ぐつぐつぐつぐつ……… 暗い部屋の中で液体の沸騰する音が響いていた。 部屋は窓一つなく、光源はどこからかかすかに漏れる一筋の光のみ。 四方は石の壁で完全に囲まれていた。 それ以外何もなければ殺風景であったが、部屋のあちこちには風化して朽ち果てた残骸が転がっていた。 一体いつからそこにあったのか…… どれだけの年月が流れたのか……… 今となってはわからない。 最早、この空間は時に流されて消えていくのみであった。 だが………『存在』はしていた。 ただ唯一、その時の流れによる消滅から逃れていた"モノ"…… しかし、消滅から逃れたところで何になるのだろう……… いくら、消滅から逃れたところで求める者がいなければ何も変わらない。 何も変わらないなら………このまま、眠り続けようと思った。 そう、この世界が終わるその時まで………永久に目覚めない眠りに 「…  …  … 」 っと、思った矢先に誰かから呼ばれた気がする。 起きるのはめんどくさかった。 このまま眠らせてほしい…が 「○○○○さん」 再度呼ばれた。 次はかなり大きな声だ。 しかも、その声はなんだか聞き覚えがあるような気がする…… でも、まだ眠りたいのは事実なので聞こえないふり 「○○○○さんってば!!」 今度は叫び声だ。 そこまで起こしたいならもう意地だ。 完全寝た振りをして無視を決め込む。 だが、その対応はまずかったらしく次のアクションは…… ガーーーン☆ 当然のことながら、力ずくだ。 とにかく、いきなり走った鈍い衝撃によって目の前が暗くなり、 同時に一気に闇の底へと落ちていく感覚に襲われた。 そして…… どすん 再び衝撃が襲いかかった。 しかし、今度は闇の中へ落ちる感覚はない。 むしろ、闇ではなく光の中へ放りこまれた気分だ。 眩しさに耐えきれず目を開けると……… 頭が混乱して状況がよくわからない。 が、とりあえず自分はベットからずり落ちている事はわかる。 ついでに、そんな自分を見下ろす麦わら帽子をかぶった少女の顔が立っていた。 「はーやっと起きてくれた」 「えっと……?」 少女はため息をつきながらそう言うが、本当に状況がわからない。 そもそも自分はついさっきまで一体何をやっていたのかさっぱりわからない。 「ほらほら、目を覚めたならさっさと起きて」 そうせかされて自分はついさっきまで寝ていたという事実に気付いた。 まだまだ寝足りないので二度寝したいところだが、 即座につま先キックを顔面で受ける羽目となりそうだったから断念。 身を起こしてベットに座り、眠気をこすりながら辺りを確認する。 そこは、自分の周囲以外はがらくたのようなものが無造作に詰め込められた小さな部屋だった。 「……ここってどこだっけ?」 「寝ボケてるの?!ここはやみなべさんの部屋でしょうが!!」 「あーそういえばそうだっけね…で、君は………カナでよかったっけ?」 「そうよ!今日は人里の秋祭りの日だっていうのにいつまでたっても来ないから迎えに来たのよ。  大体怨霊がベットでぐーすか寝てるなんて聞いたこともないし…」 カナはそう早口に言いまくるが、やみなべは全然耳に入ってない。 まだ寝ぼけてるのか、カナの言うことは何か靄がかかった夢心地のように聞き取れる…… (そういえば、前にもこんなことあったような……) 全然覚えてないが、こんなことは前にもあったような気がする。 ただ、それがいつどこで誰と…までは覚えていなかった。 いや、覚えていないというかそこまで出かけているのだが後一歩が届かないという…… 「ねぇ、聞いてるの?!!」 「はぃ?」 やみなべはハッと我に返ると目の前には怒り気味のカナの顔が映った。 しかも、その距離は息がかかるほど近かったためやみなべは驚きのあまり再度ベットから落ちる。 そんな様をみてカナははぁっとため息を漏らした。 「やっぱり聞いてなかったのね…」 「ははは、ぼめんぼめん」 不幸中の幸いだが、転げ落ちたせいで今度は完全に覚醒できたようだ。 意識もはっきりして目の前を覆っていた靄も消え失せた。 「……そういえば、なんでこの部屋にカナがいるわけ?」 覚醒したことで思い出したが、この部屋は酒場『スカーレットバー』の屋根裏部屋にこっそり作った自室。 この部屋の存在は責任者であるカリスマスターことレミリアですら知らない。 つまり責任者に断りを入れず、完全に独断で作ったことになるのだが、 やみなべは『スカーレットバー』の地主だ。 言うなれば正当な持ち主でその権限はカリスマスターよりも上である。 ただ、権限はあってもやみなべが人々に災いをもたらす怨霊の特性を持つ以上、 下手に部屋へと踏み入れたらシャレでは済まない不幸を与えてしまう可能性もあるので、 あえて秘密裏に作成する必要があったのだ。 そういうことで、やみなべが屋根裏部屋で寝起きしているとことを知る者はほとんどいない。 知ってるのといえば…… 「ガチャピンとムックからこの部屋のこと聞いたわ」 「あーやっぱり」 ガチャピンとムックというのは、やみなべや酒場から放出されていた負の力で 突然変異的な進化を起こしたバケバケと毛玉のことである。 やみなべと同じ力の源を供給されている存在であり、やみなべの分身とも子分とも言える存在なので、 こっそりと作ったこの隠し部屋についても熟知している。 「そういうことで、悪いとは思ったけど状況が状況だから叩き起こさせてもらったわ」 「確かに、今人里の祭り会場にあの悪魔の妹様と名高いフランドール・スカーレットが来てるんだし、  その監視役がいなかったらまずいよねぇ」 そう言いつつ、やみなべは少し前のこと、レミリアからの依頼内容を思い出した。 やみなべは普段は幻想郷内でいろいろな人妖を撮影し、 それを編集して『黒赤ドキュメンタリー』として放送している。 なので、今回はその力を使ってフランに密着取材の生放送をしてほしいとレミリアから頼まれたのだ。 そうすることにより、フランが暴走する等の有事が起きた場合でも素早く正確な情報を手にすることができ、 問題に手早く対処することも可能という算段だ。 「ところで、あの妹様を隠し撮りするなら天狗とか鬼とかボーダー商事を頼ればいいと思うんだけど、  なんでやみなべさんがやる羽目になってるのよ」 「天狗はプライバシーの問題で即座に却下で、鬼は会場設営を手伝うから無理だってさ。  でもってボーダー商事はその手のストーカー的な依頼はよほどな事情……  幻想郷の異変クラスの出来事がない限り受け付けないみたい」 「妹様が里に来る時点ですでに異変な気もするんだけど」 「同じくそう思うけど、厳格な秘書と名高いステアさんが 『そんなストーカー的な依頼を一つでも受けたら、  今後も同じような依頼も受けないといけなくなるじゃないか!!』  とか逆切れ気味で断られたから仕方なく引き下がったとか」 「なるほど。でも、なんでそんな情報知ってる……って当たり前か」 カナがしみじみつぶやきながら納得する通り、 やみなべは普段幻想郷のあちらこちらに潜んでいろいろな情報を集めているのだ。 その方法はいろいろあるが、その一つとされているのがガチャピンとムック。 あの二匹の身体には河童のエンジニアであるにとりと銀城が開発した新型ビデオカメラが埋め込まれている。 その理由はお互いどちらのカメラが優れているのか…という対抗意識からだそうだが、 とにかくビデオカメラのおかげで、二匹が見聞きした情報は映像化されるのだ。 ついでにいえば、映像化されるから『黒赤ドキュメンタリー』がDVD化されるようになったのは余談だが… 今回はその二匹を使ってフランを生放送で実況してほしいとのことだった。 「それで、映像の方はどうなってるわけ?」 「う〜んっと、感度的にも特に問題はないっぽいね。とにかく、この映像は各所に送ってとてと」 そういいつつ、やみなべは二匹から送られてきた映像、 霜月教授とフランが祭り会場を歩いている姿を確認したので、 その映像を依頼された各地点へと送った。 ちなみに、各地点は紅魔館と人里の中心部。パチュリーが詰めているという特大ステージである。 「おk、向こうもしっかり繋がったみたい」 「そう、よかったわ。でも…なんでわざわざそんなこと引き受けたのよ?  別に引き受ける理由なんてなかったんでしょ」 「逆に言うと断る理由もなかったしね。それに、この能力が何かの役に立つなら別にいいカナっと」 「それならそれでいいんだけど、そうなるとなんでやみなべさんはそんな能力を持ってるの  って話になりそうな気もしない?  元々備わってたものじゃないんでしょ」 「そういえば……なんでだろ」 そうカナにしみじみ言われてやみなべは首をかしげた。 カナは騒霊である。騒霊とは少女の不安定な心から生みだされる生霊であり、 その不安定な心を映し出す鏡である。 なので、カナは少女の内に秘められた願望から生み出された存在で、 その能力も少女の願望を適えるためのものである。 そんなカナとは違い、やみなべは怨霊の集合体。 誰からも誕生を望まれたわけでもなく、ただ魔理沙から偶然「やみなべ」と呼ばれたことで生まれた存在だ。 言うなれば偶然の産物で生まれた存在であり、そこに意味なんか存在しない。 存在するとすれば…… (………そういえば、僕の存在意義って……) そう、怨霊は人々に害を与える存在である以上存在意義は 『人々に恐怖を与える』という妖怪の本質を持っている。 その証拠にやみなべが持つ『混沌を司る程度の能力』は対象者の運命を無理やり捻じ曲げてしまう程強力だ。 事実、多くの者はやみなべに関わったことによって様々な騒動に巻き込まれて 自身の運命がねじ曲げられてしまっている。 しかし、やみなべの中には騒動を起こしても幻想郷の根本から覆すような異変を起こしたいという感情はない。 さらにいえば、無意味に騒動を起こしたくないという感情もある。 だから自分自身の騒動を呼びよせる特性を考慮し、 こうやって他に害がでないようこっそり屋根裏部屋に居を構えたのだ。 もっとも、やみなべ自身ではそう思っていても種族特性で自分の意図しないところで何らかの騒動、 特に不幸を人々に与えてしまうのだが……… 「何、急に黙り込んで…もしかして何か不都合でも!?」 「えっ、あ…いや。ちょっと考え事を」 ずっと難しい顔して考え事していたことは、 カナの目から見て何か不都合が起きたのだと思ったのだろう。 カナが心配そうにやみなべの顔を覗きこんできた……その刹那 ドガーーーーン いきなり響き渡る破砕音と断末魔の叫び。 その衝撃で酒場内は激しく揺れ、カナはきゃっと叫びながらやみなべの方へと倒れかかり………… 「………」 「………」 どうやら、怨霊が呼びよせる厄による不幸が発生してしまったらしい。 数分後には、お互い背を向けて口元を押さえながらじっと固まっているやみなべとカナの姿がいた。 二人とも顔がゆでダコのようになっており、とにかくピクリともしない。 しかし、そうしている間に再び破砕音と断末魔の叫びが響いた。 「と、とりあえず何が起きたか下の様子を見てくるんで」 どうせ下では誰かがいつものごとく乱闘してるだけで気にするようなことでもないのだが、 今この場に流れているびみょんな空気から逃げだすには絶好の理由。 なので、やみなべは未だ固まっているカナを尻眼に下のフロアへと降り立った。 そこでみたものは……… 下着姿の皇帝とヘルカイザーであった。 「………」 「………」 「………」 彼女達が丁度奥から出てきたところでばったりと出くわしたのだ。 あまりのことで3人はしばらく微動だにしなかった。 とくにやみなべにとっては予想外の出来事で完全に思考は止まっていた…が 当然のごとく、このまま平穏無事に済むわけがない。 霊夢と早苗はにこっと笑いを浮かべたと思った瞬間……… どっごーーーーーーーーーーーーーーん!!! 再び爆音が響く中…… やみなべは、自分の意識が闇へと落ちていく事を感じていた。 続く