魔法の森のすぐ入口に立つという小さな一軒家。香霖堂。
そこではある変態…もとい変わり者の亭主が店を構えていた。

店といっても、その位置は人里から離れている上に道中で雑魚妖精や雑魚妖怪に高確率でエンカウントする。
もちろん、雑魚とは言っても戦う術をほとんど持たないバンピーにとっては危険極まりない存在であり、
下手すると辿りつく前にピチュって残機を全て持ってかれてしまうだろう。
おまけに扱っている商品が特殊でマニアックすぎるということもあって
訪れる者は人外や人外と疑いたくなるような人ばかり。

なので、普通であれば一般人なぞ訪れるわけがなくましてや一般『客』なんて訪れるわけないのだが……

「こんにちはっと」

今回は違ったようだ。
もっとも、ストーリー的には例外が起きないと話にならないのだが、
まぁとにかく大した力を持たない一般人がこの香霖堂に辿りついたようだ。

「やぁいらっしゃい漸君。よく無事に辿りつけたね」
「霖之助さん。それ、冗談に聞こえないんですが」

むしろ、その第一声はお客に向かって放つ台詞ではない…とは思ったが、
店主であるこの霖之助は冒頭でも書いたとおり変わり者。
通常の思考を持ってるわけがないし、そのことは漸もよく知っているので深く考えないようにした。
それに…

「僕としては冗談で言ったつもりはないんだけどね」
「確かに、今日は冗談として受け取れないんだが…」

そうつぶやきながら漸は窓の外を改めてみる。
窓の外では色とりどりの閃光が走り、その度に爆音が響き渡って店を小さく揺らしていた。
さらによく目を凝らすと騒動の中心地には箒に跨った少女と多数の人形を携えた少女が争ってるのも見える。

「本当、よくまぁあの弾幕の雨を無事に切り抜けられたものだよ」
「いつものことだし、避けることに関しては慣れてるもんで」

そう笑いながらつぶやく漸だが…
流れ弾が一発でも当たれば大惨事になりかねないような弾幕戦を
『いつものこと』と割り切れるなんてすでに一般人の思考からかけ離れてすぎである。
といっても、幻想郷とはそういうところであることも事実。
とくに人里から一歩離れたらああいう弾幕は日常茶飯事でばら撒かれるので、
ぶっちゃけ事故の大半は妖精や妖怪に襲われるのではなく喧嘩のとばっちりをくらうことと思っていいだろう。
そんな弾幕の雨をくぐりぬける実力がある漸は思考どころか運動神経も一般人ではないが、
まぁ戦う力を持ってない以上一般人の仲間である。

「それで一応聞いておくけど、あの二人…魔理沙とアリスは何が原因であんな弾幕戦をやってるんだ?」
「それについては、僕からより被害者である彼から聞いてみた方が早いと思うよ」

と、喧嘩の理由を聞く漸に対して品出しを行っていた霖之助はすっと店の隅を指さす。
その先にはぶかぶかの服を着て小さくうずくまった少年がしくしく泣いており、
その姿をみて漸はピンときた。

「あーなるほど。よくわかった」
「見ただけでわかるのかい?」
「あぁ、なにせこの話は里でも有名だしなぁ」
「そんなに有名だったらなんとかしてくださいよ〜」

そのまま笑い話になりかねない雰囲気にたまらず両手を振りまわして泣きついてくる少年こと永久。
しかし、漸は右手をまっすぐ伸ばして永久を目前で止める。

「ははは。とにかく、その姿になるってことはまだ治ってないようだな」

激しく両手を振りまわす永久だが、圧倒的にリーチが足りずにむなしく宙を舞うだけ。
その姿は非情に愛くるしくショタの毛がある者であったらまず間違いなく墜ちること間違いなしだが、
幸いにも漸や霖之助はそういう毛はないようだ。

「だから笑ってないでなんとかしてくださいってば」
「なんとかって言われてもなぁ…」

永久は以前魔理沙から渡された怪しい薬を飲んで以来こうやって幼児化してしまう能力を得てしまった。
もっとも、その能力はただ幼児化してしまうだけで身体にそれほど害がない上に
今ではその能力をある程度コントロールできる。
と、ここまで書くと別に泣きつくほど困る自体にはならないと思うが実はいうと………
幼児化した永久の姿が女性陣のツボにはまっているらしく、
その姿を見るなりケダモノのごとく襲われるのだ。

おかげで幼児化永久は里でもちょっとした有名人となっており、
一部では熱狂的なストーカーまでついてしまうまでになっていた。

つまり、今回の騒動は幼児化してしまった永久に発情したアリスと魔理沙が
所有権をめぐってああなっただろう。
とにかく、永久にしてみれば貞操を守るために早くなんとかして元の身体に戻りたいと思ってるのだが………

「やっぱ無理。一応俺はただの料理人でこういうことは専門外だから」
「ですよね、やっぱり」

漸の反応に目で見てわかるぐらい落胆する永久だが、漸の反応はある意味当然である。
何せ幼児化の薬は完全な偶然の産物で同じ物は作れない。
なので、サンプルがない状態での解毒剤の作成は製作者の魔理沙どころか
薬のプロフェッショナルである永琳でさえも無理とのことだ。
そんなどうしようもない現状をただの料理人である漸になんとかしてもらうなんて無理難題もいいところ。
でも、頭で無理とわかっていてもつい頼ってしまいたい時もある…
つまり、永久はそれぐらい追い詰められているのだ。

そんな状況を見て漸は少し同情を覚えたが、本当にどうしようもなかった。
何せ漸はただの料理人。一応人妖問わず幅広い人種の好みに合う料理を作れるが、所詮それまでの腕。
料理の完成品が光り輝いたり、食したらドーピングコンソメスープ並の変化を起こすような
某特級厨師級みたく人智を超えるキワモノ料理なんか到底作れない。

「そんなわけで俺ができることといったらこれぐらいしかないな」

と、漸が取りだしたのはへなへなにくたびれた紙切れ。

「………ナニコレ?」

差しだされた紙切れを見た永久が首を傾げるが、まぁその反応は普通だろう。
なにせ、その紙切れにはただでっかく『そーなのかー』と書かれているだけだ。
それ以外何も書かれておらず意味不明もいいところ。

「あーこれ三日後に行う『ルーミャッHフェスティバル』の参加チケット」
「………」

こんなもの誰がどうみたらチケットとわかるんだ?

っと永久は一瞬突っ込もうと思ったが、その前にここは幻想郷であることを思い出して思いとどまった。
そう、幻想郷は常識に囚われてはいけない場所なのでこれも斬新なアイディアということで
無理やり納得することにした。

「えっと、『ルーミャッHフェスティバル』って、普段人里に来れないような危険な妖怪が
 人里の中心で料亭を開いている漸さんの料理を食べてもらうため、
 毎月7日に酒場『スカーレットバー』を貸し切って行うというフェスティバルのことでしたっけ」
「説明ありがとう。とにかくいろいろとあってもう1枚だけしか残ってないんだが、
 永久も行きたがってるって聞いてるしどうだい」
「確かに行きたいけど、『ルーミャッHフェスティバル』ってあまりの人気のため
 前売りチケット制になった上にチケットの入手が困難だから売ればかなりの高値に……」
「何、料理人としては本当に食べてもらいたい客に来てもらうのが一番だし儲けなんて二の次さ」

そう高笑いする漸だが、本当に『ルーミャッHフェスティバル』のチケットは
プレミアがついているものだ。
売れば博麗神社のお賽銭10年分とも100年分とも言われる大金が転がり込むぐらいの価値がある。
そんなものをただでもらうのは気が引ける…が、興味あるのも事実。

実際、『ルーミャッHフェスティバル』に参加した面々の話を聞いた感じでは、
とにかく『あの日あの時あの場所でしか味わえない料理が満載』とかいう絶賛的な評価を受けていた。
でもって、一部の人は「あんな料理、一度味わうだけで十分だwww」なんて叫んでたりもするが……
その叫びは逆に怖いもの見たさで人を集めてしまったらしい。

でもって、そんな状況になっても漸は

『用意できる料理に限度がある上に、フェスティバルの目的は普段人里に来れない妖怪達との交流がメイン。
 よって、普通の一般人はなるべく遠慮してもらいたい』

っという職人魂でもって一般客の参加人数を規制し続けていた。
おかげでチケットの入手が困難になってるが、とにかく今そのチケットが永久の手の中にあった。

「丁度いいじゃないか。そのチケットはペア制なんだしアリスを誘ってみたらどうだい」

ドキン

後ろから不意打ち的にかけられた霖之助の声に永久は口から心臓が飛び出るかのような錯覚を覚えた。

「ちょ、いきなり何言い出すんですか!!?」

今なお鳴り響く心臓を押さえながら困惑気味に振り返る永久。
ちなみに驚いた拍子で幼児化の効果も解除されたらしく、元に戻ったようだ。

「ははは、その反応はまんざらでもないっていう気配満々じゃないか。
 それで漸君、注文を受けた品なんだけどこれでいいのかい?」

っと、戸惑う永久を知り目に霖之助はカウンターにどさっと籠を置いた。
その瞬間籠から強烈な刺激臭が漂い、思わず二人は鼻を覆う。
一瞬その中は一体何と思ったが、永久はすぐに気付いた。

「そ、その籠って…さっき魔理沙さんが持ってきたキノコ……」
「あ、ああ。今回のフェスティバルのメイン料理はキノコにしようと思って霧雨魔法店に頼んでたものだが、
 まさかこれほどまでに強烈とは」

あまりの強烈な臭いにさすがの漸もキノコを使うのはやめておけばよかったのではっと少し後悔し始めた。

「なんなら返品でもするかい。魔理沙はあれでも律儀だからクーリングオフをしても全く問題ないさ。
 ただし仲介料はしっかり頂くつもりだがね」

霖之助も霖之助でちゃっかりしてる辺りは一応商売人。
むしろ、魔理沙にはお金の話を一切通さずにタダ働きさせて代金はすべて自分の物にするつもりかもしれないが、
まぁその辺は二人の問題なので気にしないでおこう。
でもってそれを聞いた漸は少し悩んだようだがすぐに結論をだしたようだ

「いやいい。たまには普通の食材以外で冒険しないと客も喜ばないしな」
「それって客を実験台にするという意味に…」
「料理人たるもの、向上心を忘れてはいけないってことさ。
 じゃ、俺はいろいろな仕込みもあるからこれで失礼させてもらうさ」

そういいつつ、代金を置いてうきうき顔で店を出ていく漸。
その直後にアリスのアーティクルサクリファイスが直撃してピチューン…いや、

ボギィ---(´゜д゜`)---

っとなってしまったようだが………
まぁ漸なので大丈夫だろう。

それより……

永久は手元に残った『ルーミャッHフェスティバル』のチケットを見つめた。

通常ならこんなチャンスはない。
しかもアリスを誘ってOKがもらえたらこれほどうれしいことはないっと
テンションが一気に有頂天へと達するはずだが、
メイン料理が魔理沙の選んだキノコという真実を知ったとたんテンションが一気に下がった。

「このチケットどうしよう」

漸には悪いけど、嫌な予感がするからこのまま破棄したい。
むしろ、処分すべきだっという永久の生存本能に似た第6感が全力で警戒信号を発しているのだが……
やっぱりもったいないという貧乏性が働たせいで捨てる選択肢を選べなかった。

まぁ永久もそんな第6感で危険回避できるような思考を持ってるなら、
魔理沙から渡された怪しすぎる薬を飲むという選択肢なぞとるわけがない。
その辺り……「常識に囚われない」ところはやはり永久も一般人でありながら幻想郷の住民である証拠であった。








続く