一方、紅魔館を飛びだしたお嬢様ことレミリアは… 「こんな時に雪が降ってくるなんて、ついてないわね」 人里の外れの大きな木の下で雨宿り改め雪宿りをしていたようだ。 しんしんと降り注ぐ雪を忌々しく思いながらつぶやく。 「全く、こんなことになるなら霊夢のところにでも行って愚痴ってればよかったわ」 ていうか、いつもなら霊夢のいる博麗神社ぐらいしか出向かないレミリアだが今回訪れたのは人里方向。 もちろん、レミリア自身人里に用があったから出向いたのだが… 怒り狂った吸血鬼が人里目掛けて猛スピードで接近してくれば当然人里は大騒ぎだ。 よって、里の守護者である慧音とそのおまけな暁を中心とした迎撃部隊が即座に編成されて出陣。 その結果、人里の上空で大規模な弾幕合戦が発生した。 まぁ、その弾幕戦で怒り心頭だった頭も若干冷めて幾分気分も落ちつけたらしい。 一応慧音もレミリアとは知らない仲ではないっということで、 今日はこのまま帰ってくれるなら人里周辺で暴れた罪を不問にするっと言ってくれたのだが… その帰り道で雪が降るとは、不運である。 「とにかくこんな天気じゃ帰れないし、うっかり昼間に活動したせいで疲れたし、  完全に日が暮れるまで休憩でもさせてもらいましょうかしらね」 これで何かあってもいきなり雪を降らした空が悪い。 自分が悪くないっとあくまで押し通すつもり満々なようだ。 ただ、吸血鬼の弱点とする雨みたいな調子にしていいかどうかは疑問符が付きそうだが………… 今そんなこと突っ込んでも仕方ない。 レミリアはよいしょっと木の根元へ座り込みながら、空を見上げる。 空は相変わらずしんしんと雪が降っている。 最初はそんな雪を疎ましく思ったが、心のもやもやとした黒い心を白い雪が塗りつぶしてくれているのか、段々と気分が落ち着いてきた。 「……あの二人が持ってきたあの情報。一体どこから仕入れてきたのかしら」 気分が落ち付いてくると、怒りの発端となった元凶にも客観的に見えてくる。 だが、冷静に考えれば考えるほど嫌な記憶もよみがえってくる。 なにせ"あの事件"はレミリアの中ですでに終わった過去の出来事として処理されていたのだが 「違う…あれは違う………あんな情けない姿が私なんかではない……  あんなカリスマの欠片もない姿が……姿が……」 レミリアの頭の中に浮かんできた自分の姿。 暗い部屋の隅っこで段ボールをかぶり、膝を抱えてしくしくと泣きながら蹲る姿。 カリスマも何もなく、あるのは地獄よりも深い混沌とした闇の中にいた、あの頃の姿。 レミリアはそれを必死で降り祓おうとするが、無駄だ。 なにせ、それは本当のことであり、しっかり体験した事実から基づく事象。 記憶に蓋をして封印したところでなかったことにはできないのだ。 雪は未だ降り続いているが、いつのまにか夕日が山影に隠れたようだ。辺りにも宵闇の支配を強めていた。 しかし、レミリアにはそんな宵闇よりも深く暗い、闇に包まれていた。あの時のことを思い出したからだ。 「うぅぅぅぅ……私はカリスマの具現化よ。それなのに…あの時のゲームに負けたから………いや違う! あいつのせいで……あいつが私のことをこき下ろしたせいで…!!!」 あのゲームというのは、夏頃に幻想郷の皆で行ったとあるゲームのことだ。 当時のレミリアは自意識過剰もいいところであり、自分が負けるなんて思いもよらなかったが…… 結果は屈辱的な大惨敗。 しかも、そんな大惨敗をしたレミリアを思いっきりこき下ろした新聞がばら撒かれたのだ。 おかげで、あの日以降レミリアの俗称が『へたれみりゃ』なんて呼ばれるようになり レミリアも段ボールの中で泣き続けるカリスマ0のどん底生活を送る羽目になった。 もちろん、咲夜はその新聞を発行した人物をレミリアの前へ引きずりだすために山へ乗り込んだりもしたが…… 山には犯人がいなかった。 いや、居なかったというよりも新聞発行者が天狗達の中にいなかったのだ。 さらにいえば、里の人間達はおろか、幻想郷の主な妖怪や妖精、幽霊達の中にもいなかった。 つまり、全く謎の第3者が発行した新聞であったのだ。 その後もその第3者が発行したとされる新聞は、度々幻想郷内にて姿を現すようになったがその内容はとにかく酷い。 なんせ、様々な情報を一部誇張させて面白おかしく書いているのだ。 おかげで幻想郷内では笑える新聞として人気もでたが、ターゲットにされた人物はたまったもんじゃない。 よってターゲットにされた者、その最初の被害者であるレミリアを中心にして大捜索網が敷かれたのも無理はないだろう。 ただし、大捜索網を展開させても犯人の手がかりは一切ないまま月日が過ぎ… 結局レミリアがカリスマ復帰に加えて飽きてきたということもあって、あっさり捜索網は解散。 真実は闇の中へと葬り去られることになった。 だが…… 文とダクトは、解散した後もその犯人をしぶとく追い求めていたらしい。 雨の日も風の日も弾幕が降る日も休まず、暇潰しがてら情報を追い求めて、今日ついに犯人らしき情報を掴んだ。 そんな執念深いというか暇人だった二人が掴んだ犯人の情報は二つ 犯人の名前は『やみなべ』 姿形はわからないが、人里周辺にいる可能性が高い。 「ふふふ………もう諦めていた犯人が今頃になって尻尾をみせるなんて」 レミリアも文とダクトの情報なんてあまり信じてないのだが、二人とも全くのでたらめを伝えることはない。 火のないところに煙が立たないという言葉にもあるとおり、少なくとも人里周辺には犯人に関する手がかりがあるはずだ。 そう判断したレミリアは膝を抱えて体操座りをしながら、爪をシャキンと伸ばす。 赤く光るその爪は人の血を欲するかの如く怪しく輝き、その衝動に耐えきれずついにたりと笑う。 「でも駄目よ。楽しみを取っておくために、今日はぐっと我慢我慢」 どうやら、慧音の忠告も覚えているようで衝動を制御しているようだ。 いや、正確にいうとさっき感情を制御せずに暴れまくってカリスマを暴落させたから回復のために痩せ我慢してるだけかもしれないが… 「とにかく、まず最初はやみなべとかいう奴を血祭りにあげてから次に文とダクトも血祭りね。  どうせ私をけしかたのは、私に犯人を突き止めさせて自分達は横から美味しい部分だけかっさらおうという魂胆なんだろうし、  その報いは自らの血で存分に払ってもらわないと」 代弁するなら、文とダクトは美味しいところをかっさらうつもりはさらさらない。 ただ、お互いの利益のために協力を求めるつもりだったのだが、具体的な交渉へ入る前にレミリアが大暴走。 よって、自分の命を確保するために逃げざるを得なかっただけなのだが…… 今のレミリアには影からくすくす笑う文とダクトの姿しか思い浮かばなかった。 「ふふふふふふ…………」 あの二人とやみなべをこの爪でギッタギタに切り裂くことを思い浮かばせながら怪しく笑うレミリア。 その様はもう怪しさ爆発で小兎姫のような警察官が通りかかったら問答無用で有罪判決の拘留所送りにすること間違いなしだ。 もっとも、今回通りかかったのは小兎姫ではなく……… 「……お前、こんなとこで何やってる?」 「見てわからない?貴女にまとわりついていた厄を集めてるの」 厄神こと雛だったようだ。 レミリアがふと気付くと自分のすぐそばに雛が立っていた…ていうか回っていた。 「そういえば山にはくるくる回りながら厄を集める変な神がいるとか言ってたがお前がそうなのか?」 「そうよ。今日は人里に溜まっている厄を回収するために来たんだけど、  まさか人里で紅魔館の悪魔に出会うとは思ってなかったわ。  しかもそんな厄を一杯撒き散らしてどうしたの?」 雛はそういいつつ、くるくるとまわりながらレミリアから漏れていた闇というか厄を吸い取っていた。 その様ははっきりいってうっとぉしいことこの上ない。 普段のレミリアならまず間違いなくこの時点でグングニルの一撃をお見舞いさせるのだが…… 「ただの雪宿りよ。  それに、例え何かあったとしても、貴女には関係ない話よ」 ついさっき人里で暴れてカリスマを落としたばかりだ。 そんなときにこんな人里周辺でグングニルなんか放ったらカリスマがどれだけ暴落するかわかったもんじゃない。 といっても、相手は下手すると人里に害を与えるような害虫なので倒してもカリスマの暴落はしないのだろうが…… バクチに近い要素もあるので、危険な橋を渡りたくないっという理性が辛うじて勝ったようだ。 「つれないわね。でも、私と下手に関わると厄が移って不幸になるから突き放すぐらいが丁度いいかもしれないけど」 そうくすくすと笑いながらも雛はどんどんレミリアから厄を吸い取っている。 その内容は聞こえ方によってはものすっごいシュールな発言にも取れるが、あいにくレミリアはそんな風に捕らえない。 「誰に物言ってるっていうのよ!!私は幻想郷1の力を持つレミリア・スカーレットよ!!  私の運命操作の力を持ってすれば貴女程度の厄なんか軽くはじきとばしてみせるわ!!!」 むしろ、挑発されたかのように捕らえたようだ。顔を真赤にしながら真正面から言い放つ。 しかし、雛からしてみればまるっきり子供というか、さっきまで心に厄を溜めて沈み込んでいた奴の言う台詞ではないっと思ったが 「頼もしいわね」 火に油を注ぐのも馬鹿らしいっということで、さらりと受け流した。 「それより、雛とか言ったわね。貴女はいつもこうやって厄を集めてるの?」 「そうよ。特にここ最近人里の…この周辺に厄が多く集まるようになってきたから結構来るの」 「ふ〜ん、厄が…ねぇ……………」 「この周辺は風水的にあまりよくないってこともあるけど、ここ最近厄の溜まりが異常で何か良くないものが流れてきたのかもしれないわ」 レミリアはその答えに対して少し間を置いた。 どう返答するか迷ったが、このままにしていい問題でもないので意を決して問いただす。 「…………えっと、その異常な物って、あれのことじゃないの?」 そう言いながらレミリアは雛の後ろを指差し、それに釣られて雛も振り返る。しかし…… 「特に何もないけど」 「なんだって!!だってあんなあからさまに怪しさ抜群なのがあるじゃない!!」 この時一瞬レミリアの脳裏になぜか「志村、後ろ後ろ!!」っと叫びたい衝動にかられたのは余談話だが… 雛は何も見えていないらしい。 「確かに、厄か何かによる空気の淀みがあるけど、特にこれといった原因らしき物はないわよ」 「…そ、そう……」 首をかしげながらもその空気の淀みらしき厄を回収する雛にレミリアは違和感を覚えた。 いや、違和感なんてものではない。なにせ……その淀みの中心には屋敷が立ってるのだ。 しかも、人里では到底見慣れない洋館が…… (ていうか、あれはさっきまでなかったわよね) レミリアも最初に訪れた時はあんな建物なんか認識してなかった。 ただの空地にしか見えなかったのだが、今は認識している。 しかも、どういうわけかレミリアだけしか見えてないらしい。 「それで、この周辺は厄が溜まりやすって言ってたけど、もう少し詳しく聞かせてもらえないかしら?」 「いいわよ。さっき言ったとおり、ここは風水的によくないところで陰陽道でいう鬼門と呼ばれるところよ。  だから鬼門周辺は昔から鬼や妖怪たちの住処とされて忌み嫌われていたわ。  もっとも、今ではそんなことお構いなしみたいだけど」 確かにその通りだ。幻想郷での鬼や妖怪たちは鬼門なんて全く関係なく所構わず住居を構えている。 しかも、中には北枕じゃないと寝ないなんていう縁起を気にする妖怪もいるぐらいで、 そんなところに鬼門どうこう言われても説得力がない。 だが、いくら妖怪が鬼門以外なところに住みついていても鬼門本来の役目は失われてもいない。 「そういえば、最近人里で人食い洋館の噂が流行ってるとか聞いてるけど、何か詳しく知ってる?」 「迷い込んだ旅人をぱっくり食べてしまうっという呪われた屋敷のこと?  もっぱら紅魔館のこととして有名じゃない」 「それは十二分に知ってるから!私が聞きたいのは人里の中で神出鬼没に現われる洋館の方よ!!  さっき慧音や暁から聞いた話によると人里で何人か被害がでてるそうね」 さっきというのはドンパチを繰り広げた後に聞かされた話だ。 もちろん慧音もレミリアのことを疑って切り出されたのだが、紅魔館は神出鬼没でないのであっさり疑いは晴れた。 ついでに、予想通りだが原因はスキマ妖怪の戯れっということで落ち付いた。 「そっちのことなら、慧音先生に聞いた話以上のことは知らないわよ。  あ〜でも、その噂話が流行り出したとたん厄の溜まりが早くなったような気もするわね」 「そう……わかったわ。ありがとう」 「お役に立てて光栄だわ。それじゃ、私はそろそろこの厄を山へ返すために帰るから」 「帰るってまだ雪が降ってるわよ」 「厄を纏った私がここに長く留まるだけでいろいろな災いをもたらすから無理してでも帰った方がいいの。  だから、本来人里へ来てはいけない貴女も怖い怖い巫女に退治される前に早く帰った方がいいわ」 そう言い残すと、雛は雪が降っている中だというのにすっと空へ舞い上がり山へ向かって飛び立つ。 その背中めがけてレミリアは小さく大きなお世話よっと呟きつつ見送り、 姿が消えるか消えないかというところで再度洋館の方へ振り返った。 洋館は相変わらず不気味な空気を放出させつつ佇んでいる。 年代はわからないが、西洋風の建物なのは確実だ。 「さて、これからどうしようかしら」 そうこうしているうちに雪が止むことなくどんどん激しくなってきた。 きっと今頃紅魔館の外ではなた&岡の術者コンビが涙と鼻水を垂らしながら大穴の修理してたり、 レティやチルノが大喜びで空を飛んでたりしてそうだが… 今のレミリアには関係ない。 ただ、紅魔館の主がこんな雪の中に外へ出ていることについておかしいのは確実という判断はした。 「丁度いいわ。誰の物か知らないけどこの洋館へお邪魔させてもらうことにしましょう」 こんな以下にも何かでますよ〜なオーラバリバリなところへ足を踏み込むなんていい度胸してるが、やはりレミリアには関係ない。 例え何か出てこようとも西洋の妖怪の中では最高峰に位置する吸血鬼に適うわけがない。 ついでに、この魔力をどこかで感じたことがある。 感じたことがあるということは、自分が知っている何者かが潜んでいることの証拠だ。 自分が知っている何者かであれば、何も怖くはない。 そう思いつつ、レミリアは怖い物知らずと言わんばかりに扉へと手をかけた……… 続く