酒場の中では状況が状況なだけに出会い頭でやみなべを吹っ飛ばしたのだが、 今さらになって吹っ飛ばした者の正体が気になったらしい。 さらにいえば、不可抗力とはいえ無関係な者まで巻き添えにした罪悪感もあるらしい。 早苗は元より霊夢の方も申し訳ないようにしてる。 「あーそういえば自己紹介がまだだったっけ。  僕の名前はやみなべで一応酒場の地主…とでもいえばわかる…カナ?カナカナ……」 そうやみなべが言うと辺りはシーンっと静まり返った。それもそうだろう。 やみなべは人前に姿を現すことはめったにない。 っというか元々が実態のない怨霊であるために人前へ姿を現すのが難しいのだ。 そうして、少ない目撃証言から縞々模様の恐竜とか毛むくじゃらとかいろいろな噂が立っていた。 なので、こう対峙したら意外と見た目が普通の人なのでいろいろと驚いているのだろう。 「そう、あんたがあの酒場の地主なのね…」 「私も見るのは初めてなんですが、こうやってみると普通の人と変わりませんよね」 「でも、あのレミリアさんが敬意を払うような人なのでやっぱり普通じゃないと思うけど」 そういいながらジロジロとやみなべをみる霊夢と早苗と風峰。 その様はまるで見世物にされた動物のようであまり気分いいものではない。 なので、その空気を読むかのよう視界の間にばっとカナが割りこんだ。 「ちょっとちょっと!やみなべさんは見世物じゃないんだから、そうジロジロみないの!!」 「まぁまぁ。この姿はカナ以外だと紅魔館関係者ぐらいにしか見せてないから珍しがっても不思議じゃないさ」 「あっ、そう…あまり納得できないけどやみなべさんがそう言うなら」 そういって、霊夢と早苗を睨みつけながらもしぶしぶ引き下がるカナ。 その様ははっきりいって異常というか……明様に普段のカナとは違う態度を見せていた。 ついでにいうと、やみなべもカナを特別視している節があることを感じ取って、これは何かあると三人は感じたが 「とりあえず、こっちからも質問するけど二人ともその格好は…」 さっきの気絶で中断させてしまったガチャピンとムックのリンクを接続し終えたやみなべは、三人が動く前に動いた。 っというか、気になってたことをそのまま口に出した。 確かに、今の霊夢と早苗はダボダボのYシャツ1枚を着込んでるだけで普通は疑問に思うだろう。 むしろ、うら若い少女がこんなはしたない格好で外を出歩くなんてけしからんと怒られそうだが 「代えの服がこれしかなかったからよ」 我に返った霊夢は興もそがれたらしく、 すぐそばの焚き火前に干している濡れた巫女服を指さしながらざっくばらんに答えた。 そんな霊夢の態度は悪気もなければ恥じらいもない。 ついでにいうと、焚き火近くには串に刺した秋刀魚の他にさっき風峰が仕留めたホオジロザメやヤングの屍。 さらに首から下が地面に埋っているランジェロといのはなの姿もあった。 「実はいうと、霊夢さんと釣りをしていたらちょっとしたトラブルでうっかりプールに落ちたんですよ。  それで、悪いかと思ったんですが濡れた巫女服の代わりとなる服を酒場で借りたんですけど  まずかったですか?」 緊急事態とはいえ、店のものを勝手に借りたことにはそれなりの罪悪感を持っている早苗。 その辺りは、人の物を辺り前のように持っていくずぶとい霊夢とは全く違うようだ。 最も、恥じらいという観点では二人とも全く持ってないが…… 「借りる程度なら別にいいと思うけど、それだけでさっきの爆発の理由説明できないような……」 といっても、埋められているランジェロといのはなの顔が 原型をとどめてないぐらいボコボコなのをみれば大体何が起きたか想像はつく。 大方あの二人が霊夢と早苗の着替えを覗こうとしたらみつかって……… その結果粛清を受けたのだろう。 「とにかく、あんたは最初の爆発に驚いて様子を見にきたら私達とばったり出くわした…  と思っていいのよね?」 やみなべの様子というか目線からみて、本当の理由は察したと感じ取り、 霊夢はあえてそのことには触れずに話を続けた。 「一応そうなる……のかな」 まぁ普段なら爆発なんて日常茶飯事だから対して気にしないのだが、あの時の状況は……… つい思いだしてカナと一緒に顔を赤くする。 しかし、顔を赤くしても霊夢や早苗にとってみれば自分達の下着姿を見られたからという風に取れるようだ。 多少気まずく思う程度で事の真相には全く気付かなかった。 「では、お互いの偶然が重なった事故ということでいいでしょうか?」 早苗もカッとなったとはいえ、何も知らないやみなべを吹っ飛ばしたことに対して負い目があるらしい。 申し訳なさそうにそう提案してきたが、巻き添えで吹っ飛ぶなんて酒場ではよくあることだ。 大体そんなことで怒ってたら到底酒場の地主なんて務まらない、別にいいと思ってはいた…が 「事故でもなんでも壊したのは事実なので、お二人は酒場の修理をやってくださいなぁ」 破壊状況の確認をしていたと思われる大妖精が霊夢と早苗の後からにっこりと言い放ってきた。 彼女は酒場の副マスターである『ファンシーマスター大ちゃんプリン』の肩書をもつ、 レミリアがいない時の最高責任者だ。 その最高責任者という立場からみれば、どんな理由があっても酒場を壊した以上は何らかの罰を与える必要がある。 よって、大妖精の額に筋が入っているのは気のせいではないだろう。 ついでに、大妖精の後ろには殺気に満ちた妖精メイド達の姿が控えているのも気のせいだろう。 そんなただならぬオーラを放つ妖精たちに睨まれて早苗はたらりと冷や汗がでた…が 「あーわかったわ。あのランジェロといのはなに直させるからそれでいいわね」 霊夢は全く恐れることなく、埋められているランジェロといのはなを指さしながら言い切った。 「はい、それで構いません。では早速二人をお借りして構いませんよね」 と、いいながらすでにランジェロといのはなを掘り起こしにかかっている大妖精と妖精メイド達。 その行動は早すぎでもあるが 「構いません。覗きは重罪なので存分にこきつかってください」 とくに怒ることなくさらりと答える早苗。 まぁ、そう答えるのは誰でも予想できたことだ。 「そういうわけなので、今からお二人は酒場の修理をしてもらいます。  期限は今日中にお願いするですぅ」 「えーちょっと!それはいくらなんでも無理!!」 「せめて3日のゆうy」 じゃきじゃきじゃきーーーん 「今日中にお願いしますよ」 「「い、いえっさー」」 妖精メイド達から首筋にナイフやらフォークやらスプーンを突きつけられた状態では選択肢なんてないに等しい。 二人はとにかく周りの妖精メイド達を刺激しないようにゆっくりとした動作でびしっと敬礼した。 「では、お願いしま〜す」 そう大妖精がにっこり笑うと同時にさっと離れる妖精メイド達。 その余りの統率力に二人は旋律を感じた……が、 逃げだそうとすれば即座にメイド達が襲いかかってくるのは確実だ。 ついでにいうと、逃げたことを霊夢や早苗に告げ口されれば……… 「イノハナクン、イッショニガンバロウ」 「ガンバレバデキナイコトハナインダヨー」 どう足掻いても逃れることのできない恐怖の糸でがんじがらめに縛られた二人。 まるで機械のような動きで酒場の方へと向かい始めた。 その後姿を確認した大妖精はくるりと振り返ると 「ということで地主さん、はじめまして。酒場の副マスターを務めてる大ちゃんプリンです」 何食わぬ顔をしながらぺこりとあいさつした。 「あっ、うん。大ちゃんのことは影からこっそり見てたけど相変わらず妖精メイド達の扱い上手いよね」 「えーかりすますたーれみりあ様に比べればまだまだですよー」 やみなべから誉められても謙虚な返事をする大妖精だが、彼女の妖精に対する統率力は異常であった。 その証拠にこの前の酒場修復工事で、大妖精が手伝いに来てから妖精メイド達の動きが見違えるほどよくなっていた。 その動きは、当時現場監督であったおかも何が起きたのか把握できないほどであり……… その結果、酒場はわずか一ヶ月足らずで以前よりも立派な建物として修復できたのだ。 もっとも、修復された酒場はどういうわけか半年も経たないうちに 以前と同じような年代物を思わせる外観へと古ぼけてしまったが…… まぁ神社の方でも雷直撃で死に絶えたミズブナの木が半年足らずで以前と同じ緑溢れる大木へと変わった実例もある。 さらにいえば酒場自体に謎が多いということもあって周囲は特に問題視はしなかった。 少し話はそれたが、まぁとにかく大妖精にかかればほとんどの妖精が瞬時に軍門へと下り、 実力以上の力を発揮するのである。 その理由はパチュリー曰く、大妖精は妖精の女王である『ティターニア』ではないかという説を立てているのだが… まぁそういうこともあってパチュリーは便利だからと大妖精を酒場の副マスターに任命させて 妖精メイドと共に酒場を管理させればいいのではとレミリアに進言し、レミリアもそれを承諾。 こうして大妖精は新生酒場で副マスターを務める大ちゃんプリンとして働くようになった。 ちなみに、酒場勤務にさせたのはレミリアや咲夜の言うことをあまり聞かないくせして 大妖精の言うことだけはよく聞く…… なんていう状況は二人にとって面白くないこと間違いなし。 なので、二人の顔を立てるためにもあえて酒場という紅魔館の命令系統とは違うポストへと置いたのだ。 でもって、今日はそんな大ちゃんプリンに妹様相手専用の妖精メイド、略してEX部隊を預けて有事の際… この場合祭り会場へ出向いた妹様が暴走したときに駆けつけてもらう役目があった。 「いやいや、大ちゃんはすごいから自信を持ちなよ」 そんな経緯があって、しかもよく知っている風峰は誇らしげに語りかける…が 「でも風峰さん。そうは言っても私なんて」 肝心の大妖精が謙虚であるため、全く威厳もカリスマも出てこないのだ。 これではせっかくの王としての資質も腐らせるだけ。 もっとも、大妖精は変に威厳持たれるより、今の謙虚でいる方がいいという意見も多いが、風峰はそう思わないらしい。 「だから自信を持ちなって。なんならこうすれば…」 っと、自信なさげな顔をしてる大妖精目がけて風峰は毛布を広げて後ろから覆いかぶさった。 でもって、そのままぎゅっと抱きしめる。 「ほら、だんだん自信でてきただろ」 「は、はい…」 ぎゅっと抱きしめる風峰に対して顔を赤くしながらもうなずく大妖精。 でもって二人は呆然とした周囲をよそに、そのまま自分達の世界に突入した。 「あーそういえばこの前教授のラジオで恋愛相談コーナーを新設してたっけ」 そんな二人の様子をみて、やみなべはふと霜月教授がDJを努める『教授のgdgdラジオ』を思い出した。 ちなみに、その内容は霜月教授から恋愛のテクニックを教わるものだが、霜月教授の恋愛観は押して押しまくるものだ。 そんな教授から恋愛相談なんて受けたら…… 「まぁ、こうなるわね」 霊夢は半ば呆れ気味につぶやくが大妖精もまんざらではないので特に邪魔はしない。 程良く焼けた秋刀魚をほおばりながら、我関せずと見学だけにとどめている。 どっすん そうこうしてるうちにいきなり近くへ大きな魚…いや、魚らしきものが降ってきた。 というのも、その魚は鋭い歯がぎっしりと生えてる上にヒレからみて陸上でも活動できそうな形態をしているのだ 下手すればそのまま暴れ出して周辺に被害を出しかねないと思われたが ざくざくざくっ 暴れる前に妖精メイド達が次々とナイフやフォークを突き刺してトドメを刺した。 でもって、メイド達はそのままその魚をまじまじと見つめ、ばばばっと数字が書かれた看板を掲げる。 「おーっと、これは67点です。せっかくの大物も今一つ評価が伸びずにまさに無念と言わざるを得なーお」 マイクを持ったてゐの声が響き、わっとどよめきが上がる群衆。落胆してる客もいれば喜んでいる客もいる。 「そういえば、さっきから何かの実況らしき声も響いてたけど一体何やってるの?」 「あーあれは………私の口から説明するより現場の状況見た方が早いかもね」 っと霊夢と同じく焼いていた秋刀魚をほおばりながらプールを指差す早苗。 そこでは…… 2艘の小船の上にて、お互い目掛けて凄まじいまでの殺気を放出させながら釣りに勤しんでる妹紅と輝夜の姿があった。 つまり、さっきの獲物はあの二人のどちらかが釣り上げたものということになるが…… 「つまり、あの二人は釣り勝負の真っ最中で観客達はどちらが勝つかトトカルチョしてるってところカナ?」 「そうみたいよ。しかも今回は死神に三途の河を召喚させて三途の河の魚が釣れる仕様にしてるからどんな魚が釣れるか、  物珍しさで大勢集まったみたい。ついでに言うと、妖精メイド達も合図がない限りは  出動しないから暇つぶしでああやって採点してるみたいだし」 そうカナから解説されて大体の状況はわかった。しかし、それだと一つ疑問がある。 それは……三途の河を泳ぐ魚は釣り上げることができないということだ。 だが、妹紅と輝夜は互いの船頭を顎でこき使いつつ巧みな竿裁きと弾幕によって、 次々と大物を釣り上げて行っている。 「そう。普通なら三途の河から離れた時点で地上の穢れに侵されて消滅するけど、  そこは姫の『永遠と須臾を操る程度の能力』を使って解消させたわ」 そんなやみなべの心を見透かしたかのように後ろから声がかかった。振り向くとそこには永琳が立っていた。 「大丈夫よ。あなたがかの有名な酒場の地主さんね。  気付いてないでしょうけど、私達もあなたの存在は承知してたわ」 「あっ、そうなの」 「もっとも、姿の補足までは出来てなかったからこうやって顔を合わせて話をすること自体はこれが初めてね。  はじめまして」 そうにっこりと笑う永琳だが、首筋にうっすらと筋が入ってることをやみなべは見逃さなかった。 まぁ、意志はあるけど実体はないという生き物が身近にいるというのはあまり気持ちいいものではない。 特にやみなべの場合はその情報をドキュメンタリーのネタとして編集に組み込む癖がある上というか、 つい最近実際に輝夜が主役なドキュメンタリーを作成したばっかりだ。 なので、そのことに対して怒りを覚えているのだろう。 でも、やみなべはそういう風に見られているのには慣れていた。 「こっちもはじめまして。それで、永琳さんは何故ここに?」 むしろ、そういうのにイチイチ怯えていたら幻想郷内で到底生きていられない。 なんな、やみなべは平然とした態度に永琳も毒気は抜けたようだ。 もっとも、最初から喧嘩売るつもりなんてなかっただけかもしれないが、永琳は周囲を軽く見回して答える。 「ここら辺で立て続けに大爆発が起きたとかいう報告があったから、様子を見に戻ってきたのだけど杞憂だったかしら」 「爆発って…あーあれのことですね」 そういう早苗はついさっき覗きを撲滅させるために放ったスペカを思い出した。 あれは人里では放ってはいけない程度の破壊力があるので、無意味に使ったとなれば当然罰則が与えられる…が 「わかってるわよ。酒場周辺での爆発騒ぎなんていつものことだし、  慧音先生を始めとする祭りの治安部隊も全く問題視してないわ。  今日は秋祭りで一般人が大勢いるし、姫のことも気になるから本当に様子見で戻ってきただけよ」 「そうよね。酒場ではいつものことだし、気にするなんて無駄よ無駄」 そういって軽く笑う永琳と霊夢。しかし、爆発の余波による被害が一般人に及んでいないとはいっても その直撃を食らった者達は無事に済んではいない。 とくにやみなべなんて腕が一本吹っ飛んだ上に何か嫌な事も思い出したらしく、 カナ共々硬直して動かなくなっている。 「ところで、祭り会場中心部の方はどんな感じなんでしょうか?」 そんなやみなべを不憫には思っても、助け舟は出さない早苗は永琳に中心部の様子を聞きにかかる。 「そうねー今年は不作になったとは言っても、祭りそのものは大盛況ってとこかしら」 「……すいません。神奈子様や諏訪子様のお力が足りないせいで」 「大丈夫よ。不作の原因はあの天界人なのだし、誰も神様のせいとは思ってないわ。  それに加え、今年は秋姉妹が『来年は絶対に豊作へとさせる!』なんて張りきってるから問題はないわ」 「………あの〜秋姉妹って誰のことでしたっけ?」 きょとんとした顔で問い返す早苗。その言葉に永琳と霊夢は唖然とした 「…………あんた、それボケなの?それともマジ??」 「マジです」 霊夢からの確認に対して、自信満々に言い切る早苗。その姿に永琳と霊夢は不安に襲われた。 「秋姉妹は紅葉を司る姉の静葉と豊作を司る妹の穣子のことよ」 「そーなのかー」 永琳の説明に感心しながらうなずく早苗。その純粋な表情からしてどうやら本当に知らなかったようだ。 仮にも巫女が神様のことを覚えてないなんて… っと、永琳は少し守矢神社の行く末に不安を感じた……が あまり真面目すぎると幻想郷の人外な連中と到底まともに付き合えないから あれぐらい吹っ飛んでる方が丁度いいということで、それ以上考えないことにした。 「まぁとにかくこっちの様子はどうなってるのかしら。とくに姫と妹紅は何をやってるのよ」 そう言いつつ永琳は少し頭をかかえながら、今なおプールの生簀で続いている釣り勝負の方に目を向ける。 釣り勝負の方は、相変わらず妹紅と輝夜がお互い敵視しながら釣りを行っているところは変わらない。 だが、二人の闘争心に刺激でもされたのか、はたまた偶然どちらかの船が接触したのか… きっかけはわからないが、今は互いの船の船頭である小町とシバも 船での体当たりや銭投げ弾幕による決闘を行い始めていた。 しかも、その妨害は観客の方にも飛び火してるらしく遠距離から石ころを投げるという援護射撃までついていた。 ついでにいうと、投げられている石ころはてゐを始めとした妖怪兎達が売っており、 てゐが抜けた事によって空いていた実況枠にはいつのまにか復活していたヤングが収まっている。 そんな様にはさすがに永琳も戸惑いはあるらしい。 「ふむ、あれはもう好きなだけやらせた方がよさそうね」 「あら、これはこれは閻魔様。いついらしたのですか?」 「ついさっきですよ。それより祭りの臨時医務室長である貴女がなぜここにいるんでしょうか」 いつのまにか永琳の後ろに立っていた閻魔の映姫は、不可解そうにそう言い放つ。 その眼力はさすがに地獄を統括する者だけあって、並の神経を持つ者であれば即座に屈伏してしまいそうだが、 「私は貴女方のように休暇中でも仕事を入れるような仕事Hとは違いますからね。  医務室の方は助手のうどんげやシロ、慧音先生に任せて、休憩がてら姫の様子を見にきただけですよ」 永琳は並の神経はしていなため、皮肉交じりに反論する。 その言葉に映姫の頭の何かが切れ、説教の一つでもかまそうと思ったらしい。 しゃもじをびしっと突きつけて口を開きかけた…が、その前に後ろから誰かが映姫の口をふさいだ。 「おっと、祭りの席に説教は不似合いだからやめな」 「もがもがもが!!!」 そういいつつもがく映姫を抑えつける男。 仮にも閻魔を力ずくで抑えるなんて……っと周囲はその豪胆さに唖然とした。 「ん?あぁ、自己紹介はまだだったっけ。俺はディスト。一応これでも映姫と同期の閻魔さ」 「なるほど、同じ同僚でしたか。では、なぜ今回こんな辺境に?」 「何、こいつは根っからの仕事人間で空気読めないからお目付け役で付いてきただけさ」 「むがむがー!!」 そう笑うディストに映姫は不満があるらしい。必死に反論するが、口をふさがれているので言葉になってない。 ついでにいうと映姫はちんまいせいか、一般人並の体格を持つディストとは完全に力負けしている。 「しかし、あの天下に名を届かせる閻魔様が完全に子供扱いとされるなんて…  こんな姿をブン屋さん達に知らせたらどうなるのでしょうか」 「むがっ?!」 そんな映姫の姿に早苗は興味ぶかそうに恐ろしいことをさらっとぬかした。 当然にことながら映姫は顔面蒼白になり、周囲も沈黙が走る。 「もちろん冗談ですよ。大体そう都合よくブン屋さんが来るわけないですよねー」 そんな重苦しい空気なんてお構いなしに笑ってごまかす早苗。 だが、実際は全く冗談で済んでないのだ。 なぜなら……… 「あんた………アレの存在すっかり忘れているでしょ」 っと、霊夢はくいっと親指をとある方向…やみなべの方に向ける。 やみなべはいつのまにか腕を再生し終えていたが、未ださっきのショックが抜けてないらしい。 カナと一緒に固まったままだ。 「………えっと、酒場の地主さんがどうかし………あ゛」 「どうやら気付いたようね。アレもある意味ブン屋と同等クラスのやばさを誇ってるわよ」 そう、やみなべはブン屋と同じように確保したネタを面白おかしく脚色を付けた上で、 ドキュメンタリーとして幻想郷の各地に発信している。 つまり、そんなやみなべが今の映姫を見たら…………… 「………こ、こうなれば」 事態の重さに錯乱した早苗は少し呆然とした後、 「この秋刀魚で撲殺してしまいましょう」 とんでもない事をさらり言ってのけたが、もちろんそんなことは許されない。 永琳と霊夢は即座に早苗を抑えにかかった。 「落ち着きなさい!仮にも閻魔の前で衝動殺人なんか犯したらそれこそ一発で地獄行きよ!!」 「放してください!!こうするしか道がないんです!!!」 「殺すにしても秋刀魚で撲殺なんかできないでしょうが!  だからまずは素数を数えておつちくのよ!!」 抑えつけられながらも暴れる早苗。でもってその成り行きをただ黙って見守るだけしかできない映姫。 むしろ、やみなべという超危険人物の存在を知った映姫はさらに手がつけられないぐらいに暴れ始めた。 殺気も目に見えるぐらい放出されているし、ディストが抑えつけてなければ即座にジャッジメントが飛ぶだろう。 そんな騒ぎの中……… ボスン いきなり中央にボール上の物体が降ってきた。 もっとも、皆取り込み中なので誰もそのボールに対して関心を持ってなかった…が 数秒後……… どっかーーーーーーーーーん ボールを中心にして大爆発が起きた。 「こらーそこ何の騒ぎなの!!祭り会場で意味なく乱闘するなら逮捕するわよ!!!」 そう叫びながら駆け寄ってきたのは、自称警察を名乗っている小兎姫。 祭り治安維持部隊長らしくそれを示す腕章が付けられているところをみると、 永琳と同じく様子見に駆けつけてきたのだろう。 「いやいや、それだと意味がある乱闘ならやっていいことになりませんか」 そんな小兎姫の言葉にツッコミを入れるカイジ。 彼も腕章を付けているところをみると治安維持部隊の隊員だろう。 しかし、突っ込むならもっと他のところ。 特に無指向性エキストラボムを騒ぎの中心に蹴り込むことへ対して入れるべきかと思うが 「心配無用。火力は抑えたから死者はでないはず」 「全然答えになってませんよ」 額に大きな汗を流しながらも一応突っ込みは入れるカイジ。 ちなみに彼は、つい最近外の世界から流れてきたという一般人でまだ幻想郷の知識には疎いはず…だが 「それより、事態の収拾をしましょうか」 黒漕げの屍が転がる死屍累々の状況を見ても全く動じないところをみると、 それなりに幻想郷がどんなところかわかってきたらしい。 手慣れた手付きで吹っ飛んだ面々を介抱していった。 続く