東方の遥か彼方のどこかに存在すると言われる『幻想郷』 外界と切り離されたその地は、すでに存在しないとされる多くの『もの』が存在していた。 妖怪や鬼といったかつては人々に災いをもたらすもの達はここ幻想郷にて新しい生活を営んでいる。 そう、幻想郷は文明の発達によって忘れ去られた『もの』が最後の希望として流れ込んでくる。 そして、これは外界にて忌み嫌われて行き場を無くした『もの』…… 絶望の果てに辿りついた『もの』が幻想郷にて希望に満ちた新しい道を歩むことになった物語である。 赤く染まる空… 幻想郷に日暮れの時間が迫ってきた。 夕日が山間に消えて逝くに従って、薄らと空気が変わり始める。 それに伴い、空から一筋の白い結晶が落ちてきた 「あー寒い寒いと思ってたらついに振り始めたよ。なたさん」 「そうかーでもまぁ、今冬だし普通の出来事だろ。岡」 岡と呼ばれた男が恨めしそうに雪がちらつく空を見上げる中、そんな様なんか知ったこっちゃないっという感じでモクモクと自分の作業を行うなた。 その様子に岡は、思わずはぁーっとため息を一つ付いた。もちろん、その吐いた息は白い。 「いや、でもこんな寒い中で大工の真似ごとなんかしたくは」 「したくなくとも、それが仕事ならやるものだ」 「そうはいっても…」 やりたくないものは仕方ない。 一瞬そう口に出そうとしたが、出したら後が怖そうだからその言葉をぐっと飲み込んだ。 飲み込みつつ、再び空を見上げた。 「はぁ……なんでこんな時に外へ出ないといけないんだろうか」 二人は幻想郷の中で悪魔が住む館と呼ばれる紅魔館にて住み込みの執事を行っている人間だ。 普通であれば、今頃は暖房の効いた部屋でボーダー商事の通販にて購入した『らんしゃまもふもふセット』をうずめながら至福の時を過ごしていたのに… 「それは言うな」 ちなみに、なたは岡が来る前から紅魔館に努めていた先輩で仕事も真面目にこなす瀟洒なメイド改め瀟洒な執事。 普段はこういう不真面目なことは言わないのだが、さすがにこの意見はなたも同意らしい。 作業の手を止めて岡のとなりへと並んで同じように空を見上げる。 しんしんと降り注ぐ雪。 夕日によって赤く染まりかけた世界を彩る白い結晶は、ただでさえ寒い空間をさらに寒く感じさせる。 「なたさん。こうやって雪が降り始めたなら、あの冬の妖怪は大喜びなんでしょうね」 「そうだろうな。もっとも喜んでいるのは妖怪だけじゃないだろうけど」 「………ミノミンさん。今頃凍り付けになってるのかなぁ、やっぱり」 二人の脳裏には、笑顔のままカチーンと氷象となったミノミンと、 そのミノミンを抱えて慌てふためきながら博麗神社へと駆け込む冬の妖怪ことレティ・ホワイトロックの姿が浮かんだ。 「まぁ、ミノミンさんのことだから凍り付けになったところで大丈夫だろ」 「ですよね。どうせやかんのお湯一杯で蘇生するでしょうし」 ミノミンが凍り付けの状態から蘇生するのは一度や二度ではないので、彼をよく知る者たちは今更感が強い。 ただ、一言付けくわえると…彼は、一応人間であるはずだがあの生命力は確実に人間離れしている。 しかし、この幻想郷には人間であるはずなのに妖怪顔負けの攻撃力や生命力、さらには特殊能力を備える者が多いのだ。 そのもっともたる例が博麗神社の巫女である霊夢と魔法の森に住む普通の魔法使いである魔理沙。 二人とも、幻想郷にて流行っているスペルカードルールによる決闘ではそこいらの妖怪でまず負けることはない。 それに加えて、実際人間ではないのに自分自身を『人間』と言い放って誤魔化している者もいたりする… その一例が…… 岡はちらりとなたを横目で見る。 なたはメイド達の噂話によると400年以上も生き続けている吸血鬼の眷属。 人間の血が濃いために身体付きを見た感じだと極々普通の人間であるが、その身体能力は人間離れしてると言わざるを得ない。 その腕前は、接近戦では普通の人間ではまず負けることがないはずな紅魔館の門番、紅美鈴にも匹敵すると言われているのだ。 実際岡もなたと手合わせするが、何回やっても何回やってもフルボッコ。 かすり傷一つすらつけられずに地面へ突っ伏すだけである。 そんな彼が紅魔館に仕えているのは、レミリアが経営している酒場『スカーレットバー』の従業員募集にて名乗りでたから… とされているが、それも怪しい。 何せ400年以上も生きている吸血鬼の眷属であれば、昔レミリアと何らかの関係があっても…… 「ん?どうした岡」 「い、いや…別に、外へ飛び出たレミリアお嬢様大丈夫かなっと思いまして」 いくら人間離れしてるとはいっても、人外と疑うのは失礼千万。なので、岡は疑いの目から離すためにあえて話題をそらしたが… 「そうなんだよな。雨じゃないから大丈夫だとは思うんだけど」 そらし過ぎたらしく、少し予想外な返事で岡はガクリと体制を崩す。 「そういう意味じゃなくって、どこかで暴れてなければっという意味ですってば!!」 「そっちか!」 「そっちですよ!!だってここ出ていった時カンカンに怒ってたじゃないですか!!!」 そう叫びながら二人はとある一角、紅魔館の壁に見事なまでに空いた大穴へと振り返った。 もちろん、その跡はレミリアが景気よくマスターオブレッドサンをぶち込んだ成れの果てだ。 もし、これが博麗神社だったら…と思うと、ぞくりと寒気が走った。 「はぁぁ……改めて思うんですが、なんで僕達あの大穴の修理やってるんでしょうね?」 「だから、それは言うな!  俺もできることなら、あの大穴を空けた発端を作ったブン屋達に責任取らせたいぐらいなんだからな!!」 確かにあの大穴を空けたのはレミリアだ。しかし、その発端を作ったのは烏天狗である文とダクト。 二人とも幻想郷で起きたいろいろなことを記事にするため、日夜幻想郷を飛びまわる新聞記者である。 もっとも、二人の記事はでたらめが多いために内容はさほど重視されていないのだが……… 「しかし、お二人が今回持ってきたあの情報は一体なんだったんでしょう?」 岡がしみじみつぶやく通り、そんな二人が持ってきた情報はレミリアの興味をそそるのに十分だった。 っていうか、挑発しているとしか思えな内容だ むしろ、レミリアを怒らせて大暴れさせることが真の目的と疑いたくもなるぐらい。 「とにかくあれが何なのかはまだ予想の域を超えない以上想像しても仕方ないし、それよりも…おれは叫びたい!!  レミリアお嬢様を刺激するようなもんはもってくんな!!  ついでに、刺激させるだけ刺激させたら速攻で逃げるな!!!」 文は幻想郷一の最高速度。ダクトは幻想郷一の瞬発力。 二人とも、その能力をフルに生かしてその身に危険が及ぶと感じたその瞬間に窓を突き破って逃走したのだ。 その一撃離脱とも言うべき速度はまさに、一陣の風である。 おかげで怒り狂うレミリアは宥めようとしたメイド達数名とたまたま客として上がり込んでいた教授。 さらに館内の一部と壁と巻き添えとなった美鈴をふっとばしつつ、紅魔館を飛びだした。 こういう経緯もあって、二人はこうやって外で大穴の修理を行う羽目となっているのだ。 なお、メイド長である咲夜は館内でメイド達と共に部屋の清掃を中心に行っているのであり、ぶっちゃけ貧乏くじを回されたともいえる。 そうこうしているうちにしんしんと降っていた雪がどんどんと激しさを増してくる。 その原因は冬の妖怪のせいなのか、それともこの紅魔館周辺を根城にする氷の妖精のせいなのか、わからないが荒れ始めてきた事実は変わりない。 「…とりあえず、早いとこ修理しよう。岡君」 「はい、このままだと外で一晩過ごす羽目になりかねませんし」 レミリアを盲目的に溺愛する咲夜にとってはレミリアが全て。 そのレミリアを侮辱ともいえる行為を行った(風にみえてしまった)文とダクトは万死に値するのだが、結果としては逃げられた。 よって、怒りのぶつけどころを無くした咲夜は言うなれば爆発寸前の爆弾岩。 ちょっとしたサボリでどんな罰を下されるかわかったものでもないので…… 二人は自分の命を拾うために、大穴の修理を再開。 とんてんかんてんっと板に釘を打ちつける音が雪の降る夕空に染みわたるよう響き渡った……… 続く